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9にしおりをはさみました!
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七瀬のことはキッパリ忘れて、持ち帰りの仕事や予習をしよう。そう思ってパソコンを開いてみたけど、全く集中できなかった。
幾つかのWebニュースを眺めたり、まとめサイトを覗いたり。科学情報サイトやスポーツ情報サイトも見たけど、どれもホントには楽しめねぇ。
腹の奥がずーんと重くて、落ち着かなくて参った。
日が暮れてきたら、さらにソワソワしてたまんなかった。5時が過ぎて6時が近付くと、座ってることもできなくなる。
七瀬がどうすんのか、気になった。
別に今は付き合ってる訳じゃねーし、七瀬が誰とどうしようと、オレには関係ねぇ。
七瀬の気持ちも分かんねぇ。
ずっとオレを無視してたし、喋ったと思ったらツンツンしてるし、にこっとも笑わねーし。指導にかこつけて背中を叩く手が、妙に痛ぇし。とても好かれてるようには思えねぇ。 けど、それでもあの小柄な女には渡したくねーなと思った。
困ってんの分かってんのにぐいぐい行く、あの積極性がすげー怖い。自分には無い執着だ。
念のためウェアやシューズを用意して、再び電車に乗りジムに向かう。改札を抜け、長い階段を駆け上がると、ジムの看板はもうすぐだ。
3階で受け付けを済ませてそのままジムフロアを見回すと、七瀬らしいスタッフはいなかった。
「あの、七瀬さんは?」
受付のスタッフにさり気に訊くと、今はちょうどスタジオレッスンが終わったとこらしい。ファイティングエクササイズ以外にも、色々教えてんだと初めて知った。
「お約束はされてますか? よかったら呼び出ししましょうか?」
受付の女性スタッフは親切に言ってくれたけど、「いいです」って遠慮する。七瀬が快くオレに会ってくれるかどうか、分かんなかった。
受け付けの壁にある、丸い壁掛け時計をちらっと見る。時刻は7時5分前。レッスンが終わった七瀬は、スタッフルームにいんのかな? これで今日は上がりなんだろうか?
トレーニングするつもりはなかったけど、着替えるふりして5階に上がる。
階段をいつものように駆け上がると、ちょうどレッスンが終わったってのはホントだったらしくて、5階からぞろぞろと汗だくの連中が降りてきた。
わいわいと騒がしい声が、こっちまで響く。
気にせずすれ違って5階に上がると、レッスンを終えた生徒たちが階段やエレベーター、シャワールームにバラバラと消えていく。
やがてひと気がなくなった頃――。
「七瀬さん」
キンキンと高い声が、スタジオの方から聞こえて来て、ドキッとした。
そっと近寄り中を覗くと、広いスタジオの中に七瀬がいて、ドライモップでフローリングの掃除をしてる。ジムで見かける、まっすぐな姿勢じゃねぇ。見てるだけで動揺が伝わって、やっぱ放っとけねーなと思った。
「七瀬さん」
女の高い声が耳障りに響く。
「……すみません、ホントに用事があるので」
モップを忙しく動かしながら、七瀬が女から顔を背ける。
「じゃあ、30分。ううん、15分でいいんです。シューズ見て欲しいだけだから」
女の誘いにブレはねぇ。あくまでプロとしての助言が欲しいんだってスタンス。けど、それなら七瀬じゃなくてもいいだろ、っつの。
15分ってビミョーな時間だ。
行く行かねぇで押し問答してるうちに、10分20分経ちそうだし。たったそんだけの時間、一緒に靴屋に行って満足してくれるなら、もういいかとも思うだろう。
けど、それで終わるハズねーし。終わるとしても、例え15分だって2人きりにはさせたくねぇ。
「七瀬」
オレは入り口の真ん前に立ち、不自然じゃねぇくらいの大声を上げた。
「まだ終わんねーの? 相変わらずトロいな」
ズケズケと言いながら七瀬を見据え、スタジオのドアにもたれる。七瀬は振り向いてギョッとしてたけど、構わず口からデタラメを漏らす。
「受付で訊いたら、ここだっつーからさ。掃除まだ終わんねーの? 腹減った」
勝手なことを思うまま言いつつ、七瀬の白い顔をじっと見ると、さすがに意図が分かったらしい。
「ああ……ごめん。もうちょっと」
適当に話を合わせて、モップをせかせかと動かしてる。
七瀬よりも、女の方が驚いたみてーだ。
はじけるようにオレの顔を振り仰ぎ、それからもっかい七瀬を見て、ダッとスタジオから逃げてった。真っ赤になってた顔に、ちょっとだけ罪悪感が沸いたけど、そんでも七瀬を渡したくねーんだから仕方ねぇ。
女が階段を駆け降りてくのを見送ってから、はーっ、と息をつく。
「行ったぞ」
声を落として七瀬に告げると、七瀬は「うん……」と手を止めて、神妙な顔で頭を下げた。
「迷惑かけて、ごめん」
「いーよ、別に」
気さくに言ってやると、七瀬も少し笑ってくれたけど、でもそんだけだった。
その後は無言でモップをかけ終え、用具置き場にささっとしまって、スタジオの照明をパチパチと消す。
ドアに鍵をかけ、クリップボードを小脇に抱えて、七瀬は「じゃあ」って一言残し、「立ち入り禁止」って赤文字で書かれてる廊下の奥のドアに入ってった。
キッパリと向けられた背中、甘さのかけらもねぇ態度に、グサッとくる。
「じゃあ」って何だ? そんだけか?
メシ、誘ったら迷惑か?
もっと話したくても、電話番号もアドレスも知らねぇ。
出入り口って、同じだよな?
帰るに帰れず「立ち入り禁止」のドアの前をうろうろしてると、またさっきの女が階段から顔を出して来て目が合った。
どうやら、簡単には諦めてくれねーらしい。
演技だったの、バレバレだったか?
それとも、念のため覗きに来たのか?
ちっ、と舌打ちした時、目の前のドアが開いて私服の七瀬が顔を出した。
「八木君……」
オレの顔を見てギョッとして、それから困ったように眉を寄せる。その仕草に傷付かねぇ訳じゃなかったけど――。
「行くぞ!」
オレはわざと大きな声を上げて、七瀬の腕をぐいっと掴んだ。
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