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老人と針
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―Side凱史
「伊集院」
「はい」
「西園寺って、うちの本丸と何かあったの?」
「私が知る限りではありません。どちらかというと我々の方が関係は深いかと」
「やっぱり縄張り争いかな」
「恐らくは。最近良い噂を聞きません」
「例えばどんな」
「集団暴行。強盗。詐欺。薬を捌く相手も低年齢化していると聞きます」
「チンピラと変わんないね」
「統制化されている分、余計に質も悪い様で」
「賭けに出たか、過信したか」
「話を聞いた限りだと、後者ではないかと」
「同意見」
…であれば、夜見に危害が加えられる可能性も増す、か。
「伊集院」
「急ぎます」
久々に座った助手席から見える街路灯が、段々と流れる速さを増す。
赤やオレンジのテールランプを追い越し、背後からのクラクションがノイズの様に絶え間なく聞こえた。
——暫くそんな光景を眺めて、今夜乱れるであろう夜見の事を考えていると、見覚えのある屋敷が見えて来た。
正面の門の前に車が止まり、寒空の下に降り立つ。
「寒いね、早く夜見を見つけてあげないと」
「はい」
草木も眠る時間帯など無視して、仰々しい門に付けられたチャイムを鳴らす。
数秒の後、低くしわがれた男の声が聞こえた。
『三神凱史殿ですな。お連れの方は?』
「付き人の伊集院です。以後お見知りおきを」
『…できればお連れの方は、そこでお待ち頂けませんでしょうか?』
「孫娘さんはお元気ですか?」
『…』
耳を澄ますと、無機質な機械の向こうから数人が怒鳴り散らす音が聞こえる。
やっぱりもう話は来てるのか。
『失礼。やはり来て頂きましょう』
「お気遣いどうも」
答えると同時に門が開き、中から数人の黒服が出て来た。
「こちらへ」
促されるままに飛び石の上を歩いて庭の奥へと向かうと、黒服たちとは明らかに違った様子の男が居た。そしてその横で寄り添うように泣いている女。
「先日ぶりですね。その節はどうも」
わざと丁寧に会釈をすると、顔を真っ赤にした男がこぶしを握り締めて詰め寄ってくる。
「き、さま!今すぐ殺してやる!」
「あなた!待って、待って、お願いよ、お父様がいらっしゃるから、もう少し、もう少しだけ。今は、堪えて…お願い」
女の方がいくばくか冷静な様だ。
そんな分析をしていると、奥の方から重厚な着物を着た老人が姿を見せた。
「お初に。西園寺治五郎—じごろう—と申します」
「初めまして。三神凱史と申します。先日のお風邪は直りましたか?」
「お陰様で。こうして歩いて喋れる程度には」
「何よりです」
「お気遣い痛み入ります。して、ご用件は?」
「単刀直入に申し上げます。夜見を返して頂きたい」
「無駄を嫌うお方とお聞きしていましたが、少し買い被り過ぎていたようですな」
「条件を仰って頂くのは構いませんが、呑むつもりなど毛頭ありませんので」
間隙無く切り返すと、ほう、といった表情を見せ、しわがれた口角を上げた。
「随分と豪胆でいらっしゃる。
見たところお二人だけの様ですが、妙計でも?」
「必要ありません。夜見の場所さえ分かれば後は迎えに行くだけです」
「教えるとでも?少なくとも由に心当たりはありませんが」
「教えて頂ければ楽なのですが。力づくの方が宜しいですか?」
堪えられないというように、男が笑う。
老人は意に介さず、寧ろ表情を引き締め言葉を紡いだ。
「悪い様には致しませんが」
「不服です」
「どこがでしょう」
「貴方の、その頭の高さが」
そう言うのと同時に僕の脇に控えていた伊集院が動き、文字通り、あ、という間に男の首を折った。
同時に女が悲鳴を上げ、屋敷の中から無数の黒服が湧き出る。
伊集院は女の手を掴んで、再度僕の脇へと控えた。
「さて、対価は揃いましたね。交換しましょうか」
「…坊主、自分がした事、分かってんだろうな」
老人が老獪へと姿を変え、ともすれば視線だけで殺さんとばかりに睨みつけてくる。
「分かっているからしたんですよ。交換、しませんか?」
「奪い取れ」
小さくもよく通る声でそう呟くと、周囲の黒服が一気に詰め寄って…来かけた。
「まずは一本目」
ぽとり
女の手から、血に濡れた何かが落ちる。
絶叫と共に流れた血が軽石に染み込んだ。
「ゃ、りやがったなおい」
「口の利き方がなってないな。ほら、二本目」
ぽとり
光景よりも、女が出す声のせいで、黒服が完全に委縮しているのを感じる。
鈍い光を称えた眼光がぶれ始め、一喝を入れる事もしない。
「別に解体ショーがしたい訳じゃないんですよ。僕は…三本目」
ぽとり
女が動かせるすべてを動かし、伊集院の手から逃れようとする。
しかし剪定ばさみを持った伊集院の手は万力の様に引き絞られ、みしみしという音が僕にまで聞こえた。
「…やりたきゃ、気が済むまでやれ。女だろうが腹ぁ括ってんだよ」
「右手の指が無くなったら、彼は僕と交代する…って言うつもりだったんだけど、そう、なら待たなくていいか。伊集院、僕と交代」
女の潰れた手が僕に渡って、周囲の空気が少し和らいだのが分かった。
ただ一人、着物を着た老獪だけが、その奇妙な僕の言い草に危機感を覚えた様だけど。
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