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さんざん迷ったけど、ジムフロアのみ使い放題のジムフリーコース、1ヶ月7500円のコースで申し込んでみることにした。
週1で3500円だから、2、3回通うと思えば使い放題ってのは得だろう。ただ、週2回ホントに通えるかどうかが問題だ。出不精ってのは、結構深刻だかんな。
その証拠に、土日の間ゴロゴロするだけで、何もできなかった。
ジムの会員申込みをすることも、七瀬がいる日を調べることも、コースをしっかり考えることも。……腹筋や背筋も。何もやってねぇ。
ただゴロゴロ寝そべって、ぐだぐだといろんなことを考えた。
ジムフリーコースってことは、スタジオには入れねぇってことだ。
別にエアロビとかヨガをやりてぇって訳じゃねーけど、七瀬がいるって思うと落ち着かねぇ。マイク片手に、大勢の人間の前で指導してた姿が忘れらんねぇ。
短くて適切な指示、キレのある動き、しなやかな体、少し大人になった横顔。そして――。
『困ります』
ひと気のねぇ階段の踊り場で、女に迫られて困ってた声。
繰り返し繰り返し思い出し、気になって気になって仕方なかった。
土日はぼうっと過ごしたから、結局入会申し込みをする気になったのは、月曜になってからのことだ。
11時までやってんなら、残業の後、会社帰りに寄ってもいーな。そう考えて、まだウェアもシューズも用意してなかったことに気付く。
土日に行けばよかった、と思いついてももう遅くて、また残業残業の1週間が始まった。
8時9時を過ぎると、駅近のジムには行けるとしても、スポーツショップまではなかなか行けねーよな。
ジムの売店も体験の時に覗いては見たけど、Tシャツが8千円とか、ジャージ上下で2万円とか、財布にあんま優しいとは言えねぇ値段だった。
特にシューズは、日本人の足に合った日本製のものを選んだ方がいいって。言われてみりゃ確かにそうなんだろうけど、出費だなと思うと、途端に面倒になってくる。
「八木君、ジム行ったんだって? どうだった?」
課長に月曜、からかうように言われて、「まあ……」と曖昧に言葉を濁す。
「リーマンばっかでしたよ」
冗談っぽく答えると、「感想、それ?」って笑われた。
結局、次にジムに行けたのは金曜の夜だった。
わざわざスポーツショップ行って、ウェアとシューズを買う暇ねーし。レンタルって考えると余計高いし、仕方なくネット通販で注文した。
それが届いたのは水曜の晩。
木曜はうっかり会社に持って行くのを忘れちまって、そんで結局金曜だ。
「あれ、また飲み会欠席か?」
先輩にちくりと言われたけど、入会金無料の期限が今日までだったから、「すんません」つって会社を出る。
電車で3駅、改札を出て長い階段を駆け上がると、目的のジムはすぐそこだ。
七瀬は今、またあの4階のスタジオで、ファイティングエクササイズの指導してんのかな?
ドキドキしながら受付で入会申し込みをしてる間も、ロッカーで着替えてる間も、七瀬の姿は見かけなかった。
「慣れないうちはサポートさせていただきますので、遠慮なくお呼びください」
にこやかにそう言ってくれたのは、今日は女性スタッフだった。
「八木さん、手足長いですねー」
どうでもいい雑談に「はあ、まあ」と適当に答えつつ、窓際にずらっと並んだランニングマシンの方に向かう。
タッタッタッタッ、と軽快な足音があちこちで聞こえ、お喋りしてるヤツは皆無だ。
「いつもこんなに静かなんスか?」
そう訊くと、時間帯に寄る、って。
「平日のお昼前後なら、女性の方の方が多いですから、和気あいあいとしてますよ」
女インストラクターの言葉に、成程なと納得しつつ、ゆっくりと走り出す。
みんなそれぞれ自分のペースで、黙々と体を動かす週末のジム。窓の外に見えるのは、ちょっと大きな交差点と目の前のビル群の派手なネオンだ。
行き交う車のライトを何となく見下ろしながら、ぼうっと走る。
景色が変わんねーっつーのは、意外に退屈なもんなんだな。音楽を持ち歩く趣味はねーから、イヤホンも持ってねーし何の用意もしてねーけど、ちょっと考えようと思った。
周りの音が気になるのは、注意力が散漫になってるせいか?
まだ例の講座が終わってねーのか、「七瀬くーん」と呼ぶ声は聞こえねぇ。
「すみませーん」
野太いおっさんの控えめな声に、「はーい」と応じる女の声が、たまにあちこちで聞こえるだけだ。
そういや、あの暑苦しい男性スタッフもいねーな。
そんなことを考えながら、さり気に周りを見回してると、斜め後ろからシャコシャコシャコシャコとスゲー勢いで自転車を漕ぐ音がした。
思わず振り向くと、若い男が尻を上げ、立ちこぎの格好で鬼のようにエアロバイクを動かしてる。
それは、先週オレの案内をしてくれた暑苦しいスタッフで――。
「あっ、ども!」
オレの顔を見るなり爽やかに手を挙げて、その間も姿勢を乱さず、熱心にバイクを走らせてた。
黄緑と白の、例の格好じゃなかったから、今はオフなんだろうか? 七瀬もこうやって、時々ここで自分のトレーニングやってたりすんのかな?
「八木さーん、そろそろ30分ですね。どうですかー?」
さっきの女インストラクターが、にこやかに声を掛けながらオレの方に寄って来た。
「ああ、はい」
曖昧に答えながら正面に向き直り、マシンの液晶画面に目を移す。
「いっぱい走りましたね……」
インストラクターの解説に、フロアの向こうで「おーい」とスタッフを呼ぶおっさんの声が重なる。
それに「はい」と応じたのは、聞き覚えのある七瀬の声で、不覚にもビクッとした。
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