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兆候-2にしおりをはさみました!
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兆候-2
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「はい、じゃあ解散!」
ポン、と柏木が手を叩いたと同時に、生徒たちは皆ちりじりになった。仲の良い友達と一緒に行動する者、男女のカップル、柏木に絡み始める者など。
勿論、大河には一緒に行動する友人など一人もいない。適当に園内を歩き回ってこの苦痛な時間を潰そうと思い、重たい足を動かそうとしたが、大河と同じように一人で立ち尽くしている男子生徒の姿が目に入った。
端整な顔立ちをした彼は、犬飼孝弘という生徒だった。確か、学級委員を務めている。確かと言うのも、大河は授業を欠課する事が多いしクラスメイトの名前と顔もいまだ一致させていないのだ。
立ち尽くしている、と言っても仲間がいなくて困っている訳ではなく、どちらかというと大河のように単独行動をしそうな生徒だ。犬飼が特定の誰かと仲良く会話しているところは見たことがない。
犬飼を遠巻きに熱心に見つめている女子が数名、園内に向かわず立ち止まっている。彼と一緒に行動できないか様子を見ているのだろう。綺麗な顔をしているからか、女子に人気がある、らしい。非常に寡黙で、表情もなく、何を考えているのかわからないような男だが。
女子のグループはそわそわと犬飼を見つめていたが、他の手近な男子グループが先に犬飼に近寄って声をかけた。少し言葉を交わした後、犬飼はグループに加わったらしく、彼らの後についていく。女子は「あー!」と残念そうな、不服そうな声を上げた後、園内に足を向けた。
犬飼が、足を止めて振り返った。
「――……」
一瞬、視線と視線が交錯する。
見ていたことが知られたかと、大河はすぐに目を逸らした。次に見た時にはすでにパークの入口へと歩いていて、しゃんと伸びた背中がこちらを向いていた。
こんなところで立ち往生していたら柏木にでも絡まれてしまうだろう。やむを得ず、大河も人々の喧騒と派手な音楽で賑わう娯楽施設に向かう。
しかし、やりたい事は何もない。しなければならない事も何もない。つまり、暇なのだ。
入場口で解散してから軽く一時間は経過しただろうか、それでも時刻は三時前で、集合時間まで四時間以上はある。
「くそったれ……」
誰にでもなく罵倒する。修学旅行なんて、やはり何としてでも参加を断るべきだった。
あれから大河は園内を、目的もなくただぶらぶらと彷徨い歩いている。周囲の一般客の中には、制服を着崩し髪を金に染め、仏頂面を晒して単独行動をする高校生を奇妙な目で見る者もいる。とても不愉快だ。しかしまさか周囲を威嚇しながら探索する訳にもいかないから、大河はその視線に知らない振りを押し通して歩く。
ショップを覗いたり、ベンチで休憩したり。アトラクションに乗るのは最初から選択肢として存在しないし、兎に角、暇すぎて死にそうだった。普段のように学校をサボって、柄の悪い連中と殴り合いをしていた方がよっぽどマシだ。こういう時に限って時間の流れとはゆっくりと感じるものだ。
徐々に苛立ちが募る大河の肩を、背後から何者かが叩いた。
「あ゛……?」
半ば睨みつけるような形で振り返ると、そこにはウサギ……の頭部があった。
着ぐるみにボディタッチをされた事に驚くよりも先に、そのウサギの顔の気色悪さに面食らった。
口は顔の横まで大きく裂け、目は大きく真っ黒だ。何も映さない、闇のように。
(こんな気持ち悪ぃのがテーマパークにいていいのかよ……)
無視しようにも案外強い力で肩を掴まれていて、仕方なく身体を向き合わせる。
傍から見たら、相当おなしな絵面だとは思う。ウサギの着ぐるみと不良が向かい合って見つめ合っているのだ。これほど奇妙な組み合わせはない。
肩から手が外されると、ウサギは何処から出したのか大河に拳を突き出した。その中には長く細い紐が握られており、見上げると先には大きな赤い風船が浮かんでいる。
まさか、くれるというのか?
「……」
どうしたらいいのか分からず、大河はただ風船を差し出すウサギを黙って見つめた。
ただ見ているだけなのに睨まれていると勘違いする輩が大河の周りには多いが、このウサギはたじろぎもしない。……いや、分からない。もしかしたら中身の人間は、目つきの悪い不良だと知らずに肩を叩いて、後悔しているのかもしれない。
どれくらいそうしていただろう。時間にしたらほんの少しだったかもしれないが、大河にはやけに長く感じられた。
ウサギの着ぐるみはまるで動かない。風船を持った手を突き出しながら、黙って大河の行動を待っている。
無言で拒否していたつもりなのだが、どうやら何としてでも押し付けるつもりらしい。
その執拗さと焦れったさに、いい加減、苛々してくる。
ウサギを無視して去ろうとした時、足元にドン、と衝撃が訪れた。
「いったぁ……」
後ろ、足元を見下ろすと、幼い女の子が尻餅を突いていた。今にも泣き出しそうだ。
「うう……、ひっく」
(……勘弁しろよ)
こちらに彼女がぶつかった原因がある訳でもないのに、自分より遥かに小さな少女に泣かれると、まるで自分に非があるような気がしてくる。大河は自分の運の悪さを呪った。
そして、一人で闊歩していた時にも増して突き刺さる視線に気付く。とうとう泣き出した少女と、柄の悪い高校生。第三者から見てどちらが悪者であるかは明らかであり、大河は居心地が悪くなった。
これはウサギのせいだ、こんな時こそウサギの出番だ、と一体誰にあるのか分からない責任を転嫁しようとしたが、いつの間にかあの不気味な着ぐるみは姿を消していた。そしてどうしてか、自分の手には先程ウサギが差し出していた風船が握られていた。
「何だよ、これ」
受け取った覚えはない。いつの間に。
数秒思案した後、大河は少女に視線を合わせるようにしゃがみ込み、赤い風船を差し出した。こんなの全然、柄じゃない。さぞ気持ち悪いだろう。こんな場面、知り合いに見られたら最悪だ。
「これやるから、泣き止めよ」
「……ふうせん、くれるの?」
「俺はいらねえんだよ、こんなもん」
途端、少女のぐしゃぐしゃになった泣き顔は何処かへと姿を消した。
「ありがとう、お兄ちゃん、やさしいね!」
ぱぁ、と花のような笑顔を咲かせて、少女は風船を受け取ると大河を残して駆け足で去って行った。
今度は別の意図を含んだ視線が向けられている。何にせよそれもまた不快で、大河は先程の分まで周辺へ「何見てんだよ」と言わんばかりに鋭い視線を返し、周囲が慌てて逸らしたところで場を何とか切り抜けた。
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