アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
恋人
-
<14、恋人>
呆然とした俺を押しのけて彼女は肩を怒らせてリビングへと続くドアを乱暴に開けた。慌てて俺も後に続く。
「孝太郎! 今日は私と遊びに行く約束でしょう!?」
「進藤……それについてはメールしただろ。どうして家まで押しかけてくるんだ」
「別にいいでしょ、彼女、ですもの。それより名前で呼んで」
彼女の部分に随分とアクセントをつけて鼻を鳴らす。そうか、この子が昨日の。清楚な黒髪に、大きな瞳。抜けるような白いの肌は手入れがよく行き届いている。華奢な身体は儚げな印象を与えるが、高慢な態度からそこまでか弱いイメージはない。つまりはかなり美人の部類に入る女の子だった。なんせ孝太郎と並んで立っても全く見劣りしない。誰もがうらやむような美男美女だった。
「私との約束ドタキャンして、なんで家事なんてしてるの」
「樹が熱出したんだ。看病してやりたかったんだよ」
ぱっと彼女の視線が俺に移る。視線の強さに思わずたじろいでしまう。美人は美人でも性格があまりよくないらしい。じろじろと品定めするように俺の全身を眺め、嘲るように笑った。
「随分情けない子ね。これの何がいいの?」
初対面にこれ呼ばわりされてむっとこない人間はいない。いいかげん文句を言おうとすると、彼女はコロリと態度を変えて孝太郎の腕にしがみついた。
甘ったるい声でしなだれかかる。
「ねえ、もうその子元気そうじゃない。ほっといても大丈夫よ、もう高校生なんだから。遊びに行きましょ?」
ねえ、と目線で頷くよう示される。何故か勝ち誇ったような顔をする彼女がどうしても好きになれなかった。
「……どこでも好きなとこ行けば。別に孝太郎の時間まで縛ってるつもりないし」
「樹……」
孝太郎がこちらに来ようとする気配がある。彼女はそれが気に入らなかったのか、孝太郎の腕を強く握った。
「……ねえ、あなたって孝太郎の何なの? 幼馴染にしては孝太郎のこと、こき使いすぎじゃない? 孝太郎はあなたの都合の良い家政夫じゃないわ」
「別に、俺は孝太郎をこき使ってるわけじゃ」
「じゃあ、孝太郎がここに居る理由って何? 孝太郎はもう高校生よ。一人で暮らしていく事だって出来る。それなのにここで家事なんかやらされてるのは、あなた達が孝太郎を縛り付けて動けないようにしているんじゃないの?」
「ちが――」
「違わないわ。あなたって、孝太郎のお荷物よ」
頭を殴られたような衝撃だった。
ぐわんと世界が揺れ、ズキズキとまた頭が痛み出す。孝太郎。孝太郎、こた――。
「進藤!!」
孝太郎が怒鳴り、腕に引っ付いていた彼女を突き放した。俺の傍に駆け寄る。孝太郎に腕をつかまれ倒れそうになっていた事に気付く。彼女の傷ついたような、怒りたい気持ちがない交ぜになった表情が見えた。
ああ、ほんとにこの子は孝太郎が好きなんだな。素直にそう思った。
「……帰ってくれ。俺の家族を傷つけるなら、たとえ女でも許さない」
「っ何よ!! 私は孝太郎のために――」
「大きなお世話だ。帰ってくれ」
低く鋭い声に彼女はびくりと身体を震わせ、涙を堪えるように走り去っていった。玄関のドアが激しく音を立てた後、静寂が広がる。
彼女の言葉が胸に刺さった。孝太郎を苦しめているのは俺じゃないか。好きなことも、恋愛も満足にさせてやれてない。今日なんて学校を早退させてまで看病してくれた。本当は嫌じゃないのか? 世話になっている後ろめたさから言えないだけなんじゃないか、孝太郎は優しいから。
ごめん、孝太郎。
「……ご、ごめ」
「謝るな! ……謝らないでくれ」
震える声で謝ろうとした俺を、孝太郎が遮った。初めは切羽詰った声で。その次は、縋るような声で。
「みんなみんな、俺が好きでやってることだ。楽しいから家事をやるんだ。お前が笑ってくれるから、楓ちゃんや静香さんが笑うからやってるんだ。苦しいなんて思ったことない、ずっとずっと楽しかった、今もすごくすごく楽しい。ここから離れたくないのは俺なんだ」
だから樹、と孝太郎が正面から俺を抱きしめた。
「お前が傷つく必要なんてないんだ。泣く必要もない。俺が好きでやってることで、お前が泣くのはおかしいよ、樹」
優しく、孝太郎が髪を撫でる。ああ、と思う。お前は馬鹿だよ。すごくすごく馬鹿だ。そんなに馬鹿なほどお人よしだから、お前は気付いてないんだ。
うすうす気付いていたよ。俺はお前のお荷物じゃないかって。いっつも傍で甘やかしてくれて、嬉しい反面お前が離れてしまうのが怖かった。お前の時間を奪っているのは俺じゃないかって、思ってた。
それでも言えなかったんだ。お前と笑いあうのが楽しくて言えなかった。お前が俺から離れてしまったら、きっと俺は耐えられないよ。
(だからこそ、今離れなければならない)
「……孝太郎」
「なんだ、樹」
「ありがとう」
孝太郎に強くしがみついて万感の思いを込める。そっと溢れる様に涙が頬を伝った。
いつかこいつは、ここから居なくなるだろう。俺の傍から離れて、誰かと寄り添いあう未来がある。俺がそれを妨げてはならない。そのいつかの日、俺が耐えられるように。
孝太郎の幸せのために、孝太郎を自由にしてやらなければいけない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
16 / 133