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141にしおりをはさみました!
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力任せに投げたからか、それともわざとか。とにかく驚くほど的外れな所にぶつかったリモコン。外れた蓋から電池が落ち、床に転がっていく。
ころころと転がったそれは、誰の元にたどり着くこともなく止まった。
「歩」
リカちゃんに呼ばれた歩が肩を跳ねさせる。それでも俺を睨んだままで、返事はしなかった。
「歩、謝れ」
「慧じゃなくて俺が?!今のは慧が……っ」
「その理由を俺に聞くの?今すぐ謝れ。それが嫌なら出て行け」
唇を噛んでリカちゃんを見た歩は、その視線を俺に戻した。見据えてくる目があまりにも鋭くて、俺は顔を伏せる。すると歩は、唸った後にリビングを出て寝室へと向かった。
大きな音で閉ざされた扉が俺とリカちゃんを2人きりにさせる。
「出て行けって家からって意味だったんだけどな」
歩の消えた扉を振り返って見たリカちゃんが呟く。小さくため息をついた後に向けられたのは、困ったような表情だ。
「慧君、怪我は?」
「ない……けど」
掠りもしなかったんだから怪我なんてしていない。ただ、あんなものを投げつけられた理由がわからなくて戸惑っているだけだ。
気まずい空気が流れる中、リカちゃんが立ち上がる。
俺の元まで歩いてきて前屈みになると、覗き込むように顔を近づけて確認した。
「ちゃんと仲直りできるよう、歩には俺から言っておくから。だから慧君も変な意地は張らないように」
落ちたままだったリモコンを拾い、電池を元に戻してテーブルに置く。元の位置に座り直したリカちゃんは、煙草を咥えて火をつけた。
細く吐き出した煙が消えて、口を開く。
「それで慧君、具体的には?」
「え?」
「幸になってくれって言わなかったっけ?俺にはそう聞こえたんだけど」
正しくは『幸みたいに』のはずだったけど、大して変わらないから頷く。するとリカちゃんは自分の髪を指で掬い、眺めた。
「さすがに教師が髪を赤にするのは無理だろうな。関西弁は……多分、大丈夫だと思うけど」
「リカちゃん?」
「慧君って派手な見た目が好きなの?黒髪じゃ満足できなかった?」
そう言ったリカちゃんが笑い、左目尻にあるほくろが歪む。その笑い方がわざとらしくて、からかわれたんだと思った。
だから黒髪じゃ満足できないとか、関西弁がどうとか言うんだと思った。
「そういう意味じゃない。俺が幸みたいにって言ったのは、そうじゃなくて!」
「あいつに髪色と言葉遣い以外で特徴あったっけ?身長?でも背なら俺の方が高かった気がするんだけど」
「だから違うって言ってるだろ!!少しは人の話を聞けよ!」
怒鳴った瞬間、笑っていたリカちゃんの動きが止まる。
じりじりと燃える煙草の匂いが強くて、上がる煙の向こうでリカちゃんが額を押さえた。
俯き加減で伏せがちな瞼。長い睫毛が影を作り、静かに揺れる。
見えないはずのその動作でさえわかるほど、リカちゃんを凝視していた俺に向けられる視線。
顔を上げたリカちゃんが、一切笑うことなく言った。
「慧君が望むならなんでもするし、何にでもなれる。それは俺が最も得意なことだからね」
「別にそこまで言ってないだろ。俺はただ、リカちゃんなら幸みたいに器用に振る舞えるはずだって言っただけで……」
「だから幸みたいじゃなくて幸になってあげる。これで問題解決だな」
差し出された手は仲直りの握手のつもりなんだろう。もちろん、それを俺がとることはなく、リカちゃんの手は不自然に宙で止まった。
解決なんて思ってもない顔をして、強引に話を終わらせようとするリカちゃんが気に入らない。
「問題だらけじゃねぇかよ。リカちゃんが幸になってどうするんだよ」
どうしてリカちゃんはこうも極端なんだろう。
「そんなことで納得するなら、リカちゃんじゃなく幸と付き合えばいいだけじゃねぇかよ。幸なら俺のこと悪く言わないし、リカちゃんみたいに頑固じゃないし、みんなにも俺にも優しいし」
そう言ってリカちゃんを見つめると、無表情が崩れた。
綺麗な顔で、綺麗に笑って、荒くも強くもない綺麗な声ではっきりと告げる。
「それ以上言ったら本気で怒るよ」
つい最近も喧嘩したのに、こうしてまた同じことを繰り返してしまうのはなぜだろう。
言いたいことが上手く伝わらなくて、もどかしい。リカちゃんの考えてることがわからなくて、苛々する。
こんな時。
こんな時、あいつなら──。
「幸なら俺を怒ったりしないのに。いつも俺の味方なのに」
頭で考えたことを言葉にしてしまい、俺とリカちゃんの間に見えない亀裂が確かに走った。
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