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極彩色の残像にしおりをはさみました!
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極彩色の残像
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「どういうつもりですか――黄瀬くん」
澄んだ空色の瞳がぎろりとオレを追及する。だからオレはへらりと笑ってみせた。
「どういうつもりも何もナイっスよ、黒子っち」
黒子っちを体育倉庫に“監禁”してから早10分が経過した。
あと少しかな、と脳内で最高のタイミングを計算する。
マットの上に座り込む黒子っちは、相手がオレなだけに、助けを求めるために叫びこそしないものの、なんとかして手錠を外そうと躍起になっているのが分かった。
しゃがみこんで視線を合わせる。普段からほぼ無表情な彼は、怯えをおくびにも出さない。
「黒子っちには悪いんスけど、もう少しだけ付き合ってくれません? 悪いようにはしないっスから」
――多分。
内心でそう付け足している時点で、今回の件について言い訳など毛頭する気がないらしいことは自分でもよく分かっていた。
だって、悪いのはオレでも黒子っちでもないのだから。
「もうそろそろっスか、ね」
携帯で時刻を確認すれば、黒子っちを監禁してからちょうど15分が経とうとしていた。
そっと零した意味深な言葉に、黒子っちは大きな瞳を不安げに揺らして、オレを見上げてくる。
オレはなにもかもを取り払ってやるように、柔らかく微笑み返す。
そうして、悪意ではなく、忠誠を示すように跪いた。
「黒子っち、」
青白く滑らかな頬に指先を滑らせ、感触を楽しむ。ぎゅっと目を閉じた黒子っちに自然と笑みが零れた。
ああ、オレは今、あの人と同じ景色を見ているんだろう――と。
微細に震えている瞼にそっと口付けを落とし、紅潮した耳を齧りながらワイシャツのボタンを弾いていく。
すると、固く閉じられていた瞳が慌てて空色を映し出した。
「き、せくん……!」
「黒子っち、ちょっとの間だけ我慢してくださいね」
耳許で小さな子供に言い聞かせるように囁けば、黒子っちは抵抗か、抗議からか、何かを言おうと口を開いた。
「っ、痛……」
が、それは言葉にならず、微かな吐息となって空中に霧散した。
はだけた胸元に埋めていた唇をそっと離す。
華奢な身体のその中央に、一輪の紅華が咲き誇っていた。
白く薄い胸板に寄生した華は、黒子っちが呼吸をするたび、嬉々として蠢いているようだった。
うっすらと血の滲んだ綺麗な赤。それでいて、濁った赤。
なんて――綺麗。
「どうして、こんなこと……」
オレの目にすっかり赤が焼き付いた頃、それを薄めるような黒子っちの空色から、一条の涙が零れ落ちた。
と、同時に。
「――テツヤっ!」
聞き慣れた声とともに体育倉庫の扉が勢い良く開け放たれる。
薄暗い倉庫の中でオッドアイが瞬いた。
オレの目の中に焼き付いた赤と、彼の右目の赤が重なる。
オレは無意識の内に口端を吊り上げて、嗤う。
「意外と遅かったっスね――赤司っち」
「涼太っ……!」
眼光鋭く睨んでくる赤司っち。髪は乱れ、額には玉ほどの汗が浮かんでいた。
おそらく、オレのメールを受信してから走りっぱなしだったのだろう。
《黒子っちを誘拐しました》
――健気なものだ。
「でもちゃんと辿り着いてくれて良かったっス」
「テツヤは何処だ」
「あーらら、オレのコトは無視っスか……まあいいっスけど」
オレは一歩横へ移動し、背中に隠していた黒子っちを顕わにした。
「赤司……くん……?」
黒子っちは扉の外から射し込む光に目を細めながら、赤司っちの名前を弱々しく呟いた。
流れ落ちた涙がキラキラと乱反射していて綺麗だ――そうでなくとも、彼の線の細さにはそそられるものがある。
きっと赤司っちは、そんな、今にも消えてしまいそうなところに惹かれたのだろう。
それは、赤司っちにも、オレにもないものだから。
煌めく涙、はだけた胸元、そしてそこに咲き誇る一輪の紅華。
それらが意味するものを邪推したのか、赤司っちはオッドアイを見開いて硬直した。
彼の右目が憤怒の色に、さらに赤く、紅く、塗り潰される。
――揺さぶれている、と思う。
――これでいい、とも思う。
立ち尽くす彼に見せ付けるため、噛み付くようなキスを黒子っちに落とす。
「ん、ふっ……」
「涼太ッ!!」
赤司っちの怒号が部屋を劈いた。
横目で彼を見遣れば、今にもオレに手をかけてしまいそうな形相でこちらを睨んでいた。
黒子っちの口端から零れた唾液を丁寧に舐め取り、軽薄に笑いながら赤司っちと向き合う。
「だってこーでもしないと、赤司っち、オレのことなんか見てくれないじゃないっスか」
途端、先程のキスの間に手錠を解いてあげた黒子っちが立ち上がり、よろけながらも赤司っちの胸に飛び込む。
赤司っちはその細い腰をしっかりと抱き止め、黒子っちの頭を抱え込むと、もう二度と、オレの方へと向かせようとしなかった。
そうして、何も言わず、ただオレを憎々しげに睨めつけながら体育倉庫から立ち去った。
――静寂。
埃っぽいマットの上に力なく横たわる。じめじめとした独特な空間はまるで荒みきったオレの内面を映しているようで落ち着かない。
――脆弱?
「黄瀬ち~ん」
倉庫の入り口からひっそりと姿を現した巨躯。独特に間延びした語調でオレの名前が呼ばれる。
「ああ、紫原っちっスか……見張りなんか頼んで悪かったっスね」
「別にいいよ~、黄瀬ちんの頼みだもん」
そう言いながら紫原っちはオレに歩み寄り、極めて自然な動作でオレに覆い被さった。
重力に逆らわず垂れ下がった鮮やかな紫色の髪の毛が揺れ、頬や顎にもどかしく掠める。
そのまま、じゃれつくように首筋や耳朶を甘噛みされた。べろりべろり、肌という肌を舐め上げられる。
「擽ったいっスよ、紫原っち」
まるで大きな犬だかを相手にしているようだった。
くすくすと笑いながら紫色の髪の毛に指を差し込んで丁寧に梳いてやる。さらさらの髪が指先の間をするりと通り抜けた。
その時、何かが抜け落ちた、音が聞こえた。
「オレにしとけば?」
強い光を放つ紫玉がオレを捕らえて放さない。
思わず息が詰まった。
息が詰まったまま強引に唇を塞がれて、窒息しそうになった。
どうしようもなく苦しい。
どうか、どうかどんな思いでだっていいからオレを見て。赤司っち、アンタになら殺されてもいい。愛してくれないなら殺してよ。
早く、コロシテ――。
「泣きたいのはオレの方だよ、黄瀬ちん」
無意識に零れ落ちたらしい涙を、大きな、生温い舌が舐め取った。
紫原っちの手がゆっくりと俺の首にかかる。
瞬間、首の骨が折れそうなほどの圧迫感がオレを襲った。
瞼の裏、極彩色の紅華が弾け散る。
「どうしてみんな上手くいかないんだろーね?」
(了)
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