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2.元晴との出会い-7
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李登は悩まず答えた。
『人間にも感情があるように動物にも感情があります。機嫌が良い時もあれば悪い時もありますし、その気持ちに気付けなかった自分にも責任があると思うので、どうして機嫌が悪いのかの原因を飼い主さんと考えたり、機嫌を良くする方法を考えていく事が一番大切だと思います。どこの場所を噛まれたとしてもそれは動物の意思表現だと思うので、僕は全て受け止めたい』
そう答えた。
すると、女性は満足そうに頷いてくれた。
ちゃんと質問に適した返答を返せたかは分からないが、自分の思っている事を話せたので李登としては満足だった。
「動物は自分の感情を人間のように言葉で話す事はできない。けれど、人一倍動物と関わっていたら分かるようになると思うんだ。俺はそんな人間になりたいと思ってる」
元晴は、そう言い切った。
「む◯ごろうさんみたいな?」
李登は直ぐにその人物が浮かんだ。
「そう。あんな人になれたら俺はもう最高の人生だと思えるな」
そう話す元晴の瞳は輝いていた。
その瞳と同じくらい、李登も同感していた。
なぜなら、李登もそう思っていたからだ。
李登も思っているように、この人も自分と同じような事を考えているのだと知って嬉しくなり、こんな人と毎日話しができたら、今まで得られなかった幸せを掴めるような気がした。
その掴める幸せがどんな物かは分からないが、何か大きな物が李登の中に生まれるような気がしたのだった。
「俺もそう思います。あんな生き方をしてみたいですよね…」
「君ならなれるよ」
元晴は優しく李登の頭を撫でた。
その大きな手は、本人と同じで優しい温もりを発していて、もっと触って欲しくなる。
「そろそろ麻酔が切れる時間だ。君も中に入って良いよ」
「良いんですか?」
まさか中に入れてもらえるなんて思ってもいなかった李登は驚いた。
「ちゃんとそこで手を洗ってくれれば大丈夫だから。けど、触る事はできないよ」
「はい」
李登は元晴に言われた所で綺麗に隅々まで手を洗い、その後、元晴の案内通りに進んで手術室の中に入った。
部屋は手術室の少し奥にあり、仔犬は手術が終わってすぐにその部屋に移したようだ。
「入院中の子もいるから静かにね」
元晴は人差し指を自身の口元に当て、そう言った。
李登は黙って頷き、その部屋の中を元晴の後を追うように入った。
「ほら、今は疲れてるから元気ないけど。何日かしたら元気になるよ」
元晴が指さした場所に、李登がここまで連れてきた仔犬が、頭とお腹まわりと右膝に包帯を巻いて横たわっていた。
仔犬は李登を見ると力なく吠えた。
「ほら、哀原君。仔犬がありがとうって言ってるよ」
自惚れなのか、元晴が言ってくれたのが李登にもそう聞こえて、色んな物が混じってまた泣いてしまった。
「手術終わって初めて鳴いたよ。よっぽど君が大好きみたいだ」
「俺も好きだよ…」
李登がそう言うと、仔犬に伝わったのか、小さな尻尾を少し振った。
「お前すごいな」
小さい体で李登に自分の気持ちを表現しようとしている。
それが李登には嬉しかった。
「この仔本当にすごいよ。足も炎症起こしていたから一緒に手術したんだ。一回で三か所も治したから体に負担は大きかったけど、でもこうして順調に回復してる。頑張ったんだから、ちゃんと普通の犬と変わらない生活ができるようになった。大丈夫、俺が保障する」
元晴は自信を持ってそう話してくれた。
だからなのか、手術後の不安は李登には一切無かった。
大丈夫ちゃんと歩ける。
そんな自信が李登にも湧いてきた。
「リハビリ俺も手伝うからな。一緒に頑張ろうな」
李登は仔犬に言った。
けれど、言っていて現実にぶち当たってしまう。
「ん? どうかした?」
李登が急に元気が無くなった事に気付いた元晴は、李登の横に来て顔を覗き込んで来た。
「俺の家では…ペットが飼えないんです…」
怪我が完治できて、日常に支障が出なくなったらこの仔犬はどうなってしまうのだろうか。
それが気になった。
1番考えられる事は、他の人間に渡してしまう事だろうが、李登はこの仔犬と離れたくないと思ってしまった。
「俺、今一人暮らししてるんです。でもそこのアパートがペットと住んで大丈夫と聞いてたんですけど…俺の確認不足でペットを飼うなら家賃がプラス三万円上がるんです…。一緒に住むはずだった犬も、兄に預ける事になっちゃって…」
飼えない事が分かっているのに、誰にも渡したくない。
「この仔の側にずっと一緒にいたいんですけど…俺には無理な事に気付いちゃって…」
俺は盛大な溜息を吐いた。
諦めたくは無いけれど、リハビリまでは自分が絶対に面倒を見たいと思った。
「ごめんな…俺が頼りないばかりに…。でもリハビリまではずっと一緒にいるからな」
仔犬には触れないけれど、心で撫でる。
そんな仔犬は、ぐっすりと眠りについていた。
「そうなんだ…大変だったね」
「自分の馬鹿さに厭きれますよ」
「俺もそういう事あるよ。犬が入っちゃ駄目な建物に入っちゃったりとか」
元晴は李登を励まそうとしてくれているらしく、自分の今までの失敗談を話し始めた。
その話しの全てに落ちが合って、李登は自然に笑ってしまう。
「だから君はまだまだ大丈夫だよ。こんな大人にはならない」
「俺、天宮さんみたいになっても良いですけど」
「俺みたいになったら哀原君が変人になってしまうな」
元晴は自分を変人だと言うけれど、李登には元晴が変人だとは思はなかった。
なぜなら、元晴は動物にも人間にも優しい人だから、そういう結果になってしまうのだと、話しを聞いていて思った。
入っちゃいけない建物に入ってしまったのだって理由があった。
前に、保健所から預かった余命わずかなゴールデンレトリバーの老犬がいて、その老犬の最後の願いを叶えてあげたくて、元晴は老犬が昔住んでいた場所に連れて行った。
けれど、その場所は新しくマンションが建っていた。
老犬の飼い主である主も去年他界し、その息子夫婦がその老犬を預かったのだが、老犬の介護が面倒臭くなった息子夫婦は老犬を保健所へと渡してしまう。
その一部始終を見ていた元晴が、老犬の異変に気付き、保健所に話しを通して一旦預かり、そのまま検査をした。
結果、その老犬は癌に置かされていた。
右目はもう光を失い、まっすぐ歩く事もできなくなっていたのもそれが理由だったようだ。
余命はもう残り少ない。
元晴は最後に老犬の笑顔が見たいから、その息子夫婦に老犬が元いた場所を聞き、連れて行ったのだ。
だが、その土地は息子夫婦に売られ、マンションが既に経っていた。
それを知りながらも、元晴は六階まで老犬を担いで屋上まで運んだ。
老犬だと言っても、ゴールデンレトリバーを一人で担ぐのは至難の技だ。
李登だったら運ぶ事はできない。
けれど元晴は最後まで担ぎ切り、屋上へと連れて行った。
その風景は老犬が知っている風景とは変わっていると思うが、老犬が昔から馴染んだ匂いまでは変っていないと元晴は思っていた。
亡くなった元飼い主と老犬が昔幸せに過ごしていた時間が戻って欲しい。
そんな願いから生まれた話しだった。
その帰りに、管理人に老犬を運んでいる所を見られてしまい、その場で大目玉をくらってしまったと元晴は言うが、でも、それは決して悪い事では無いと李登は思った。
「変人でも俺は良いです。俺はそんな風になりたいって心から思います」
李登は元晴みたいな人間になりたいのだと思う。
動物の気持ちが理解できる人間。
それも、動物を優先に考えられる人間に。
「何か、照れるね…。そんな事初めて言われたから」
「そうですか?」
何か意外だった。もっと慕っている人はいると思ったから。
「周りからは、そこまでする必要は無いっていう人が多いからね」
それはなんだか僻みにも聞こえる。
そんな事を言う人は自分が行動できないからそんな事言うのだと李登は思う。
羨ましいなら自分も同じような事をすれば良いのにと李登は心の中で思った。
「恋人には、優しすぎるって言われてその後どっか行っちゃった」
元晴はサラッとそんな事を言った。
「優しすぎるのも度が過ぎると腹が立つってさ…。自分では優しいなんて思った事一度も無いのにね」
元晴は笑っているが、その事を引きずっているように李登には感じた。
「俺は…俺は優しすぎる事の何がいけないのか分かりませんけど」
生きている中でたくさんの人間と出会うだろうが、その中には優しくない人間の方が殆どのように思える。
出会いはたくさんあるけれど、本当の優しい人間と出会える事なんて数少ないような気がする。
それが計算でも無く、無自覚な人間なんている事自体が奇跡に近いように思えた。
「優しい獣医なんて最高ですよ」
李登がそう言うと、元晴は顔を赤くした。
「何か今日一日、たくさん褒められたな。ありがとう、哀原君」
そう言った元晴の顔は真っ赤になっている。
「い…いえ…。事実だから」
その反応に、李登も照れてしまった。
「こんなに褒めてもらえる人に出会えたのは、この仔のお陰だな」
元晴は顔を赤くしたまま寝ている仔犬を見た。
「お前、俺の家に来るか?」
元晴は突然仔犬にそう投げ掛けた。
「え…?」
李登は元晴の言っている事がうまく呑み込めず、目が点になる。
「俺が飼えば哀原君はずっとこの仔に会えるでしょ? 俺もこの仔の生命力に元気付けられたし、飼う理由には申し分ないよ」
「良いんですか…?」
「良いよ。俺のマンションここから離れていないから哀原君も通いやすいし」
「家に行っても良いんですか?」
思ってもいなかった提案に、李登は驚きを隠せない。
ポン太の時と一緒だ。
「哀原君なら良いよ。絶対仲良しになれる気がするから」
よろしくね、と右手を出され、李登はその手を反射的に握ってしまう。
「気がするじゃなくて、なれるよ俺達。何かそう思うんだ」
その笑顔は眩しくて、李登はさっきよりもどきどきが止まらなくなった。
それは初めて人を好きになった瞬間だったのかもしれない。
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