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1.不安だらけの引越し-4
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「え…? プラス三万円…?」
李登はアパートに着いて衝撃的な真実を聞いてしまう。
「あら、聞いてなかったの? ここは普通に暮らせば家賃四万円だけど、ペットも一緒に住むとなるとプラス三万円かかるのよ。ほら、ここは皆がペットを飼っているわけじゃないから、その三万円を飼っていない人達に分配して家賃を値下げする形になっているのよ。そうすれば、少しうるさくても大丈夫だし、周りを気にしないで飼えるでしょ」
そう話すのが、ここの大家である女性、ミサヨだった。
ミサヨは李登と桃李が軽トラックから荷物をアパートに運んでいるのに気付き、挨拶をしに来た。
最初は普通の挨拶だったのだが、リードで繋がれたポン太を見て、ミサヨはあれっと不思議に思い李登に話し始めた。
それが、ペットを飼うとプラス三万円になる事。
「てことは…もしポン太も一緒に住むなら、家賃は七万円って事ですか…?」
「そういう事になるわね。今から手続き変えても良いわよ。こっちはどっちでも良いから」
ミサヨはポン太を触ってそう簡単に言うが、初めて聞く事が衝撃過ぎて、李登は頭が真っ白になる。
「李登、どういう事だ? 聞いている家賃の額と違うぞ」
その話しを一部始終聞いていた桃李が、段ボールを運ぶ手を止めて、李登にそう言う。
桃李自身、李登と同じくらい驚いているので、言葉が直ぐには出ない。
「…知らなかったのか?」
その質問に対し、李登はゆっくりと頷いた。
その李登の頷きを見て、桃李の口から溜息が漏れる。
「そうか…。まぁ雲行きも怪しくなってきたから荷物だけでも先に運ぼうか」
「うん…」
李登はミサヨにペットの件は考えさせて欲しいと話し、その場を一旦回避した。
そして、ミサヨが帰った姿を見て、李登は桃李に言われたように荷物をアパートに運び入れる。
「どうしよう…」
そんな李登の頭の中では、両親との条件だけが埋まる。
その条件は多々あり、その一つに、家賃、光熱費全てを合わせて五万円以内で済ませる事が入っていた。
それらを破ってしまうと、強制的に連行される。
あの両親ならやりかねない。
「本当にどうしよう……」
ポン太と暮らせるからここに決めたのに、家賃が三万も上がるなんて思ってもいなかった。
あの時、不動産屋はそんな事を話してしただろうか。
李登は頭の中でその時のやり取りを思い出すが、そんな話しをされた記憶は無い。
絶対に言われてない。
そう強く思うが、自信が持てずに言い切る事ができない。
それは、自分を信じ切れていないからだ。
「少し休むか」
「うん。ありがとう…」
一通り運ぶのが終わると、桃李がお茶の入ったペットボトルを渡してくれた。
それに口を付け、ぐびっと一口飲むが、身体に潤いが得られない。
ポン太の事が気になり過ぎて。
「あ…。ポン太にご飯……」
いつの間にかもう夕方になっていて、いつもポン太に餌を与える時間になっていた。
「ポン太にはさっきトラックの中でご飯食べさせた。今頃ぐっすり眠っているよ」
「え…? うん…ありがとう…」
李登は桃李に小さく礼を述べると、体育座りになり、丸まった。
ポン太はアパートには入れることができない為、軽トラックの中でお留守番をさせている。
「あっ! そうだ!」
李登はその間、ここを見付ける切っ掛けになった不動産屋に電話を掛ける事にした。
この不安定な気持ちを、早くどうにかしたい。
だが、不動産屋は一向に電話にでる気配が無く、直ぐに留守番電話に変わってしまう。
「どうしよう…」
電話に出ない苛立ちからか、李登は携帯を軽く投げ、丸まった身体を強く抱き締める。
「最悪だ……」
どうしてこうなってしまったのだろう。
「本当に何も聞いてなかったのか? ペット飼うと家賃が上がるって」
「うん…」
「ペットと一緒に住むって事は相手に言ったのか?」
「うん、ちゃんと言ったよ。俺がトリマー専攻だって事も、犬と一緒に住めるって書いてあるからここに住みたいって事も…なのに…」
涙が出た。自分自身の不甲斐無さに。
「そうか…何か書類とか無かったのか? 連絡事項とか、大事な事が書かれた物とか」
その桃李の言葉に、李登はハッとなる。
そして、急いで手提げのバッグに向かい、あの時不動産屋に見せられた書類を探し出して強引に取り出し、震える手でガッチリと留められたセロハンテープを剥がした。
「…嘘…だろ…」
李登は、中身をじっくり読んで身体が固まってしまう。
そんな李登の姿を見て、桃李は李登の手から李登が読んでいた書類を優しく取って無言で読み始めていた。
「李登…これちゃんと読んだか…?」
「一通り…」
「一通りってお前な…」
「だって、あっちが何も分からない俺に親切にいろいろ言葉で教えてくれて、この中身は今自分が説明した事が載っているから、今見ても参考にならないって言われたんだ」
不動産屋はそう言って書類を早々と封筒に閉まい、セロハンテープで硬く留めていた。
そして、不動産屋に印鑑を押して持ってくるように言われた李登は、一旦家に帰り、言われるがままに両親からハンコを貰って手続きを済ませてしまった。
「はぁー…。お前が一人暮らしする事が、だんだん心配になってきた…」
桃李は頭を抱え始めた。
そんな桃李の姿を見て、李登も不安になってくる。
「人気だからすぐ契約しないと、こんなに良い物件は直ぐに無くなるって言われたんだ…」
「で、書類も一通りだけ見て契約したんだな…」
「う、うん。でも、本当だった…」
その話しに嘘はなく、外観から見てそれが分かった。
なぜなら、李登の部屋以外の部屋には、カーテンやテレビのアンテナがもう付いていたからだ。
それはつまり、人が住んでいるという事。
「お前の良い所は一度心を開いたり、良い人だと分かると、その人間を絶対に疑わない事だ。それを俺が一番分かっていたのに…」
桃李は自分にも責任があるような言い方をする。
それを聞いて、李登はそれは違うと答えた。
「桃李兄が責任感じる事ない! それに、桃李兄には関係無いよ…俺が馬鹿だったんだ…」
高校を卒業して、一人で大人になったような気がしていた。
一人で自分のこれから住む場所を探し出し、自分で決める。
それが思うように叶い、油断していた。
その油断がこれだ。
「李登は馬鹿じゃない。ただ…人を疑わないだけだ…」
桃李はこんな李登を馬鹿じゃないと言ってくれる。
それがまた李登に涙を誘う。
今日ここに桃李がいてくれて良かったと、口に出してはまだ言えないが、そう強く思う。
「ポ…ン太、…どうしよう…」
このままでは、ポン太を実家に置いていくしかなくなってしまう。
それか、プラス三万円の事を正直に両親に話してお金を出してもらうか。
けれど、両親にこの事を話したら絶対に一人暮らしを取り消され、アパートを解約されてしまう。
「バイト増や…して、その分のお金出せば良いかな…」
李登がそう言うと、桃李にパシッと頭を書類で叩かれた。
「お前、そんな事したら俺が許さないからな」
「そんな事言ったって…」
「親父とお袋に条件付けられてんだろ」
「……うん」
それを言われ、両親に言われた条件が浮かぶ。
両親からの条件は多々あり、その中で一番大切な事は、専門学校の一割を自分で負担する事だった。
それは、両親の稼ぎが悪いわけでは無く、李登が両親の仕事を継がない事が関係していた。
李登の父親はIT企業の社長で、母はネイルサロンの経営者。そんな二人は、父は桃李に、母は李登に、それぞれの会社を継いで欲しかったようだ。
だが、李登も桃李もその期待を裏切り、自分のしたい事を勝手に決め、貫く姿勢をとった。
だから、両親共に李登達の夢を応援していない。
それは、親としてどうかとも思うが、桃李もそうされていたから李登も従うしかない。
桃李の場合、最初の二年だけは全額両親が負担してくれていたみたいだが、それは桃李が父から紹介された場所を素直に受け入れたからだった。
本当は、専門学校や短大に進みたかった桃李だったのだが、それを聞いた父が大反対し、専門や短大に行くなら海外で本格的に習いに行けと言われ、それに従うしかなかった。
けれど、桃李はこれをチャンスだと思い、気持ちを進学から見習いの道へと切り替えていた。
桃李と李登では進む道も頭のできも違うが、それでも、両親の条件は似ていた。
「もしバイトなんて増やしたら勉学にも影響でるだろ。尚更あの二人は許さないぞ」
「じゃ、じゃぁ…桃李兄が父さんに言ってくれない…?」
父は自分の決めた道で成功している桃李を誇りに思っている。
それに加え、桃李はその条件期限の二年間、必要最低限のお金しか使わず、自分が専門学校に行く為に貯めていた貯金でやりくりをしていた。
だから、桃李は両親に一目措いている。
そんな桃李の言葉なら、両親は聴く耳を持ってくれるのではと思えた。
「桃李兄が説得してくれればなんとか…」
「なるはずないだろ…。あの二人の性格は知ってるだろ? 俺が関与していたら尚更お前はここには住めない」
「…確かに」
李登の場合、両親共に未知の世界を目指してしまったので、最後まで反対され続けた。
だからこそ、こんな不利な条件を出して来たのだ。
「俺も何とかしてやりたいけど、店のローンの返済があるからな…」
店を建てたばかりの桃李に金銭的な余裕は無い。
「やっぱり…黙ってバイト増やして、学校のお金と三万円払うしかないよ」
両親は李登がすぐに弱音を吐くのを待っている。
弱音を吐いて、条件が一つでも破られたら、自分が進ませたい道に李登を無理矢理にでも連れて行く。
それは、李登の意思なんて関係なく強引に。
「黙ってバイトしてたらばれないよ!」
李登は両親にばれない自信がある。
今のバイト先は両親に知られているが、今から新しい所を探せば何とかなるはずだ。
掛け持ちなんてした事無いが、学校が終わってすぐのシフトにしてもらえれば、なんとかなる。
学校近くのコンビニを探せば掛け持ちも熟していけるはず。
「コンビニの深夜とか…探してみる」
李登はそれしかないと思い、そう桃李に言うと、桃李の表情が急に怖くなった。
「お前、一番大切な事忘れてないか?」
今の李登には、桃李の言っている大切な事と言う事をすぐに気付く事ができなかった。
「お前が朝から晩まで家にいなかったら、ポン太はどうするんだ。ポン太と一緒に住む為にバイト増やしてもポン太が家に一人でいる時間が長ければポン太が可哀想だろ」
桃李の言っている事は当たっている。
ポン太の事を想い、やろうとしていた事なのに、それはポン太の為にならない。
李登が不規則な生活を送るなら、ポン太にも同じ思いを味合わせる事になる。
「じゃあどうしたら良いんだよ…。俺がどうにかしないとポン太を実家に一人で置いていく事になるじゃん。餌だけを渡すだけで、散歩なんてしてくれない。餌自体も忘れてあげてくれないかもしれない…そんな環境に置いとく方が可哀想だよ!」
自分の言っている事は間違っていない。そう強く思っている李登は、桃李に向かって更に反抗的になる。
「俺が悪いのに…俺よりポン太に影響が出るなんて悔しい…」
「李登…」
答えが出ない。
ポン太にとってどうすれば良いのか幾ら考えても分からない。
一緒に住めなくても良い。ポン太を一番良い環境に置けるなら一緒に住めなくても我慢する。
「よしっ、分かった」
急に桃李が立ち上がりそう言い始め、李登は、何が、と言う目を桃李に向ける。
李登には、桃李が何が分かったのかさっぱり分からない。
「俺がポン太を預かる」
「…え? 桃李兄が?」
「そう。幸い俺のマンションペット可能な所だし。ポン太を毎日店に連れて行けばお前だっていつでも会えるだろ?」
李登には考え付か無い案だった。
「良いの…?」
「良いよ。俺もポン太と一緒に住みたかったし。ポン太もお前と離れるのは寂しいだろうけど…俺にはそれしか考え付かない」
「迷惑じゃない…?」
「家族が増えるのに迷惑なんて無いよ」
そう答えてくれる桃李の顔は、嘘を付いている顔では無かった。
「ほんと…?」
「本当」
桃李は昔と変わらない優しい笑顔を李登に向け、昔のように助けてくれる。
それも一番最善な案を出して。
「大丈夫。俺がポン太をちゃんと責任を持って預かるよ」
「うん…」
「ポン太を看板犬にするかな」
「看板犬って、ポン太には無理じゃない?」
なんてポン太について話していると、さっきまでめそめそしていた李登から自然と笑みが漏れる。
それは、ポン太の居場所が見つかって本当に安心したからだ。
「だから、お前は何も心配せずに頑張れ」
「うん。俺、頑張る」
桃李に背中を押され、最初はどうなるかと思っていた引越しは無事に終わり、李登は無事に一人暮らしをスタートさせる事ができたのだった。
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