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赤い目の王
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「———ぇ、は、ぁ˝、ぁ˝ぁ˝、あ˝」
あぁ、折角の着物が汚れた…キーキーと煩い鼠と、お揃いの色に。
今しがた切り取った肉をフォークで刺して数十匹の鼠が入ったアクリルケースへと落とすと、がたがたと足音を鳴らして、より新鮮な肉へと鼠が集る。
「良かったねお前ら。しばらくは豪華な餌だよ…伊集院」
「場所が割れました」
「行こうか」
「はい」
目配せをすると伊集院が男を抱き上げ、そのまま、アクリルケースの中に横たえる。
鼠は突如現れた大きな物体に驚き、角へと逃げる。
でも人間にはぐれ者が居るように、唯一はじかれる様に取り残された鼠が男の周りをくるくると走り回った。
「へ、は、ぁ、ぁ、ひっ」
見えない両目では事態が飲み込めないのか、男はしきりに周囲を見渡し、時折肌に触れるがさついた毛の塊に震えていた。
ふと、鼠の動きが止まる。
おや?この物体は、動くのかな?
あれ?動くけど、怖くないぞ?
うん?何か、良い匂いがする。
鼠が後ろ足で立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡す。
まるで先駆けになる自分が、英雄であることを示すかのように。
…或いは、違うのかもしれない。
伊集院が扉を開いたせいで空気が入れ替わり、それに反応して状況を探ろうと立ち上がっただけかもしれない。
そもそも弾かれたのでは無い小さい世界の王様が、肉の塊を独り占めしようと周りを追い払ったのかも、食事の前に、最後の牽制を入れたのかもしれない。
しかし事実がどうであれ、赤い目の小さい彼は、彼を見下ろす二つの眼を見上げ、心通わせたかのように静々と男に歩み寄る。
「お食べ」
赤く染まった肉に、小さい歯が突き刺さった。
男は悲鳴を上げるが、許しを得た食欲に最早恐れなどなく。
触発された灰色の塊が一つ、また一つと赤く染まった肉に集い、薄皮の内側にそれが有ることに気付いた数匹が、新たな場所を食い破った。
そんな光景を数秒眺め、伊集院が開いた扉をくぐる。
「お召し物はどうされます?」
「このままでいいよ。多分また汚れるから」
磨き上げられた廊下を歩いて外へと出ると、居るだけ集めたのか、数えきれない程の黒服たちが扇形に並び、一筋の道を作っていた。
「行ってらっしゃいませー、ご主人様」
場違いな軽口が聞こえる。筋金入りの悪趣味らしい。
「帰ったんじゃないの」
「一回帰ってまた来たんだよーん」
どうでも良いことを聞いたと後悔し、軽石を踏みしめて歩き始める。
後ろから付いてくるような足音が聞こえて眉根を寄せると、狙ったかのようなタイミングでお呼びがかかった。
「料理長!」
「あい?」
「どこ行ってたんですか、明日の仕込みがまだで…っ」
「ありゃ、そうだったっけ?ごめんごめん」
歩みを止めて振り返り、青い顔をした副料理長へと声を掛ける。
「半蔵—はんぞう—君、だったよね?」
「ぁ、は、はいっ。すいません、ぁの、俺気づいて無くて」
夜見と同じくらいの幼さを残した顔が引き攣って、健康的な小麦色のつるりとした肌に汗が伝った。
「ありがとね、早くその馬鹿を連れていってくれる?」
「ぇ?あ、は、はい!失礼しました!ほら、行きますよ!」
「ママー、抱っこー」
「誰がママですか気色悪い!ほら、早く」
うん。元気が有って良い。まぁ夜見には勝てないかもだけど…ん?
半蔵君に急かされても、富樫は動こうとしない。
「凱史」
「…何?」
前言から察するに一瞬ふざけているのかとも思ったが、そうではないらしい。
「お前ね、うちの期待の星を脅さないでくれる?」
「脅してないよ。勝手に怖がったんでしょ?」
ふと視線をずらすと、意外にも僕では無く富樫を見ていた半蔵君が居て、泣きそうな顔でぐいぐいと動かない富樫を引っ張っていた。
「んなもん見せられたら誰だって怖いっつうの。半蔵まだ慣れてないんだから」
周囲の黒服たちの空気が重い。通った道が、赤黒く染まっているせいだろうか。
「せめて服着替えてよ。血の滴る着物とか、ほんと、洒落にならない」
富樫はそれだけ言い切ると、半蔵君を背中に隠したまま、後ずさる様に屋敷の中へと入っていった。
「…お前らも、言いたいことあるの?」
ついでと思い、頭を下げたままの黒服たちにそう聞くと、誰一人動かなかった。
「ほらね、あの子が臆病なだけだ」
それに僕に言わせれば、夜見の方が、遥かに怖い。
「お前らは持ち場に戻れ。清掃班は分かってるな?以上。解散!」
伊集院の鋭く重い一声が響き、背後で無数に人が動くのを感じた。
「はぁ」
思わず、溜息が零れる。
ブチ切れている夜見を、無意識の内に想像してしまったから。
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