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願い(リンside)
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あの夜のことは、未だ誰にも話していない。
以来、何度も山に分け入ってはリューの名を呼んだが、答えが返ってくることはなかった。
瞬く間に10年以上もの年月が流れ、予期せず父が倒れ、家督を継ぐことになったある日。
まるで、すべてを見ていたかのようなタイミングで、リューが目の前に現れた。
当時と少しも変わらぬ姿に、時が一気に巻き戻された気がした。
「少し、かくまえ。……できるだけ、暗い場所がいい」
太陽の熱は、この身体には毒だ。
そう疎まし気につぶやいたきり、細かい事情は何一つ語ろうとしない。
関わるも関わらないも、おまえ次第だと、ポンとすべてを預けられ、真っ先に抱いた感情は、面白そう、だった。
もとより、楽しいことには目がない質で、付随する少々の面倒は気にならない。
幼い頃の出会いが夢ではなかった嬉しさも手伝い、人外の存在と自分だけが特別に接触している興奮に歓喜した。
同時に、リューをうまく周囲に溶け込ませるための具体策を、頭の中で思い描く。
ふと、つい先日、家督の途切れた伯爵家の存在を思い出した。
スカーレット家とは遠縁にあたり、いずれ誰かを据えなくてはと考えていたが、色々と訳ありの家系で、幸い知っているのは未だ自分一人だった。
さっそくリューを跡目に仕立て上げ、政財界に根回しをし、夜会の席でお披露目をした。
魅惑的な立ち姿で一堂の目を釘付けにし、口を開けば、飾らない言葉で魂の奥深くまでもを射抜く。
一気に政財界の勢力図がひっくり返るかと騒がれたこの夜、だがリューは唯一にして最大のミスを犯した。
時の権力者である王の閨への誘いを、事もなげに断ったのだ。
……興味ねェ、他を当たってくれと。
聞いていた全員が青ざめた。
以降、家の取り潰しこそ免れたものの、二度と宮中には呼ばれなくなり、遠ざけられ、今に至る。
リューいわく、抱くならある程度誰でもいいが、抱かれンならそれ相応の相手じゃなきゃ燃えねェ、と。
なら抱いてくれと、あの夜ついに、長年の願いを口にした。
その後のことは、思い出したくもない。
自分の弱さのせいで、リューの孤独をさらに押し広げただけだった。
リューは責めなかった。
慣れていると静かに笑っただけだ。
そんなことに慣れるなと、怒鳴る権利さえ、恐れて引いた自分にはあるはずもなく。
ただひたすら懺悔のようにリューの居場所の確保に努め、身体を満たすだけの男娼を当てがってきた。
起き上がり、ローブを羽織ると、窓を開け、鷹の足に巻き付けられた伝聞を受け取った。
鷹が夜空に帰っていく。
手紙に目を走らせれば、案の定、シローを首にする旨の内容が書かれていた。
「あいつ……」
クシャ……と手の中の羊皮紙を握りしめた。
そうやってすべてをあきらめて、ある日突然、幻のように消えるのか。
確かに、自分は逃げた。
愚かだったと思う。
もはや、リューの唯一になる夢は、遠の昔に捨てていたが、いつか……。
独りではなくなったリューが、屈託なく笑う様が見たい。
臆病者は臆病者なりに、そればかりを切に願っている。
開け放たれた窓から、夜半の冷たい風が吹き抜ける。
リューとシローの上に、どうか妙なる幸せを。
願いながら、そっと祈るように目を閉じた。
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