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及国にしおりをはさみました!
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及国
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昼休み。チャイムが鳴って、欠伸をしながら立ち上がる。約束はしてしまったし、校舎裏に行こうと歩き出した。
『及川先輩っ!』
ふと聞こえたその声に、視線を向けた。そこには、大きな紙袋に収まりきらない程のチョコレートを抱えた及川さんと、緩くウエーブのかかった黒髪ロングの女子。女子が受け取って下さい!と小さな箱を差し出した。
俺は無意識に唇を噛む。
『ありがとう。でもごめんね、お返しは出来ないかも』
『いえっ、受け取って頂けるだけで…!』
『うん。気持ちは凄く嬉しいよ』
ありがとう、と笑う及川さんに、泣きそうになりながら微笑む女子。どこからどう見ても、お似合いの二人だ。…俺なんかより、ずっと。
暗い気持ちを押さえ込んで、校舎裏へと急いだ。
「あ…来てくれたんだ。ありがとう」
「うん」
来ただけでお礼を言われることは無いのだが。目の前の女子は後ろ手に何か隠しながら俯く。
「あのね、…ずっと、ずっと前から、好きだったの。…国見くんのこと」
「…うん」
「受け取って、もらえる、かな」
赤いリボンのついた小さな箱を両手でぎゅっと持って、俺に差し出した。その手は震えていて、顔は真っ赤だった。
「………ごめん。君の気持ちには応えられない」
正直に言うと、女子は、小さな肩を震えさせた。
「あ、……そっ、か。そうだよね………ごめんね、変なこと言って……。ねぇ、」
「…何?」
「チョコレートだけでも、貰って、くれない?お返しとかは、いらないの。国見くんのために、買ったものだから…」
国見くんに、もらって欲しい。
震える声でそう言われてしまえば、断れるはずも無く。礼を言って受け取った。
「君なら、俺なんかよりずっといい人がいるよ」
本心だった。可愛くて気も使えて、確か結構モテていた筈だし、友達も沢山いたと思う。
けどやっぱり名前も思い出せないこの女子に抱く感情は、"羨ましい"だった。こんな子だったら、きっと及川さんにも釣り合うんだろう。
「ありがとう」
最後に目も頬も赤いまま、笑った彼女は走り去っていった。
残された俺は、ため息しか出なかった。
***
全ての授業が終わって、放課後になって。それでも中々人が減らないのはバレンタインデーだからだろう。
俺も何人かから誘われてはいたが、断った。何だかもう帰りたい気分だった。いつも一緒に帰っている金田一にも、…及川さんにも、誰にも会いたくなかった。
「国見ちゃん」
「っ!?」
ここから聞こえる筈のない声に勢いよく顔を上げる。
すると、たった今会いたくないと思った及川さんが、俺の目の前に立っていた。待ち伏せでもしていたのだろうか、それともたまたまだろうか。
何にせよ、俯いていた俺は気がつけなかった。
「どうしたの?そんなに暗い顔して。俯いてたら危ないよ」
どこの漫画だ、というくらいにチョコレートを抱えた及川さんが、いつもの顔で笑う。俺はいつも通りを装って、すみません、とだけ言う。
「国見ちゃんモテるねえ、そんなに貰ったんだ?」
「……。及川さん程じゃ無いです」
確かに断りはしたが、断っても貰うだけ貰ってくれ、という人のものは貰った。とは言ってもたまたま持っていたコンビニのビニール袋分くらいだ。
「まあ、及川さんはモテモテだからねー」
冗談めきながら言う及川さんに、そうですね、とあくまで淡白な言葉を返した。
「…で、何でここにいるんですか?」
「ん?待ち伏せ」
「誰を?」
「国見ちゃんを」
「…」
本当に待ち伏せだったのか。ケロリとした顔で言う及川さんに、冷めた眼差しを向ける。
「バレンタインデーは、好きな人に想いを伝える日って言われるけど、それは恋人でも同じことでしょ?」
「はあ、まあそうですね」
「ってことで、はい」
そう言って手渡されたのは、塩キャラメル。それも一粒。
「……あの、これ」
「塩キャラメル!国見ちゃん好きでしょ?」
「いや、まあ、そうですけど…」
相変わらずこの人は何を考えているのかわからない。
「国見ちゃんはくれないだろうなーと思ったから、俺が用意したの。まあ、チョコじゃないんだけどね」
楽しそうに笑う及川さんには悪いが、どんな反応をすればいいのかわからない。
俺だって用意しようと思った、とか、塩キャラメル一粒を用意したっていうのか、とか、言いたいことは沢山あるけど、口を噤む。たったこれだけでどうしようもなく嬉しく思ってしまう俺はもう、末期かもしれない。
「嬉しそう。本当に好きだよねえ塩キャラメル」
「……好きです」
(塩キャラメルが。塩キャラメルよりも、貴方が。)
隠された言葉にきっと気付くことは無いのだろうけど。
「……ふぅん、そっか。ねえ国見ちゃん、これから暇だよね?」
「え?」
「暇でしょ?」
「いや、あの、」
「ウチ来なよ、今日親いないし」
いつもと変わらない声のトーンだけど、抑揚のないその話し方に俺は逆らえないんだ。
ね?と言う及川さんに、俺は頷くことしか出来なかった。
***
及川さんの家に着くと、部屋に通され、後からお茶を持ってきた及川さんがその二人分のグラスの乗ったトレイを机に置く。
その一挙一動を目で追っていた俺は、ふと目が合って何となく逸らした。
「ねえ」
「っ!?」
気配がぐんと近付いた、と思うと、逃げる暇もなく腕を掴まれる。
「ねえ国見ちゃん、どうしたの?今日、変だよ?」
及川さんのまっすぐ射抜くような視線に捕らわれ、ごくりと息を飲む。鋭い観察眼を持つこの人に隠し事は出来たもんじゃない。
「もしかして、彼女でもできた?」
「はっ?」
及川さんのあまりにも予想外だった言葉に、目を見開いた。
何で。俺の恋人は、貴方じゃないんですか。
「な、んで」
「随分とモテてたみたいだからさ?国見ちゃんらしくもない、優しい言葉なんかかけちゃって」
「え…」
確かに何回か告白はされたし、チョコレートも貰ったけど、全て断った上でだし回数的には及川さんの方が圧倒的に多いだろう。
優しい言葉なんかかけた記憶は無いし、大体何を思ってそんなことを言っているのかわからない。
「…女の子の方が、良くなっちゃった?」
試合中のような低いトーンで、どこか哀愁を含ませた言葉に、俺は驚いて及川さんの目をまっすぐ見つめる。
「そうだよねえ、国見ちゃんモテるし」
「いや、」
「女の子人気もあるし」
「え、あの、」
「…ねえ、もう終わりにしよっか?」
頭が真っ白になった。ずっと恐れていた言葉を、大好きな人の口から。
俺はただ、瞳から流れる熱を感じていた。
「えっ、国見ちゃん!?どうしたの!?」
及川さんが、焦ったように騒ぎ出した。
ここで泣くのはズルいって、そんなのはわかってる。心のどこかで、及川さんの優しさにつけ込もうとしてるのかもしれない。
けどこの涙は止まらなくて、ただぐっと唇を噛み俯くことしか出来なかった。
「んっ…」
精密にボールをコントロールする綺麗な指で顎を救われ、唇に、生温かい何かが触れる。
及川さんをゼロ距離に感じて、唇に触れているそれが、及川さんのものなのだと理解した。けれど、何で。
「ねえ国見ちゃん、そんな顔されると、誤解しちゃうよ…?」
ほんのり頬が紅潮している及川さんが、俺を見た。
「俺のこと、好きなんじゃないかって思っちゃうよ?」
眉を寄せて、目を細めた及川さんの見たことのない表情に、どくりと心臓が波打つ。
顔が熱い。
「……俺のこと…、好きじゃないのは、及川さんなんじゃないんですか…?」
「えっ…?」
目を丸くした及川さんの視線から逃げるようにまた俯くと、止まったはずの涙が溢れてきた。
「……及川さん、モテるし…今日だって、可愛い子に告白されてて…、俺なんかじゃなくても、もっと、及川さんに釣り合うような子が、沢山いるはずです……」
顔を見るのが怖くて、俯いたまま目を瞑った。
何て言われるんだろうか。面倒くさいって、重いって思われただろうか。…また、別れようって言われるんだろうか。
「…国見ちゃん、そんなこと思ってたの?」
驚きを含ませた声は、一体どんな意味なのだろうか。一旦思考が悪い方に向いてしまったら、止めることはできずぽろぽろと涙が溢れでる。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
「…ねぇ国見ちゃん。…ごめんね」
低く、何も取り繕わない及川さんの声が、まっすぐ突き刺さる。
「俺達、臆病すぎたんだよ」
「…え…?」
てっきり改めての別れ話だと思って覚悟していた俺は、反射的に顔を上げた。
一度目を合わせてしまうと、その真剣な瞳からは逃げられない。
「俺、ずっと国見ちゃんの気持ちがわからなかった。俺は国見ちゃんのこと好きだけど、国見ちゃんはそうじゃないんじゃないかって、ずっと思ってて…拒絶されるのが怖くて、決定的な言葉をいつも封じ込めてた。結果俺達は、想いは同じはずなのに大きくすれ違っちゃってたんだ」
…ねえ国見ちゃん、国見ちゃんは俺のこと、好きなんだよね?
その表情には余裕なんてものは微塵もなくて、力強い瞳は一瞬不安気に揺れた。
「……すきです…及川さん、好きです」
「うん。俺も好きだよ、国見ちゃん」
ぎゅうっと抱きしめられて、嬉しさとか驚きとか安心とか色々な感情が溢れて、涙腺が崩壊したかのように涙が零れおちる。
恋人という関係になっても、想いは同じでも、少しずつすれ違っていた俺達が、やっと本当の意味で想いを通じ合わせることができた。
訂正しよう、バレンタインデーはきっと、幸せなイベントであると。
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