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野上のお話
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午後からは不思議な気分だった。
一回り大きな赤と青のボーダーTシャツは、ブカブカで気をつけないとどこでも引っ掛けそうだった。
ベージュの半パンもベルトをしていても身体が余って、歩くのがぎこちなくなった。
でも一番は、うちの家とは違う柔軟剤の匂いが身体中を包み、幸せな気分を吸い込んでいたからだ。
「椿さん、今日の服、いいですねー。」
あまり忙しくないのがよかったのか、野上が機嫌良さ気に話しかけてきた。
「あっ、そう?」
「ちょっと大きいですけどね。椿さんって、もやしっぽいですもん。」
「……あぁ…そう。。」
口元をヒクヒクさせる雄大をよそに、野上はぱかっとタイムカードの機械を置いている棚を開けた。
「あーー今日、上村君、くるんだーー」
ドキリ
持っていた替えのレシートを取りこぼしそうになった。
「あと少しで会えるー☆」
ルンルンと棚を閉める野上を見ながら、雄大はゴクリと唾を飲んだ。
(急に現実に引き戻された感じ…)
すんっと自分周りの香りを嗅ぎ、雄大は手元のレシートを見ながら口を開いた。
「の、野上さんって、上村君の事、好きだよね…」
「えっーわかりますー?」
間を入れずに野上の甘ったるい声がした。
「うん、わかります。完全、わかります。」
「やだぁー恥ずかしいー。」
恥ずかしさを1ミクロンも感じさせない声色に雄大はつい眉をひそめそうになるのを抑えた。
「ど、どういうところがいいの?」
「どういうってーカッコいいし、背も高いし、あとクールだし、大人っぽい!」
(なんか浅はかな”好き”だな…クール?あんなの興味ないか虐めたいかだよ。大人っぽい?感情のまま行動するのに?)
雄大はハッとした。見ると替えのレシートは先端がぐしゃぐしゃになっていた。
(何考えてんだか…僕…)
雄大はくしゃくしゃになった部分をハサミでカットした。
「でもお付き合いしたい訳じゃないけどー。」
雄大は目を見開いて野上を見た。
「だって相手は学生でしょう?ライバルも多いだろうし、今はバイトと正社員って関係か珍しくて、ドキドキ感もあるじゃないですか?」
「はぉぁ?」
「でもそれは一時的なドキドキ感で、結局は普通の関係の方がやきもきしないでいいし、安定している訳ですよ。つまりドキドキしているのは、その関係性が普通と違うからってとこです。」
達観したような口振りに雄大は口を開いたままにしかできなかった。
「そんな事……考えてるんだ…」
野上は少し大人っぽい顔で頬を膨らました。
「だって、私、前の店舗でそうだったから…結局、お店の中でぐちゃぐちゃになっちゃって…」
そう言って口を噤んでしまった野上を見て、雄大はどこかホッとした。
こうして話してみると野上への苦手意識もなくなった気がした。
(そうか……あいつのドキドキ感は……)
そんな事を思うとズキリとした寂しいような痛みが走り、柔軟剤の匂いも感じなくなった。
(あと2時間半…)
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