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朦朧とする意識
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〈11、朦朧とする意識〉
俺の突然の行動に孝太郎は酷く動揺しているようだった。
いきなり泣き出したり子供の頃のようにこーちゃんと呼んだからか、焦った声で俺のことを呼び続けていた。
「そんなに悪いのか。病院行くか?」
壊れ物に触るように触れる孝太郎の手は冷たいままだ。
こーちゃん。こーちゃん、優しい、みんなのこーちゃん。
ぼろぼろと涙がこぼれて仕方がない。箍が外れたかのように瞳から溢れては横に流れていく。俺ってこんな泣き虫だったっけ。
こんなに泣いたのは何時以来だろう。最後に泣いたのは孝太郎の両親が帰らぬ人になった日だ。孝太郎もどこかに行ってしまうんじゃないかと、不安で不安で大泣きした。大好きな孝太郎と会えなくなるなんて信じられなかった。
「なあ、頼むよ。なんか言ってくれ。お前に泣かれるのが一番苦手なんだ」
孝太郎は冷たい指先でそっと涙を掬い取った。心底困り果てた顔。触るのすら壊しそうで恐ろしいというように。そのまま指先が離れていく気配がして、胸の奥にじわじわと何かが浸食するように嫌なものが広がっていく。
昔、孝太郎の両親が亡くなったとき、遠縁だと名乗る親戚が後を絶たなかった。どこから聞きつけたかは知らないが、幼い孝太郎に入る生命保険目当ての人間達だった。
二人の生命保険は相当な額であり、周囲の人間は孝太郎を騙そうと必死だった。君の両親にお金を借りていたんだと言う者、いいから金を出せと酒臭い息で脅す者。二人の葬儀の最中、誰が孝太郎を引き取るかで口汚く罵り合う親戚達を見て、俺は怖くなった。
孝太郎を行かせてはいけない。だから俺は、必死になって手を伸ばした。
「いやだ」
「……え?」
「いやだよ。俺変なんだよ、変なんだ。こーちゃん、どこにも行くなよ、行っちゃ駄目だ、どこにも、いくなよ……」
支離滅裂で意味のない文章だが伝わったみたいだ。風邪の熱で朦朧としている意識の中、過去のことを思い出して不安になっていることを汲み取ってくれたらしい。本当はそれだけではないけれど。
そして、安心させるように手を繋いでくれた。
「俺の帰る場所はここだよ。他に行くあてなんかない。いっくん、傍にいるよ」
懐かしい名前で呼ばれて嬉しくなり、口の端をあげた。そのまま孝太郎に手を伸ばし、孝太郎の頭をぎゅっと抱え込むように抱きしめた。
「一緒に寝て」
「お前、ご飯は」
「いい、お前がいれば、それでいい」
孝太郎が息を呑んだ気配がする。男にこんなこと言われても嬉しくないか。頭の中は冷静に動いているのに、それでも手を離すことは出来なかった。
孝太郎はもぞもぞと動き、俺を引き寄せ抱きしめてくれた。ベッドから引きずり出された形になるが、発熱した身体には冷たい空気が気持ちいい。そのままベッドから孝太郎の膝の上に乗り、素足を孝太郎に巻きつけたところで孝太郎が悲鳴のような声を上げた。
「おま、樹……! 服着てない!」
「……着てるよ、シャツとパンツ」
「いいからなんか着ろ、悪化する!」
うるさい孝太郎をまたベッドに引きずり込む。力だけは風邪をひいていたって負けない。説教じみたことを言い続ける孝太郎が本当にやかましくて、そのまま身体を絡ませたまま俺は意識を手放してしまった。
腕の中の熱い吐息に、気付かぬまま。
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