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震える指先
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〈9、震える指先〉
玄関のドアを乱暴に開け自室へ飛び込む。力いっぱいドアを閉め、へなへなと座り込んだ。
指先が震える。理由は寒さだけじゃないと、上がった体温が教えてくる。
整わない息と、嫌な動悸。
何も考えられなかった。考えたくなかった。
膝を抱え込み、頭を抱える。唇から微かに漏れる息が苦しい。どんなに強く目を瞑っても、瞼の裏に焼きついた映像は消えてくれるばかりかさらに鮮明に映し出していた。
孝太郎がキスをしていた。
たかがそれだけのことなのに、なぜここまで動揺するのか。あいつはモテる。女なんて吐いて捨てるほど寄ってくる、吐いて捨てても余るほどに。
実際、付き合っていた彼女も何人かは知っている。どれもこれも同じような顔、甲高い声で孝太郎にくっついていたのを見たことはある。孝太郎くぅん、と甘ったるい声で呼ぶ女達を見てこんなのがいいのかと思ったことさえある。
でも、キスをしているところを見るのは初めてだった。
きっと孝太郎ならそれ以上の経験もあるだろう。キスも、身体に触れる行為も、あの没個性な女達にしていたのだろう。確信に近い推測が頭の中をぐるぐるとまわり、無性に気持ちが悪かった。
こんなに動揺するのは家族のキスシーンだからか? 頭では理解していても実際に目の当たりにするのはきつかった。孝太郎でこれだ、楓なんて怒り狂って死んでしまうかもしれない。
思いっきり熱っぽいため息を吐くと、控えめに扉がノックされる。楓だ。
「いつきちゃんへいき? どしたの?」
「あ、ああ、ごめんな。なんか兄ちゃん具合悪いみたいなんだ」
ドアの向こうで大げさに驚く楓に、少し休みたいと伝え、孝太郎が帰ってきたら夕飯はいらないとの伝言を頼んだ。今は少しあいつの顔を見れそうにない。
「お大事にね、いつきちゃん」
「うん、ありがとう楓」
やや不安そうにドアから離れていく楓の気配が完全になくなったことを確認し、のっそりとベッドに潜り込んだ。そして制服のままだったことに気付く。でもベッドから出て着替えなおすのも億劫だ。ベルトを外しスラックスを脱ぎ、カーディガンを脱ぐ。シャツ一枚と言うなんともだらしない格好ではあるが、前をはだければそれなりに楽だ。そのまま服を床に落とし、布団をかぶった。
横になり、目を閉じると呼吸が落ち着いてきた。しばらくすると眠気が襲ってくる。疲れていたんだ。あんまりびっくりしたせいだし、それに昨日もなんだか心臓に悪い出来事だった。今日の事だって忘れてしまえばいい。どうせあちこちでキス位しているだろう。これで諦めるからとかなんとか、ねだられてしまえばあいつは断れない。だってあいつは優しすぎるから。
ああでも、そんなに人に優しくしてどうする。自分ばっか損するじゃねえか。彼女達は別にお前の性格なんぞ見ちゃいないだろう。そのお綺麗な顔が目当てだよ。これが私の彼氏なのって自慢したいだけだ。そしてお前と付き合ってることを鼻にかけて自分は可愛いとでも思い込むんだ。
俺って嫌な奴だな。孝太郎がモテるからって僻んだりして。ごめん孝太郎、ほんとごめん。今日だけだから。明日には元に戻っているから。
だからお前も、明日には元に戻ってろよ。俺たちの、優しい孝太郎でいてくれ。俺の家族に好かれた、優しいお前であってくれ。
そして俺だけに笑いかけろ。俺以外のやつに、笑いかけたりしないでくれ。
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