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6章-p2 黒い道
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────エヴィンという妖魔は三大妖魔と呼ばれる強力な妖魔の中のひとり。その中で一番気性が荒く、攻撃性が強い。理性はあるものの本能的に破壊や殺戮を好む。
そのバケモノと呼ぶに相応しい妖魔が死んだという噂が流れていた。どこからとも無く、力のある妖魔たちはその強大な妖力がある日プツリと途絶えたのを感じたからだ。しかし、誰が何日どのようにしてエヴィンを討ち取ったのか...知るものは誰一人いなかった。そう思われていた。
ただそこに唯一知ってるものがいた。
エシデュルフ、彼がある日目撃した黒く巨大なバケモノは、ある村を例のごとく破壊し尽くした後、たった一人残った女性を目の前に最後の一撃を振るうべく対峙していた。エシはとっさに彼女を救うべく飛び出したが、後一歩のところで振り下ろされた爪に女性は割かれてしまう。
しかし、エシはその光景を横目で見ながら視点をバケモノから外すことはしなかった。手に馴染む鉄の塊に指をかけ、バケモノが女性を見つめている瞬間を狙い引き金を引いた。鋭い銃声の後バケモノの脳天に血飛沫が上がる。バケモノが大きな体をうねらせながら倒れ込む、地面は揺れるほど大きな音を立てて。
やがて、バケモノは黒い霧となり地面に吸収されるようにあとかたもなく消えた。
後で気がついた事だが、このバケモノは相当弱っていたらしい。それから、女性の亡骸に包まれるようにして泣きわめく幼い少年を見つけたのもこの時だった。
ひとしきり休んだ後、リラレルは目付きを変えて森の中へ行きエヴィン討伐のお供をザムシルとダードに命令した。
エシは同行を強く希望したが、リラレルは拒否した。手負いの人が増えただけでどうこうなる問題でもないし、傷も治りたてで動くには適さない状態だったからだ。しかし、エシは這ってでもついて行くと言わんばかりに真剣な目をしていた。そのため、リラレルもエシの同行を許可するハメになったのだ。
リラレルを先頭に森の中を歩く。ザムシルはリラレルのすぐ後ろを歩き、ダードはその後に時よりふらつくエシと並びながら歩いていた。
「…あの時、死んじゃいなかった訳だ。」
参考までにと過去を語っていたエシはそう言うと後悔の念をあらわにした。
「そう考えるのが正しそうね。」
「なに、後悔するに足らず。人間の貴様ではどう頑張ってもあの妖魔を完全に滅する事は出来なかっただろう。」
緊張した空気の中、なぐさめとも馬鹿にしているようにも取れるザムシルの皮肉は好調だった。未曾有の事態にやや緊張感を感じていたダードは不安を口にした。
「勝算はあるのか?」
先頭を歩くリラレルは「なんともいえないわね。」と落ち着いた口調で返した。
ダードが視線を落とすと、前にいたザムシルが振り向いた。
「リラレル様が負けるわけ無いだろう、そう不安そうな顔をするな。」
「ああ、ザムシルもいるしな。」
「そう言ってもらえるのは嬉しい事だが、オレは戦闘には参加しないぞ。」
ダードは少し驚いた顔でザムシルを見返した。
「当たり前だろう。妖魔様同士の戦いに下手に手出ししたらこっちが消し飛ぶからな。オレは今回徹底して防御に当たる、もちろんお前達のだ。」
「俺はとんだ足でまといになる訳だ。」
ダードは肩を落として息を吐く。
「お前はまだいざという時の回復係になるからいいとして、そのヘラ野郎は本当にただの邪魔だ。」
「ったく、怪我人によく言ってくれるぜ。」
エシは笑ってそう返した。ザムシルはエシをひと睨みして、再び視線を前に戻した。
今までの事で気がついたが、エシはザムシルにどんなに嫌味を言われても怒ったり、嫌味を返したりすることは無い。ザムシルは色々言っているが、思ったよりは薄っぺらくはない男なんじゃないかとダードは思った。
「お前はザムシルと仲良いのか?」
エシが何気なしに聞いてきたものの、初対面の相手にザムシルとの関係を話すのも面倒だったので、「…まあ、わりとな。」とダードは答えた。
まだ昼間だというのに、森は進むにつれ暗くひんやりとした空気が流れ出していた。リラレルの言っていた臭い、それがどんなものか分からない3人でも冷たく重い空気を感じとっていた。
次第に木々が減り大きな岩が点在してゆく景色に変わる、身長を超える大岩がそこら中にそびえ立つ岩場へと出た。
足元では膝を越す雑草が無造作に伸び絡みつく、地面には大きな石が散乱し足場を歪ませる、棘の生えた小さな木が所々に生え何かの進入を拒んでいるようだった。
そんな草木がまるで道を開けるようになぎ倒されている場所が見つかった。その何かが通った後に倒れている草木は黒く朽ちていた。
その黒い道の奥。
そのバケモノは、赤く細い目をひからせながら訪問者を静かに待っていた。
冷たく静まった岩場にコツン、とヒールの音が反響した。
バケモノは微かに頭を上げると、目の前に現れた旧友の姿を見て目を細めた。
リラレルはそのバケモノと対峙してなお、凛とした態度でそれを睨みつけた。
「お久しぶりね、エヴィン。私、できれば貴方に二度と会いたくなかったんだけど死んでいなかったなんて残念だわ、本当に。」
黒いモヤを纏ったような姿のバケモノは、口を細く開けてニヤリと笑った。
「ずいぶん偉そうな口を聞くな…何しに来たんだぁ、毛玉。」
その言葉にリラレルは珍しく表情で怒りを露わにした。
「毛玉って呼ばないで、貴方のそういう所本当に大嫌いよ。何しに来たって当たり前でしょう、頭のおかしな貴方を殺しに来たのよ。」
「オレは人間に肩入れするお前の方がよっぽど妖魔としては異常だと思うがな。」
「あら、貴方だって今は人間の体を使っている訳でしょ、頼っているという意味では変わらないんじゃなくて?」
険悪な会話を続けながらも、二人の会話はどこか冷たく感情のない言い合いだった。
エヴィンは続けた。
「これは元々オレの新しい肉体とするために人間に産ませたものだ。つまり元々俺のモノってわけだ。」
それを聞いて耐えきれなくなったエシは、リラレルの前にでて叫んだ。
「ふざけんな、なにがお前のもんだよ!ヌメリにはちゃんと意思もあるし、お前よりずっとしっかりした男だよ。さっさとヌメリの体を返しやがれ!」
そう言い終わるか否かの所でエシの額の直前で雷撃が走った。エシは驚いて尻餅をつくと同時に、カラン、と黒く細長い針のような物がエシの足元に落ちやがて黒いもやとなって消えた。
「早く下がれヘラ男、そこにいるなら次は守ってやらんぞ。」
エシは生唾を飲み込むと、リラレルの横顔に「たのむ」と一言いうと後ろへ下がった。
ダードはその状況をザムシルの背中に隠れる様にして見ていた。そこにはかつて経験した邪神との戦いにも似た雰囲気が流れていた。ただ、あの時はまだ良かった。自分にもまだ対抗する術があったし、もっとたくさんの仲間や協力者があった。しかし今回は違う。これは最上級妖魔達の一騎打ちだ、そして万が一リラレルが負けてしまうようなことがあれば、自分やザムシルもただでは済まない可能性もある。幾らかの戦闘を経験してきたダードでも、強烈な緊張と恐怖を覚えていた。
無意識に後ろからザムシルの腕を掴むと、ザムシルはその手を握ってくれた。
「案ずるな。リラレル様は必ず勝つ。」
ザムシルは振り向きもせずそう言うと、ダードも何も言わずにうなづいた。手を解いて促されて下がると、エシも前から駆け足でザムシルの後ろへと着いた。
鋭い音がしてリラレルの爪が刃物の様に伸びると、リラレルはヒールを一つ鳴らしてエヴィンへとけん制をかけた。
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