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亡霊-4にしおりをはさみました!
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亡霊-4
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リビングへ出ると、少しくたびれたソファの端に、薄い鞄が小ぢんまりと置かれているのに気づいた。中を漁ると、黒い携帯電話が入っている。
これも犬飼が届けてくれたのかと考えると憂鬱になった。何から何まであの男にされるがままで気に食わない。
心境から来たものなのか喉に何か不快なものが引っ掛かっていて、大河はキッチンの冷蔵庫からペットボトルと取り出して一気に水を煽った。胸がすっと軽くなったような気がする。
今更ながら時計を覗くと、時刻は既に十時を回っていた。学校では二時間目の授業の最中だ。後で担任の柏木から電話が入りそうだと思い、大河は携帯の電源を切った。
ラフな服装に着替えて、財布をジーンズの尻ポケットに押し込む。制服はソファの上で皺くちゃになっていたが気に掛けず、大河は自宅を後にした。
大河自身、自分の身に何が起こったのか十まで理解できていないが、昨日の今日で体調は良好とは言い難かった。怠さはある程度抜けたものの、全身の関節が軋んだように疲労し、そして熱い。高熱にかかった時のようだ。
それでも根気で近所のスーパーへ赴いた。というのも、今日は毎月第二木曜の特売日で、全品十パーセント引きなのだ。
親からの仕送りで日々の生活をやりくりしているが、学生にとって贅沢な暮らしは望めない。安い日に食糧を仕入れておくのは必須だ。
平日にも関わらず、スーパーは大勢の主婦で溢れていた。レジにはものすごく長い行列が出来ている。これでは、並んだところで一時間はかかりそうだ。
昼間のおばちゃんたちの中に頭ひとつ飛び抜けて混ざりながら、大河は予め買うつもりでいた食材を次々にカゴに放り込んで行く。
豚肉、キャベツ、魚、玉ねぎ、大根、鮭。授業をサボり、喧嘩を厭わない荒れた学生生活を送っていても、不摂生な食生活はしないように心掛けていた。一人暮らしも二年が過ぎようとしている。食費倹約のために自炊し続け、そのおかげかバランスのとれた食事をしているつもりではいる。
「ごめんなさいねえ」
体格の良い中年主婦が大河の身体を押しのけた。普段であれば何てことはないが、体調が優れないためか少しふらついてしまった。その女性を見遣るが、既にある場所へと向かっていた。
卵コーナーだ。しかも、彼女が手に取ったもので、残り一パックになってしまった。
先に誰かに取られないうちに、大河も卵コーナーへ急ぐ。幸い、大河の手中に収まってくれた。家ではちょうど切らしていたのだ。
ほっとしてレジへ向かう。だいぶ長い時間並んで漸く大河の番が回ってきた時、若い店員が不審げな顔で視線を寄越してきた。
「年齢を確認できるものはお持ちですか」
「……あ」
未成年か否か判断できない外見で、カゴの中に数本の缶ビールを入れていたからだろう。つい煩わしいと思い、店員を鋭い視線で見てしまう。
今まで、無難にパスできる場合もあれば執拗に身分証明書を求められる場合もあった。今回は後者のケースだろう。
大河はさりげなく財布を漁って身分証明書を探すふりをすると、小さく舌打ちし、目を細めて睥睨した。
「すいません、忘れてきたみたいです」
「あ、そうですか」
不自然に目線を逸らした店員は、何事もなかったかのように総計を出して「二千十五円です」と告げた。申し訳ありませんがお客様にお売りすることは出来ません、とは言わないようだ。
買い物の帰り、近道をするために公園をつっきろうとしたのは小さな失態だった。
しかし引き返すのも不自然だ。大河は買い物袋の手を握り締め、半ば息を殺すように通り過ぎようとする。まさに公園内から出ようとした時、後ろから不躾な声が飛んできた。
「おい! お前」
今日は絡まないでくれ、と願わずにはいられなかったが、聞き入れられることはなかったようだ。
(最悪だ……)
大河はスーパーで店員の前でした時よりも遥かに大きな舌打ちをして、難から逃れようとする足を止めた。ゆっくり首だけ振り返ると、三人の男が砂場付近で屯している。
高校生が平日の日中に子供の遊び場で何をしているんだ。
「何か用か」
関わりたくないオーラを前面に出してその旨をアピールしてみるが、生憎、大河の心中を汲み取ってくれなかった。三人は平日の白昼堂々の学ラン姿で、大河を睨みつけながら近寄ってくる。
彼らに分別はあるのだろうか、敵を見つけると絡まずにはいられないらしい。
「何か用か、じゃねえんだよ。俺に言うことあるだろうがテメー」
「……はあ? 何もねえよ。誰かと間違えてんじゃねえのか」
正面に扇形の陣形で立つ三人を睥睨し、大河は素っ気なく言い放った。関わりたくない。今日は。早く家に帰って身体を休ませたいのだ。
嘘で言ったのではなく、実際、男の顔には見覚えがなかった。少し左に鼻が曲がっているように見える。これは自分がやったのだろうか? まさか。
「テメー、鵜沢の仲宗根だろ。仲宗根だろ?」
「だったら何だよ」
今更否定する気も誤魔化す気もない。正直に認めると、三人のうち真ん中の男が牙を剥き出しに叫んだ。
「俺は大塚だ、西高の……! 肋骨っ」
「……誰だ?」
相手から飛んだ唾に一瞬顔を歪める。対して男は怒りでか顔を真っ赤に染めていた。
だって、本当に知らない。
そんな名前の奴と喧嘩したことなど、あっただろうか。
(覚えてねえ……)
大河はばつが悪そうに頭を掻いた。ビニール袋がカサカサと細かな音を立てる。
まるで相手にしない大河の態度にますます腹を立てた男は、震える拳を更に震わせて、ついに大河の肩を掴んだ。
その衝撃で、だ。買い物袋が落ちたのは。
「あ……」
まず相手に危害を加えられたことよりも、食材の安否に気が向かった。「覚えてねえってのかよ!?」とでかい声で騒ぎ立てる男を視界からシャットアウトし、大河の意識は地面に落ちた袋の中身だけに注がれていた。
(今の音は絶対)
――卵が割れた音だ。
それと悟ったと同時に、大河は目の前の煩わしい相手を殴り飛ばしていた。
「げふッ!?」
男が砂場の上に転がる。思ってもみなかった反撃に驚愕しているらしいが、大河にしてみればそれくらい当然の報いだ。
「ラスト一パックだったのによ……」
「え?」
体調が優れなかったことなど、とうに念頭になかった。
いつ大河の逆鱗に触れたのかも知らぬまま、彼らはただ怪我をする運命にあった。
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