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希死念慮の海を泳ぐ君の瞳は、ぐったりするほど綺麗だった。
【Sick】
君が診察を終え、処方箋を持って隣接する調剤薬局へと吸い込まれる様を、僕は二週に一度見ている。
医師に処方された頓服薬の影響で、ぼんやりした表情を浮かべる君がドアを叩く。
機械を操作すると、君はぐったりした様子でシートに腰掛けた。
「どうだった?」
そう声をかけると、なんでもないように君は言う。
「ふつう」
帰宅し、全ての部屋の窓を開けてまわる。
秋のにおいが寝室を満たした時、君は真新しい部屋着を着てベッドに腰掛けた。
「蒼馬(そうま)」
か細い声が、いじらしい。
押し倒しながら聞く。
「なに?」
細すぎる腕を掴み、キスを落とすと、長い睫毛がふるふると震えた。
「なんでもない」
「そう」
シーツに散らばった漆黒の髪。
白い器に乗った花弁のように淡く控えめな唇。
甘く透明なアーモンド型の瞳。
君の全てが、僕を狂わせる。
あの日もそうだった。
僕は救い出した。
人混みのなか怯え、震えていた君を。
「まだ人混みは怖い?」
シャツの釦を外しながら聞く。
君は少しだけ考えるそぶりをして、その薄紅色の唇を開いた。
「こわい」
君は僕には聞こえない声や、視線に悩まされている。
人混みを歩く時や、吊革に掴まっているとき。あるいはカフェでコーヒーを飲むとき、君は四六時中聞こえるはずのない悪口や笑い声に悩まされ、また強い自己否定感に死を選択せざるを得なくなるのだと言う。
同じ部屋に住み始めて一ヶ月が経った。
薬を飲み、感情を殺さなければ、君は電車にすら乗ることができない。
僕はそんな君を、僕のために、捕まえた。
「…蒼馬、は、」
すぐにでも崩れてしまいそうな危うい声で、君は聞く。
「………なに?」
耳朶に唇を寄せ、甘く食む。
びくんと震えた身体が愛おしくて、僕は晒された君の胸板に手を這わせた。
「蒼馬は俺のこと、嫌いにならない?」
驚いて首筋に埋めていた顔を上げれば、ゆっくりと頬を伝う涙。
「ならないよ」
僕はゆらりと微笑んで、君の首に手を滑らせる。
「嫌いになんか、ならない」
希死念慮の海を泳ぐ君の瞳は、ぐったりするほど綺麗だ。
首に巻きつけた手に力を入れ、じわじわと君の命を奪う。
恋人の首を絞めながら、僕はたしかに恋をしていた。
「愛してる、彼方(かなた)」
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