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五
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七度目。着物の女性が彼の右陣地を獲っていた。
女優のような雰囲気のある女性は、同性愛者の私から見ても惚れてしまいそうな強いオーラがあった。綺麗で上品、それでいて自信溢れる出で立ち。若いホストと遊んでやっている、と言った感じだろうか。
そんな女性をリード出来るほどの器が彼にあるのだろうかと心配しながら、いつもとは少し違う彼の姿をその日もこの目に焼き付けていた。
彼に出会う事だけを楽しみに生活しているなと理解しだしたのは、季節が秋に移りだした頃だ。
“偶然”を自ら作り出そうと無意味に夜をさ迷うようになった。
仕事用の顔と、その裏の雄の顔。名前も年齢も知らないまま、まるで中学生のような片想いに満足していたはずなのに───
少しだけ肩を落として歩いているように見えた彼を
、取引先との会食からの帰りに見つけてしまった。
住宅街の真ん中にある隠れ家的なお店で仕事かプライベートか分からない話に花を咲かせすっかり千鳥足の先方と上司にタクシーを用意して、彼らにお辞儀をして見送った後の話だ。
酒が強い訳じゃないけれど、ビジネスとプライベートでは呑み方も違う。酔えない酒はなかなか辛いもので、歩いて帰りたい気分だった。
もう少しで大通りという角を曲がった所で、私のぼやけた視界にあの彼の後ろ姿を飛び込んできた。
いかにもホストと言うスーツ。そして同時に、僅かばかりの酔いは、一気に抜けた気がした。
電柱の影で立ち止まっている彼は、少しお疲れのご様子だ。
背中も少し丸まっていて、“らしさ”が微塵もない。
近付いて行くと、ジャケットの後ろからシャツが見え、靴に汚れがついてと、常に見てきた彼の姿と比べれば、ボロ雑巾だった。
彼は右手に黒のクラッチバックを持っていて、私が近くにまで来ても身動き一つしないでただ立ち尽くしていた。
──思わず私はその鞄に指を伸ばしていた──
会食で使った店に名刺入れを忘れていた私は、再びあの住宅街を歩いていた。
この住宅街は抜け道としてはあまり使われないらしい。歩行者からしてみれば静かで安全だが、外灯がポツンポツンとしかないのが難点だろう。
昨日は角を曲がった先に彼の姿を見つけたが、不思議なことにまた同じ場面に遭遇してしまっていた。
ただ違うのは、ボロ雑巾のレベルが格段に上がっているという事だ。
実際に破かれたスーツを見たのが初めてなら、靴を履いていない彼を見るのも、布地の喪失極まりないのを目の当たりにしたのも初めてだった。
彼の体から鎧も牙も無くなっていたが、恐る恐る声をかけた。リーチ分だけ離れた場所からだけれども。
「……大丈夫、ですか?」
一昨日吹っ飛ばされた同じ場所。
性懲りもなく…しかし流石に見過ごせない…との言い訳を誰でもない自分にしながら、私は彼の背中に問った。
「……アンタには、どう見えてんだ?」
思わぬ返しと共に彼は振り向いた。
目の回りを腫らし鼻血の出た形跡も拭いきれてはいない顔はいつもの彼ではなかったが、私の体はゾクリと身震いを起こし出かかった自身の手を気付かれないようにぎゅっと握り締めた。
「…タクシー呼びましょうか?」
「金も家の鍵もねぇから、呼ばなくて良い」
「家族とか…知り合いとか」
「呼んで来るような知り合いは…まず居ない」
弱っている時だからだろうか。彼は私の言葉に返事をくれた。あしらわれるかと思っていただけに、もう少しだけ…と欲をかいてしまう。
「でもそのままでは…困りませんか?」
「アンタには、関係ねぇんじゃねーの?」
貴方と会うために努力している私としては関係はおおいにあるのだが、彼が私の事を知っているという感じは一切出なかった。
「なら、私の所に来ませんか?」
我ながら、ブッ込んだと思った。少なからずとも彼からしてみれば初対面の人間だ。それなのに家に誘うなんて馬鹿じゃないだろうか。
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