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13にしおりをはさみました!
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もしかしたら、七瀬がオレの背中を洗おうって言ってくれたのは、そういう雰囲気を吹き飛ばす為だったんじゃねーだろうか。
それに気付いたのはシャワーの後、添い寝したベッドの中で、裸の背中をキッパリと向けられてからだった。
昔は向かい合って、キスしたり腕枕したり、もう1試合したりしながら寝てたと思うけど、それも考えてみりゃ、もう5年も前のことだ。
込み上げるため息を我慢して、何も気付かねぇフリで腕を伸ばす。
抱き込むように背中を包み、首の下に腕を回してやると、七瀬は素直に力を抜いて、無理矢理な腕枕を受け入れた。
「七瀬……」
耳元で囁いて、後ろからうなじにキスをする。
首筋やキレイな肩に軽くキスを繰り返し、まだ少し湿った髪をそっと撫でる。
七瀬は力を抜き、ささやかな愛撫をじっと受けてくれたけど、もう可愛く声を上げたり、反応したりはしなかった。
酔いが醒めても、七瀬への想いは変わんなかった。ただ、劣情よりも、もっと深いモノには変わったかも知んねぇ。
もっと話がしてぇ。声が聞きてぇ。側にいてぇ。
5年前のオレには「ウゼェ」としか思えなかった彼の望みが、ようやくしみじみ実感できた。
「卒業してすぐにさ、お前に連絡取ろうとしたんだ」
しなやかな体を緩く抱き締めたまま、ぼそりと告げる。七瀬からの相槌はなかったけど、構わず続けた。
「結局、電話もメールも繋がんなかったんだけど、お前が留学してたのって、その頃か?」
「……うん」
ひそやかな返事。
「4年生の途中から、休学した」
「4年……」
別れたのは、3年生の冬だった。じゃあ、そこから数ヶ月後には、七瀬はもう留学を決めてたのか。
オレがぐずぐずと引きこもってる間に。後ろを振り向かず、まっすぐ背筋伸ばして走ってたんだろうか。
「……どこ行ってたんだ?」
「トロント」
トロント。確かカナダだったよな、と、そんくらいしか分かんなくて、「へぇ」としか相槌が打てねぇ。
「頑張ったんだな」
そっと誉めたけど、七瀬からのリアクションはなかった。
なんでカナダ? なんで休学? 英語、得意だったっけ? 訊きてぇことはいっぱいあるのに、なんかどれも訊けなくて迷う。
「なんで……」
また東京に? と、とっさに訊きかけて、さすがにオレも口ごもった。
カナダで就職しなかった理由も、地元に帰んなかった理由も、どうでもイイ。オレにとっては関係なかった。
「何が、『なんで』?」
ぼそりと問い返されて、「いや」と答える。
「こっちに帰って来てくれて、あんがとな」
正直な気持ちを乗せて感謝を告げると、七瀬は小さく笑って、けど何も言わなかった。
翌朝は、聞き慣れないアラームの音で目が覚めた。
七瀬がオレの腕ん中を抜け出し、キシッとベッドを鳴らして起き上がる。カーテンの向こうは随分暗い。何時かと思ったら、まだ5時でビックリした。
「もう起きんのか?」
思わず訊くと、振り向きもしねーで「寝てていいよ」って素っ気なく言われた。
さっきまで腕ん中にあった背中が、少し遠い。しなやかな筋肉に覆われた体が、シャツの中に隠される。
床に散らばった服を拾い、テキパキと身に着けてく様子は、なんか大人びてて別人みてーだ。
そういや、ジムは6時からだっけ。
早起きの理由をようやく悟って、オレもむくっと体を起こした。
「……メシは?」
ベッドから降り、クローゼットからシャツを取り出す。
冷蔵庫の中は空っぽだし、何か食べたいっつって言われても困るけど、このまま黙って行かせたくなかった。
「向こうで食べるから」
七瀬は淡々と答えながら、帰る用意を整えてく。
短い髪には寝癖がついてたけど、トイレから出た後はそれもキッチリ直ってて、そんなことにも驚いた。
「向こうって、ジムか? こんな時間にどっか開いてんの?」
不思議に思って訊くと、「ファミレス」って短く言われて、ああ、と思う。そういやジムの1階はファミレスだっけ。
「オレも行く」
昨日の夜に用意したトレーニングウェア一式は、使わねぇままカバンの中だ。それを担ぎ、財布とケータイだけをジーンズのポケットに入れて、まっすぐ七瀬の顔を見る。
七瀬はYesともNoとも言わなかったけど、構わず一緒に部屋を出た。
外はまだまだ薄暗かったけど、東の空は明るかった。
「いつもこんな時間なのか?」
並んで歩きながら訊くと、「色々だ」って言われた。
「シフトはやっぱ、家庭のある人優先だし。オレは別に、こだわりないから……」
淡々と説明されて、「そうか」とうなずく。
こだわりがないっつーより、予定がないって方が正しいんじゃねーのか。そう思うのは、七瀬に優先すべき恋人がいねぇって、信じたいからかも知んねぇ。
「仕事優先か、お前らしーな」
ぼそりと誉めて、整った横顔をじっと見る。
七瀬はハッとしたようにオレを見て、けど何も言わずに、またキッパリと前を向いた。
昨日とまるで変わんねぇ態度。
ベッドでのあれこれが、まるで全部夢だったんじゃねーかって感じだ。何度もキスを交わした唇は、今は固く閉じて、オレをさり気に拒んでる。
けどだからって、大人しく諦めるつもりは、もうなかった。
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