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兆候-4にしおりをはさみました!
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兆候-4
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三日目の宿泊先のホテルに到着し、自分の部屋のベッドに荷物を下ろした瞬間、インターホンが鳴った。とりあえず寝転がろうと思っていた矢先に邪魔をされ、舌打ちをして入口へ向かう。億劫にドアを開けると、男子生徒が立っていた。犬飼だ。
「何だよ」
「同室」
「……何?」
「俺と仲宗根」
その言葉を受け取ってから数秒後、大河はようやく理解した。
ホテルはツインルームである。大河は、同室者が犬飼だという事をすっかり忘れ、一人で先にキーを受け取って部屋の中に入ってしまったのだ。ドアはオートロックだからキーがなければ外からは開かない。
大河はドアを開けたまま部屋の中に引き返した。不用意に睨まれたのに犬飼は何の言葉も発さず、静かについてくる。
犬飼は他のクラスメイトとは何処か異なる雰囲気を持った生徒であり、何事にも動じない性格は、大河の前でも同じだった。
(こいつに感情ってもんはねえのか)
普段から仏頂面しか晒していない大河がそう思うくらい、犬飼は何かが欠落しているような男だった。
本当に今時の男子高校生かと疑うくらい落ち着き払っている。いつも何を考えているのか分からない。
表情も感情もない。しかし非道な奴という訳でもなく、ただ何事にも淡々としすぎているだけなのだろう。
「先に風呂借りる」
「……ああ」
犬飼は自分の荷物を漁って準備をすると、あっという間にバスルームに消えてしまった。
おかしな話だが、大河は同年代と会話をした事がほとんどない。強面で近づきがたい雰囲気は人を遠ざけた。興味本位で近づいてくる者もいたが、大河自らが追い払うように牽制をした。群れを成すのが嫌いだから、不良仲間もいない。
昔から荒れた生活を送っていた大河にとって、他人とのコミュニケーションはなくても困らないものだった。だから短い時間とはいえ同年代と生活スペースを共にすることに慣れていない。戸惑いは少なからずあった。どうせろくに話もしないだろうけれど。
自分が修学旅行。改めて考えてみると、最高に似合わない。
豪華なリゾートホテル。弱い橙色の光が照らす部屋は広く、二台のベッドの他にもソファベッドが設置されている。
窓の外、遠くにはまだ眠らない夜の街が光っている。開け放たれたままのカーテンを閉めようと、窓際に近づく。染み一つないカーテンは淡い黄色で、窓枠や桟にも埃、汚れ一つない。
カーテンを閉めて暗闇の外界を閉ざそうとすると、窓の外に白いものが映った。最後まで引ききろうとした薄い布を掴む手を途中で止め、大河は信じられない思いで外を見下ろす。
ウサギが立っていた。
「……!!」
声も上げず、大河は乱暴にカーテンを閉めた。
(いや……有り得ねえ。見間違いに決まってる)
動悸が激しい。心臓が、どくどくと音を立てて脈打っている。
こんな場所に、ホテルに、ウサギがいる筈がない。あのテーマパークの従業員なのだから。
一度深く深呼吸をして、大河はそろそろとカーテンを開ける。そして、窓の真下を見下ろした。
ウサギはいなかった。ただ、全てを飲み込む闇が広がっているだけだった。
「だよな……」
きっと見間違いか、幻覚だったのだ。木か何かが、あの大きな白い着ぐるみに見えただけだろう。
一日に二度も、あの特徴的な生物を見て絡まれたせいだ。余程、記憶にへばりついているらしい。
大河はカーテンを再び閉めた。どうかしている。退屈な一日を過ごして、疲れているのだ。
「どうした」
低い声と、次いでドアを閉める音。風呂から上がった犬飼が、ジャージ姿で黒髪から水を滴らせながら、相変わらずの無表情で大河を見ていた。
「あ?」
何を尋ねているのか分からず、大河は振り返って、いつもの癖で犬飼を睨んだ。
主語がない。ただその一言を言ったきり、犬飼は沈黙を守っている。焦れったい。
「おい」
「どうした」
「……何が言いてえんだ、テメェは。俺が窓の外見てたら駄目なのかよ」
「苛々するな」
会話が噛み合っていない、ような気がする。何故、続けようとしない。
犬飼の顔には言葉通りの怪訝が表れている訳でもなく、やはり固定された無表情なものだから、余計、本心からそう思って発言しているのか怪しい。
ますます苛立ちは募る。確かに彼と言葉を交わしているのは自分なのに、何だか相手にされていないように感じる。彼は“仲宗根大河”と会話しているのではなく、目の前にいる“誰か”と会話しているに過ぎない。もしかしたら、自分の名前さえ知らないのではないか。
大河にそう思わせるくらい、犬飼は不思議な雰囲気の男だった。
「気味悪ぃんだよ、テメェ」
「……」
「死んだ目しやがって。幽霊かよ」
そんな目で見られると、殴り飛ばしたくなる。
犬飼の視線には何も含まれていない。恐怖も嘲りも慈悲も、何もない。だからこそ、大河の気に障る。
起立したまま微動だにしない犬飼を押しのけ、大河はタオルを引っ掴むとバスルームへ向かった。
熱いシャワーを頭から被っても、大河は苦虫を噛み潰したような表情をなかなか消せない。
(修学旅行なんて来るんじゃなかったな)
頭上から降り掛かる熱い湯は、大河の苛立ちまでもを流してはくれなかった。
理不尽な怒りを何に向けたらいいのか分からず、コックを乱暴に捻ってシャワーを止めた。
きっとすぐに忘れるのだろう。気にする必要はない。
今日の不思議な出来事も、時が経つにつれて記憶から徐々に薄れていくのだろう。
シャワーのお湯は中途半端に漏れ出ていた。
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