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第八章 祭りの後(13)にしおりをはさみました!
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第八章 祭りの後(13)
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この夜の海音寺はおかしかった。不器用で無防備だ。
俺の知っている海音寺は、こんな男ではなかった。いつも皮肉や冷笑に身を包んで、自分の本心を覆い隠していた。計算高く、話術が巧みで、海音寺が作り上げた理想の王様みたいな虚像に、周りの生徒たちは憧れ、女の子たちはすぐに夢中になった。
でも、今の海音寺は、母を亡くした直後のあのときのように、俺の前に素の自分をむき出しにしていて、桐谷さんにも指摘された通り、遠回しな言葉だけでなく、行動でも、俺を好きだと告げていた。
それがわかっているなら、ふたりきりなどでいるべきではなかったかもしれないが、俺はこのときの、ありのままで無防備な海音寺を置き去りにして、ひとりきりにしたくなかった。
海音寺の座るベンチの端に俺も腰を下ろすと、海音寺の隣にいた猫はすぐに俺の膝に飛び移った。
俺たちはしばらく言葉もなく、猫の喉を鳴らす音だけに耳を傾けていたが、やがて海音寺が、
「名前、あるの?」
と訊いてきたとき、
「これがスー、あと二匹いるんだけど、それが、ピタとゴラ」
と、嶋田だけにしか教えないはずだった名前を、俺は、迷うことなく自然に口にしていた。
ああ、と海音寺は笑って、「俺もあの番組好きだよ」と言うので、テレビなんか見るのか、と俺は意外に思ったが、海音寺は、
「最近はずっと見てないけど、あの、なんていうんだっけ、装置に、ボールがころころ伝っていくの見てるときだけ、余計なこと何も考えないでいられる」
と具体的な番組の内容を口にした。
こういうとき、海音寺を誰より、近くに感じる気がするのだ。俺がその番組が好きな理由も、全く同じだった。
猫が俺の膝を下りて、藤棚の裏の、茂みの奥に消えた。
ぬくもりが去った腿が寒くなり、俺が少し震えると、
「これ、使えよ」
と海音寺は自分の首もとに巻いてあった大判のストールを外して、俺の膝にそっと重ねて掛けた。
「でも、海音寺、寒いんじゃない?」
「大丈夫だよ。もう寒いから帰るって、お前が言い出すよりいいよ」
などと言うので、俺が笑って、
「そんなこと言われると帰りづらい」
と告げると、海音寺も笑った。そして、
「会えると期待してなかったから、嬉しかった。もう少しだけ、一緒にいてほしい」
素直にそんなふうに言われ、俺は、「いいよ」と了承した。
俺たちは結局、凍てつく戸外で、明け方近くまで、何も今しなくていいような他愛ない話を続けた。きっと、次にどこかで会ったときは、また挨拶もろくに交わさないような関係に戻ることを、お互い知っている気がしたから。
俺はもちろん、嶋田が好きだった。どうしようもないくらい、嶋田に恋していた。
でも、海音寺といると、なんだか胸が切ない。虚栄を演じる海音寺も、無防備に自分をさらす海音寺も、どちらも放っておけない気がした。
この心情を桐谷さんが、揺れている、と呼んだのなら、俺は、確かに、揺れていた。
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