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182 枯渇にしおりをはさみました!
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182 枯渇
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厳重に閉ざされた扉を開けると、その空間は広がっていた。
部屋の中だというのに、そこは術で空を模る天井があり、床には一面に草が生い茂っている。その部屋は「水神(リィーリ)の泉」と呼ばれる部屋だった。
嘗てこの部屋に入った時と変わらず、外の天候に影響されることはなく、晴れ渡る空は雲ひとつなく、穏やかな風が吹いて草が揺らいでいる。
ただ一つ、部屋の中央にある噴水の水が枯れ果てていること以外は、今まで通りだった。
「本当に……水がなくなっているんだな……」
以前はとめどなく溢れ続けていた噴水は、今はその影もなく、水底の黒い土が剥き出しになっている。
(これが……今の現状か……)
つい先日まで、水神(リィーリ)の泉とそう呼ばれていた噴水を見つめがなら、俺は大きな溜息を吐く。
「サディ、そんなに落胆しなくても大丈夫だろ? イズミがいるんだし、またすぐ復活するさ」
隣で話しているはずのギルトの声は、まるで他人事のようにすら思えてしまう。
「サディ殿が懸念されていた腐臭もしませんね……」
臭いの原因を探すジーナがそう告げる。
「そうですか……」
「やっぱ気のせいだったんじゃねぇの?」
楽観的に笑うギルトを制して睨みつける。
「気のせいだったと、本当にそう思うのか? 俺たちは確かに臭いを感じていたんだぞ? お前もそうだっただろ?」
「確かにそうだけどさ、でも一瞬だけだし」
異空間としか言いようのない部屋中で、かつて豊富に湧き出ていた噴水の水底を見つめる。
確かに、湿った土はいつ水が湧き出てもおかしくないように思える。
(外はあんなにも美しいのに……)
今の外の光景を思えば、泉の復活も間近と思っていいのかもしれないが……。それでもこの扉の前ので感じた腐臭が気にかかっていた。ただの杞憂であれば問題ないのだが、もし万が一、それがこの泉を枯らす原因となっているのならば、見過ごすことはできないのだ。
「サディ殿……確かに、以前見たときにはこの水底には黒い水が溜まっていました。腐敗したような、黒い水です。でもこれは……」
ジーナが水底に手を伸ばし、その土を取り握りしめると、ポタポタと水滴が落ちていく。
「……水、ですね。まだ様子を見てみないとわかりませんが、以前よりは状況は良くなっていると思います」
「ほらサディ。気にしすぎだって。な?」
同意を求められ、肩を叩かれる。
「それよりもさ、早くハリルの所に報告しに行こうぜ? 水神の泉はまだ復活していないけど、外の天気はどう見たって水神の恩恵だろ?」
「……ああ。そうだな……」
早々にイズミの元へと戻りたがるギルトに促され、俺は仕方なくその部屋を後にすることにした。
それでもまだ憂いが残る。
「よろしいですか? では、閉じますよ?」
ジーナが再び水神の泉の扉を閉じる。その閉じかけた部屋から、また嫌な臭いが漂っている気がする。
誰もいないはずのその扉の先。
その扉が閉じる瞬間、その扉の向こうに黒い影がよぎったような、そんな気がしてならなかった。
これからのことを彼らと語らいながら、水神(リィーリ)の泉から本館へと向かう。
「披露会はいつやるか、ハリルから聞いてるか?」
再び長い渡り廊下を歩く。両隣がガラス張りになっているから外の景色が良く見えた。徐々に日が沈み始めていて、より一層景色に色彩が増している。
「披露会は、近々お開きになる心算はあると思います。ただ今回はイズミ様のご了承を得てからとお考えのようですが……」
「イズミの同意か……」
ジーナの言葉を聞いて、ギルトが呟く。
「イズミ、前は披露会、乗り気じゃなかったからな……」
『乗り気』どころか、披露会の開催を告げられた時、イズミはそれを完全に拒否していた。そんなイズミが、簡単に披露会に参加することを承諾するとは思えなかった。現に、披露会を数日後に控えてイズミはこの城から抜け出したのだ……。
(それでも、早く披露会を開かないと……)
「いい加減まずいよな……水神の泉もあの様子だし……」
「さっきは、だろ? また噴水が湧き出すのも時間の問題だろ?」
ギルトは事の重大さを理解していないのだろうか。
この国の水源である水神の泉が枯れたのだ。各街でも貯水している水にだって限りがある。
今はまだ大丈夫であっても、城からの水の供給が途絶えていることに気づかれたら大変な事態に陥るのだ。
また自然と、大きな溜息が零れ落ちる。
披露会のこと、婚礼のこと、この国の未来のこと。明るく、希望に満ち溢れているであろう、水神を迎えての王国での日々。普段は長いと思う渡り廊下であっても、ギルトの話は尽きることなく続いていく。
目の前には相変わらず、何度見ても圧巻のあの風景が広がっている。そのせいか、まるで異空間を歩いているような錯覚すら覚える。
空は夕闇が近づくにつれ、濃い紫色に変化していく。
雲は極彩色に彩られ、そこから降り注ぐ雨と、その雨によって齎された泉のようにな水溜り。
そこに反射する全ての景色は、夕焼けの光を反射してキラキラと光り輝いていた。
思わず、見とれてしまうほどの景色。
(早く……)
それは、先ほど見た水神の泉とはあまりにも対照的だ。
枯れてしまった泉。泉の底の湿った土。
(早く披露会を開かなければ……)
――――どこからとも無く香る腐臭。気のせいだとわかっていても、妙に鼻にあの臭いが残っているのだ。
(大丈夫なはずなのに……イズミがいれば、大丈夫なはずなのに……)
「サディ……? おい! サディ!」
肩に触れられ、意識が覚醒する。
「話聞いてたか……?」
ギルトが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「お前、本当に心配しすぎだって……。悩んだ所でどうにもならないだろ?」
この景色は、イズミが水神だということを示している。
(枯れた噴水……水神の泉……)
「あ、ああ……」
信じなければ……そう思っても、あの枯れた泉を見たことで不安が強まってしまった。
(大丈夫……大丈夫なはずだ……)
「? 何だよお前、一体どうしたんだ?」
ギルトの声を無視して、窓の外に視線をむける。
(大丈夫だ。この国には――――水神がいるのだから……)
幾度も不安に襲われては、そう自分に言い聞かせている。それはまるで、理解できないことから目を逸らしているかのようだった。
光り輝く美しい景色の中、その景色に似つかわしくない腐臭。
水神の泉から離れたこの場所でも、何故かあの鼻に付く嫌な臭いが漂ったような、そんな気がしてならなかった。
――――――――――
南塔の階段、水神の部屋へと向かう途中で俺たち三人は足を止め、固まってしまった。
「――――――――――」
扉の奥から微かに聞こえるのは、喋ることが出来なかった筈のイズミの声だった。
それも、今まで聞いた事のないような甘い声が、扉の向こうから確かに聞こえてくる。
「――――――――――」
心を閉ざし、閉鎖的になることが多かったイズミ。
最近ハリルとの関係は良好になってきてはいたが、声が出ないままの状態は心配だった。
「イズミ、声が戻ったんだな……」
「そうですね。よかったです」
「おいおい……二人ともなんで冷静なんだよ……」
明らかな嬌声は、絶え間なく聞こえる。
「くっそ……気まずい所に出くわしたな……」
ギルトが大袈裟に肩を竦めて、どうする? と視線で促してくる。
「――――――――――」
もしかしたら、ハリルは気配で俺たちがここにいることに気づいているかもしれない。
「――――――――――」
けれど、扉の向こうの声は激しさを増すばかりで止みそうにもない。寧ろ激しさを増したことで、今は邪魔をするなと間接的に言われているようだった。
「今、扉を叩くのは得策ではありませんね。私は仕事に戻りますので、報告はお二人にお任せします」
有無を言わせず、ジーナは踵を返し戻ってしまう。
そうは言われたものの、正直この扉の前に残されるのは辛いものがあった。
「あーー……サディ、このまま待つ?」
ギルトの目が、僅かに泳ぐ。ハリルとイズミの関係は南塔を行き来する者の間では暗黙の了解のことであったが、流石に最中に出くわすのは気まずいことであった。
「――――――――――」
「…………」
「…………な〜〜、サディ……」
今までのイズミからは拒絶の言葉が多かったのだが……今回は合意の上なのだろう。その卑猥な言葉は今までのイズミからは考えられなかった。
「俺たちも戻ろう……。ここで終わるのを待つわけにも行かないだろう」
甘すぎる睦言を聞きながら、ここにいるのは流石に居た堪れなさ過ぎる。
「イズミの状態が、この天気にも影響してるのなら……」
外の様子が、水神の雨の恩恵とも言えるような絶景になっているのを思えば――――
「このままそっとしていたほうがいいだろう」
先に戻って行ったジーナの後を追おうと扉に背を向ける。
「別に、ギルトがここで待つというなら、それでもいいぞ?」
外の雨の様子を、ギルトは早くハリルに報告したいのだろう。何より、声が出るようになったイズミのことが気になっているはずだ。
「――――――――――」
途絶えることのない卑猥な嬌声。
複雑そうな顔で扉を見て、ギルトは首を振る。
「いや……それは勘弁して欲しい」
「……そうだろうな」
俺も思わず苦笑いをして、そして溜息を吐く。
「――――――――――」
扉の向こうの二人の行為が、どれだけ濃密であるかを示すような声を背中に受け、逃げるように足早に部屋の前から立ち去った。
――――再び下りる、長い階段。
(仕方ない……。リディに様子を見て貰うか……)
忙しい女官長の立場にある妹の顔を思い出し、もう一度溜息を吐く。
確か彼女は今日、南宮に行っているのではなかったか。ならばリディの部下の女官に託けを頼むしかあるまい。
ギルトも俺も一言も発さないため、階段を下りる靴の音だけが響いていた。
「――――――――――」
もう聞こえない筈なのに、イズミの声が聞こえるような気がする。耳の奥にイズミ嬌声がへばりついていて離れない。
臭いといい、嬌声といい、まるで五感がおかしくなってしまっているようだ。色々考えすぎたせいで、俺の精神も相当参っているのかも知れない。
――――もはや何度目かもわからない溜息が、無意識に口から零れ落ちた時、後ろからギルトが腕を回してきた。
「!」
不意をつかれたことで、少しだけ身体が蹌踉めく。
抱き締められるような形を取られ、止むを得なく足が止まった。
「ギル……」
「なぁ、サディ」
どことなく、熱が篭ったようなギルトの息が首筋にかかる。ただの戯れとは思えないその動作に眉を潜めた。
「俺、少し勃ったんだけど」
「……!!」
あのイズミの嬌声に触発されたのだろうか。
背中に当たる、硬いモノの感触を感じ振り向こうとして、けれどそれは躊躇った。
「ふ……ざけるなよ、ギル」
抱き締めてきたギルトの腕。踠いても離してくれそうにもないので、その指を掴み、折れる勢いで引き剥がす。
「痛っ……つれないなサディ」
「……ハリルにバレたら殺されるぞ」
今の王は独占欲の塊だ。 イズミが関わると平気で公務をすっぽかしたり、無茶をしたりする。
流石にギルトであっても、イズミを性の対象として認識していたとしたら、かなりまずいことになる。
けれど――――
「イズミの声が、サディと被った」
ギルトのその言葉に、思わず俺は振り返ってしまった。
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