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変わらない優しさ
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〈16、変わらない優しさ〉
体育が終わり、その日の昼休み。体育委員として物品の片づけをしていた俺はすっかり遅くなってしまった。
いつのまに降ってきていたのかまた雪がこんこんと降り注ぎ、校庭を白く染め上げていた。体育館から本校舎まで行くには校庭を進み遠回りをしなければならない。厄介なことになったなあとぼやきながら雪の中を進んでいく。
「樹!!」
「え?」
遠くから誰かが駆けてくる。見慣れた青い傘。なぜか、こちらに一直線に向かってくる姿を見ただけで胸が熱くなる。なんで。どうして。制服姿の人物は白い息を吐き出しながら俺にジャージを差し出した。
「お前馬鹿か。このくそ寒い中半袖で外に飛び出す奴がいるか」
有無を言わさず自分のジャージを着せてくれる幸太郎は、そのまま俺の手を引き傘の中に引き入れた。
あの後、孝太郎を呼ぶ黄色い歓声の中に、俺は体調が悪そうな女子を見つけた。あまりにも酷い顔色だったため、自分のジャージを貸してやった。彼女はたびたびお礼を言いながら保健室へ行き、現在俺は半袖しか着ていない。なんでそのことを孝太郎が知っているんだろう?
孝太郎はしかめっ面のまま俺の頭に乗った雪を払う。
「どうしてそうお人よしかな。寒いのなんてお前が一番苦手だろうに」
「寒いのは苦手だけど、ほんの少しの間だし。俺は大丈夫だよ」
あまりにも自然に孝太郎が俺の世話を焼くため甘えてしまったけれど、これじゃあ駄目だ。もう孝太郎には甘えられない。
俺はそっと孝太郎の手を払い、傘の外へ出ようとする。
「どこに行くんだ、馬鹿」
「だから、もう平気だって」
「いいから来い。どうせ帰るとこは一緒なんだよ」
孝太郎はさっと俺の手を掴んでしまうと、そのまま逃がさないというように強く握り締めた。孝太郎の手は大きく、骨ばっていて指先が少し荒れていた。
少しだけ力をこめて握り返せば、さらに強く握り返される。なんだか恋人のようだと考える浮ついた頭を振り、馬鹿な考えを消していく。男同士だし、それに俺がもし女だとしても俺に孝太郎はもったいなさすぎる。
(あれ、俺なんでこんな変なこと考えているんだろ)
うまく話題が出てこない。これまでずっと避けていた気まずさがあり、俺は顔も上げられなかった。
どうして変わらないんだよ。俺、お前にずっと酷いことしてきた。七年。七年も、お前の時間を奪い続けてきたんだ。最近も俺の都合でお前を避けたよ。もっとお前は怒っていい。俺に対して何か文句を言えばいい。そうじゃなきゃ、このやり場のない思いをどうしたらいいかわからない。
いっそのこと俺を口汚く罵ってくれ。優しくなんて、しないでくれ……。
「お前が、馬鹿だよ」
「お前のほうこそ。……俺たち、お互い馬鹿なんだろうな」
二人きりの静寂の中に、お互いの息遣いだけが伝わる。
青い傘が俺のほうに傾いて、孝太郎の肩が濡れていることに気付いた。俺はちっとも濡れていない。そんなところにも孝太郎の優しさを感じて、細く細く息を吐いた。
本校舎まであと少し。雪は降り続けていく。このまま遭難してしまえたら煩わしいことなんて考えないですむのかな。この優しい幼馴染に、思いっきり甘えることが出来るのかな。
今だけ、だから。
小さく言い訳をして手に力を込める。お互いの手から伝わる温度だけがはっきりとしていた。俺は必死にこの温かさを忘れたくないと願った。
その時俺は、気付かなかった。氷のような視線に。凶器になりうるような、その眼差し。
その先に、自分が居ることを。
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