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パンの角で頭打って死ね!にしおりをはさみました!
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パンの角で頭打って死ね!
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裏切られたモノは報復を考える。それは人間だけだと、生きているものだけだと俺は無意識に思っていたんだ。
どうしても運命というやつは平和を望まないらしい。
それでも俺たちが、その運命とやらに抗ったのなら、今度こそ壊れるのは英雄伝説でも魔王城でもない。壊れるのは……壊れてしまうのは、一体何なのだろう。
連なる山脈に囲まれた豊かな国の端にひっそりと存在する村、アディラ。山や川からの恩恵を受け、進化し続ける都市の技術に追いつきはしないものの昔ながらの技術で何一つ不自由しない暮らしができる村である。使命から逃げ、駆け落ち(という名の運命逃亡)した魔王と勇者はこの小さな村で暮らし始めた。といってもすでに魔王城崩落から数ヶ月の月日が経っており、最初こそ慣れないことばかりで手間取っていたが優しい村人たちの支えにより今では村の住人に溶け込むほど馴染んでいた。魔王城とは到底比べ物にならないこじんまりとした家に二人は暮らしていた。男二人の生活で、キッチンと寝室、ダイニングがあれば十分だろう。プライベートスペースは勇者には必要なかった。魔王はどうか分からないが、今のところ不自由したことはない。互いが互いにできることを率先して行い、過去の因縁が無意味なほど安定した暮らしぶりだ。因縁というほど深い関係ではないが、運命と使命と物語と人の期待に踊らされていた二人がやっと手にした自由である。もしかしたらその幸せに浮かれて不自由という言葉がなくなっているのかもしれない。それでも、不思議なほど静かで平穏な暮らしが送れていた。
今日の朝は昨日の残りの野菜スープと焼きたてのバケットに少し前に作ったカマンベールチーズを置いて軽く焼いたもの。それから採れたての生野菜にこちらも手作りドレッシング。ベーコンを切り分け以上だ。
朝食の支度を終え、魔王を起こしにいく。朝の弱い魔王は昼の手伝いと夕食担当である。
「おーい、マオ。朝飯できたぞー」
布団のふくらみを叩く。ポフポフと軟い感触を手のひらで感じつつ、さらに揺する。しかしそのふくらみは微動だにしない。仕方ない、と俺はキッチンであるものを取り出し、それをおろし金で摩り下ろした。俺は好きだが魔王はどうも苦手なようで、それの効果は抜群だ。摩り下ろしたものを小鉢に移し、スプーンをもって再び寝室へ。
「マーオさーん。朝ですよーっと!」
っと! のところでスプーンで掬ったものを魔王の口に放り込む。瞬間布団越しでも分かるほどに跳ねあがった肩に俺は部屋の隅に体を動かす。すると、咽るように咳をした魔王はバタバタとキッチンへと走る。
「栄養たっぷり、精がつくのになぁ」
その正体は大蒜(にんにく)である。余分に摩り下ろした大蒜にオリーブオイル、香草、調味料を投入しかき混ぜる。それをスライスしたバケットに塗り、まだ火の残る窯で炙るように焼く。するとあら素敵。大蒜の匂いが食欲をそそる、ガーリックトーストのできあがり。
作りたてのガーリックトーストを口に放り込むと、ようやく口の中がすっきりしたらしい魔王がこちらを恨めしげに睨んでいた。しゃんと起きないほうが悪いんですって。
「何度も言うが大蒜は止めろ!」
「マオさんが起きないのが悪いって心でも呟きましたー」
「心だろうが。ちっ。お前の苦手なものは無いのか」
椅子を引いて自分の席に座る。いただきますとちゃんと手を合わせるところはシュールで面白い。「たんと召し上がれ」と一言、俺も席について朝食を頬張った。
今日は一日オフ。村長に今日くらい休めよといわれた。初春。綺麗な野原の中に一本だけ生える、村のシンボルの桜が満開なんだとか。俺たちのために一日、村人は近づかないらしい。どうしてそこまでするのか分からなかったが、休息にはいいかもしれない。自分では捨てたものの、人々の中にはまだ存在しているであろう「魔王」と「勇者」を隠して生きているため、バレないよう息つく暇も無かったかもしれない。人が近づかないのなら俺たちが何を話そうと知られることは無い。
「花見、楽しみだ」
「花なんて嫌というほど見てるだろ」
「ちゃんと見ようっていう気持ちで見たことなんて無いだろ」
一つの背景に無数の花が散りばめられていることはあっても、一つの視界のメインに花が存在したことなどない。結局は道端の石ころのようなもので、しっかりと見たことはないのだ。
「ちゃんと昼も作って、今日くらいゆっくりしようぜ」
自由を手にした俺たちはまともな休息をとったことはなかったかもしれない。気疲れはここ数日増えたため息でなんとなく感じていた。体力面は問題ないのに、精神面でやられているなど、本気で勇者を捨てている。それに比べ魔王はへっちゃらなようで、疲れている姿を見せたことが無い。いつもどおり俺様で、無愛想で、そのせいか村長以外の村人から声をかけてもらったことがないのではないか。
「昼はチキンライス」
「へいへい。大蒜たっぷり使ってやんよ」
「ふざけんな」
スープを口に含み、ちぎったバケットを放り込む。嫌味の言い合いはいつものことだが、俺のほうが優勢なようで、かつて人々によって印象付けられていた魔王の恐ろしさがまったく変わっていた。好物はオムライス。トロトロの半熟のオムレツが乗ったオムライスでなければその日一日不機嫌なほどで、子どもか! と思わず突っ込んだほどだ。あとはハンバーグも好き。俺が作って初めて知ったらしいが、それ以来何がいい? と聞くとオムライスかハンバーグと口にする始末。楽でいいんだけどね。
「ああ、そうだ。朝、村長と会ったんだけどさ」
オムライスの卵で思い出した。今朝早く、卵の収穫をしているときに村長がわざわざ知らせに来た内容を。
「英雄伝説、まだ続いているらしいんだわ」
その言葉に魔王の手が止まる。俺もびっくりして聞き返したほどだ。人間の間で、魔王と勇者の対決は「相打ち」で終わったはずだ。しかし、まだその話が続いているとなると誰が魔王と勇者を生かしたのだろうか。
「何で」
「さぁてな。誰かが好き勝手話を作っているのか、あるいは……」
「代わりを立てて話を続けている?」
魔王の推測に俺も手を止めて、魔王を見やる。
「んなことできるっつったら、俺のパーティぐらいだろうな」
あくまで推測にすぎない。しかし、話が実在の人物を使って続けられているのならそこにいない勇者の代役を立てて旅を続けることは可能である。
「パーティに戻りたいか」
少し自分の世界に入っていたときだった。魔王がそんなことを言うとは思わず、笑ってしまう。
「何が可笑しい」
俺が笑ったことで少々不機嫌になったらしい魔王が、ムッとした表情をする。
「いや、かつての魔王様もそんなことを考えるなんて思わなくて。戻りたいか戻りたくないかといえば、戻りたくないよ。俺に運命と使命を押し付けてくる人間、さらには俺の尻を蹴ってくるやつのところになんか戻る気なんてさらさらない。俺は俺のしたいようにする」
再び手を動かした。心配、だったのだろうか。俺のその言葉を聴いて安堵したかのように魔王も食事を再開した。
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