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クロワッサン
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〈6、クロワッサン〉
翌朝。
今日も今日とて完璧絶品の朝食を用意したあいつは、にっこりと微笑み俺におはよう、とあいさつをした。
昨日のことでなんだかどぎまぎしていた自分が馬鹿らしくなって、そのままおはよ、と返した。
カリカリベーコンに半熟の目玉焼きとサラダ。バターのかぐわしい香りがするクロワッサンもお手製で少しやり過ぎ感は否めないけれど、美味いので誰も言わない。結構好きでやってる節があるし、本人が楽しそうなのでよしとする。
「手間じゃねえの、クロワッサン」
「昔から店手伝ってたから身に染み付いてる。作り置きあっためてるだけだし」
孝太郎の両親はパン屋さんを営んでいた。街の小さなパン屋さんという感じで、二人の優しい人柄もあってかかなり評判だった。うちもかなりひいきにしていた。
二人とも優しい人だった。
「味、そっくりだな」
クロワッサンは作り置きとは思えないほど美味しかった。外は香ばしくカリッとしており、中はふんわりと甘い。思わずそう零すと、孝太郎は小さくばか、と言った。
「あの二人は」
「我らの女王と姫は寝ておられる」
「起こせよ、静香さんにいたっては時間やばいだろ!」
(お前に起こされたいんだよ)
あわただしく二人を起こしに行く背中に心の中で呟く。あの二人は孝太郎に優しく起こされるのが大好きなのだ。一日の中で甘える絶好の機会とも思っているだろう。そんな二人の思惑に気付かない孝太郎が面白い。
(俺もちょっとそう思ってる。なんて言ったらどうだろうな)
小さな本音を冗談で隠し、二人して同じような寝癖をつけておあよう、というそっくりな親子を見つめて、俺と孝太郎は微笑みあった。
怒涛のように身支度、朝食をすませ、「いってくるぜ我が子供達!」と嵐のように去っていった母さんを見送り、孝太郎に高い位置で二つに結んでもらった楓も「いってきます! こーくん大好き!」と元気一杯飛び出していった。
「最近楓の俺離れが半端じゃない」
「人徳の差だろ」
さらっと言いのけるこいつがむかつく。ブレザーのネクタイを締めながらぶつぶつと文句を言った。
不器用な佐藤一族は髪を結うなんて芸当はできないため、孝太郎がいないとき楓は寝癖頭で学校に行くことになる。そう考えると楓が孝太郎になつくのも納得ではあるが、兄としてのプライドがある。
「俺も髪が結えれば……」
「がんばれ、お兄ちゃん」
はは、と笑いながらネクタイを直してくれる。
さりげない優しさが今はむなしい。
「おぼえてろよ……」
「もう忘れた。じゃ、行くか」
時刻は八時。ちょうどいい時間だ。孝太郎と色違いのマフラーを巻き、ドアノブに手をかける。
「行きますか」
孝太郎は微笑みで返事を返し、二人で歩き出す。
冬の朝特有の冷たい空気が肌を刺す。寒いなあと笑いながら学校へと向かった。
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