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6章-p4 同じ血
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ドカーッ、と前方で大きな音が響くと、強風の音がはたりと止む。風が徐々に収まり砂ぼこりが落ち着く合間に見えたのは、地面から出た無数の大きな針のような物がエヴィンの体を貫いている様子だった。
ザムシルはそれがちらと見えるとすぐにダードの肩と膝を抱き上げ、全力で走り出した。ダードは前を見ようと思ったが、まだ細かい砂ぼこりが雨のように当たるため強く目をつぶるしか無かった。ザムシルはこの砂埃の中どう目を開けて走っているのか確認したかったが、全力で走る揺れと砂粒の痛みに耐えるようにひたすらザムシルの肩を掴んでいることしか出来なかった。
「ザムシル!」
と、リラレルの声が鋭く聞こえた。
瞬間、体にすごい圧がかかったと思うと、今度はふわっと宙に浮かんだのが分かった。
驚いて目を開けるとザムシルに抱えられたまま空を飛んでいた。砂ぼこりの層のやや上を飛んでいるため目を開けても気にならなかった。向かっている方向には串刺しのままうずくまっているエヴィンの姿が見えた。
「おおっ」と思わず声を出すと、ザムシルに「舌噛むから黙ってろ!」と一喝された。
そして急速に落下し始めるが、その落下位置はエヴィンの体より少し手前になりそうだった。
「ざ、ザムシル…!」また声を上げてしまったダードを気に止める様子もなくザムシルはただエヴィンを睨んでいた。
エヴィンまでもう少しで届く、という所でザムシルの足元で雷が弾け飛んだ。その衝撃で距離を詰め、ザムシルは何事もないようにエヴィンの背中へ軽やかに着地した。
ダードをさっさと降ろすと。
「あとはお前に任せる。」とだけ言って、ダードから一歩下がった。
エヴィンは串刺しにされて尚、抵抗するように悲鳴に似た唸り声を上げながら体を大きく揺らしていた。ダードもその揺れに立っているのがやっとな程だ。『ずっと止めていられるわけじゃない』リラレルの言葉が頭を過ぎり、左手を広げエヴィンの体に付ける。
本当の事を言えばこんな力は2度と使いたくは無かった。まだ幼かったあの日、復讐の為に初めてこの力を殺した男の顔が脳裏に蘇る。人を傷つけるこの手が嫌いだった、人をいとも簡単に殺められる力がある事が怖かった、何より自分がただの人間ではないような気がして恐ろしかった。でも、今は何故かそんな気が驚くくらい薄れていて、自分の力を活用しようとしてくれたリラレルに感謝したいくらいだった。力を使うことを心配してくれたザムシルの思いを嬉しく感じてしまった。
恐ろしさなんて微塵も感じていなかった。
ダードが左手に力を込めると、特に大きな音もなくそれは放たれた。
急にエヴィンが今までよりも更に強烈な悲鳴をあげた。エヴィンの体はうねり、内部から殴られているかのようにボコボコと凹んだり膨らんだりを繰り返す。次第に耐えきれなくなった皮膚が至る所で爆発し、そこからどす黒い血のようなものが滝のように流れ出した。エヴィンはその形を留めることを許されず、まるで建物が倒壊していくように体が至る所から崩壊を始めた。
「ふぐっ…」と、苦しそうな息を吐くと、ダードは頭をついて倒れ込んだ。すぐにザムシルが駆け寄り体を抱えると、崩壊し出すエヴィンの体から退避した。
倒壊を始めるエヴィンを見てリラレルは、動きを止めていた針を土の中から引き戻し手に戻した。
「本当、絶対にくらいたくない攻撃だわ…」
とつぶやくと、後方の森へと目を向けた。
やがてエヴィンの身体は跡形も無く崩れ去った。地面に落ち広がっていた肉体や血のような物も次第に黒いモヤとなり宙をさ迷って消えていった。ただ色の強いモヤだけが数カ所に残り、それが次第に集まり始める。そしてその傍らには、黒髪の少年がうつ伏せのまま倒れ込んでいた。
そこに駆け寄ったのは、リラレルに担がれてここまできたエシドゥルフだった。リラレルに近くまで運んでもらい、倒れ込んでいる人影が見えるとエシは耐えきれずに走り出していた。
「ヌメリぃーーー!!」
「まだエヴィンの妖力が漂っているわ、近寄るのは…」と制止したリラレルの言葉など聞く耳持たなかった。
エシはヌメリに駆け寄ると、体を抱き起こし揺すって声をかけた。
「ヌメリ、ヌメリ!起きろ、大丈夫か!親父なんかに負けてる場合じゃねぇだろ、根性見せろよ!なぁ、ヌメリ!」
数度頬を叩くと、ヌメリは薄らと目を開けた。
「…エシ?…俺は…」
ヌメリが意識を取り戻したかと思われた瞬間、周囲を漂っていた黒いモヤが一気に集まると生き物のようにうねり動き出し、ヌメリの体目掛けて突撃してきた。
「危ない!」
そう叫んで、リラレルは強引にエシをヌメリから引き離す。ヌメリの体は再び黒いモヤにまとわりつかれて、自分の意志とは関係なく体が動き始めているようだった。
「ぐっ…、あぐ、がぁぁっ…」
僅かに意識があるのか、ヌメリは苦しそうに声を出し抵抗するようにモヤを掴もうともがいていた。
「ヌメリ、ヌメリ…!」
駆け寄ろうとするエシの腕を強く掴みながら、リラレルはそれを睨みつけていた。
「近づいたらあなたまで取り殺されるわ。」
「でも、じゃあどうしたら…」
「引き剥がすのは、難しそうね。あちらも警戒しているだろうし、これ以上の攻撃はヌメリの体を痛める事になるわ。」
エシの表情は一層険しくなった。
「もう、無理ってことかよ…」
リラレルは何も答えなかった。
なおもヌメリは苦しみ続け、エヴィンはヌメリを支配しようと侵食を続ける。
ヌメリには分かっていた。
自分の置かれている状況が、何に殺されそうになっているのか、何に支配されそうになっているのか。顔すら知らない父親とこんな形で再会して、しかも殺されそうになるなんてとんだ笑い話だと思った。噂話で聞く父はどこまでも残酷で、非道で、強欲で、そして強大だった。自分にそんな血が流れているなんて、ずっと嘘だと思っていた。でも、もう現実から目を背けることは出来なかった。
エヴィンが自分の体を使ってやってきたこと、それはヌメリの目にも映っていた。これ以上自分のせいで、父親のせいで誰かを傷つけることなんて耐えきれなかった。苦しみの中、なんとかしなければと思ったが自分の体の自由さえ奪われていた。
俺にもっと力があれば、親父みたいにバケモノじみた力があれば…
「なぁ、リラレル。もしこのままヌメリの体がエヴィンに支配されて完全復活しちまったらどうなる?」
エシは、尚も戦い続けるヌメリをみつめながらそう聞いた。
「出来ることならそれは避けたいわ。アイツが復活する…それはバケモノを野放しにする事になる。つまり、アイツの身勝手で多くの命が奪われる事が多発してしまうでしょうね。出来れば、ここでヌメリごと滅してしまいたいのが本音よ。」
リラレルは落ち着き払ってそういった。
それを聞いたエシは、ははっと笑うようなため息をついた。
「お前がそうハッキリ言ってくれるいい女で良かったよ。」
そう言うとエシは腰に掛けてあった銃を手に取った。足を開き片手でそれを構えるとトリガーに指をかける、そして銃口をヌメリに向けた。
「殺るなら、せめてオレが片付けてやる。」
エシの目に迷いは見られなかった。
キラリと銀色に光る銃口は、ヌメリの視界にも入っていた。
────そうか、このままじゃ俺はエシ殺されるのか…いや、そんなのごめんだ。絶っっ対に嫌だ。なんで俺がエシに殺されなきゃならないんだよ。そんなの俺は嫌だし、何よりエシが1番嫌がる展開じゃんか…バカ親父!クソ親父!.................................つか、てめぇがくたばればキレイさっぱり落ち着く話なんだよ畜生!化石並みの生きてる年寄りはさっさとくたばれよ、マジで!俺はお前の復活に使われるような安っぽい死に方なんてまっぴらゴメンなんだよーーくそがぁぁーーー!!!
ヌメリはそう強く思うと腹の底からふつふつと湧き上がる何かを感じた。
エシは覚悟を決め、トリガーに力を込めた。そして、銃弾が発射されたその瞬間の事だった。
「うおおおおおおっ!」
ヌメリの体から紫色の光が溢れだし、黒いモヤがどんどん小さくなりヌメリの体から追いやられていく。
体のコントロールを奪い返したヌメリが、エヴィンの力を体外へと押しやるように自らの妖力を爆発させたのだ。
瞬間、的を外れた銃弾が撃ち抜いたのはヌメリの右耳の先だった。急に襲った強烈な妖力に行き場を失くしたエヴィンは、焦げた匂いと共に削げ落ちた耳先に逃げこむしか無かった。
ヌメリは、「いってぇ!」と叫ぶと右耳を抑えて、うずくまった。
「ヌメリ!」
事態を察して慌てて銃を離しヌメリに駆け寄った。
「だ、大丈夫なのかヌメリ…お前…」
完全に自分の体を取り戻したヌメリは、エシの顔をチラと見ると、にやけながらピースサインをして見せた。
「なんか、俺様クソ親父に大勝利しちゃったみたい。心配かけてごめんな、エシ!」
「ヌメリぃ…!この、心配かけやがって!」
エシはそう言うとヌメリの頭を小突いて笑った。
そしてエヴィンが僅かな肉を得てやっと保てた肉体は、まるで子犬のような小さな獣のようだった。
「あははははははっ、ははははっ、なによそれ、その姿で限界なのかしら。ぷぷっ、何なの、あなたの方が十分毛玉よね、ふふっ、あはははははっ。」
その様子を見てリラレルは腹を抱えて笑っていた。
エヴィンはリラレルを睨みつけていた、ガウッ、と吠えたが特に攻撃も、強大な妖力も放つことは出来ず。グルルッ、と低い声で威嚇するばかりだった。
「なんだかとても楽しそうですね。」
そう言ってザムシルはダードをだき抱えながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「だって、見てよザムシル。あははははっ。」
リラレルは笑いのツボにはまったようで、ひたすら笑い続けていた。
「ザムシル、その…ダードは大丈夫なのか?」
心配して声をかけたのはエシドゥルフだった。
「ああ問題ない、思ったより反動は少なかったようで割とピンピンしているよ。」
ザムシルがそう言うと、抱かれたままのダードは皆のいる方をちらっと横目で見てからもがくように手足を動かした。
「頼むから降ろしてくれザムシル、ずっとこのままじゃ恥ずかしいだろ。」
「駄目だ。それは許さん、大人しくこうされていろ。」
「どうして!?」
「それはもちろん、オレがこうしていたいからだ。」
ザムシルはそう言うとニヤリと笑った。
「…」ダードは何も言い返せず、無駄な抵抗を止めることにした。
「なに、お前らってデキてんの?」
にしし、とヌメリはからかうように笑った。
「ああ、そうだが。」
ザムシルは何でもないように答えた。
ヌメリは「えっ」と小さく驚くと、口を開けたまま固まっていた。
「まあ、なんだ…その、オレも薄々感じてはいたけど、まじな訳だ?」エシは困ったように笑うと、ザムシルとダードをみてうんうんとうなづいた。
「本気でなきゃ愛し合う意味なんてないからな。」
真顔でそんなことを言うザムシルを見てエシは「あー、ご馳走様。」と言って笑った。
ダードは恥ずかしくてしばらく手で顔を隠していたが、ザムシルの堂々たる態度に安心して一緒に笑っていた。
「それで、リラレル様そいつの処分はどうするおつもりですか。」
ザムシルはそう言うと、リラレルの前で小さくうずくまる小妖魔を睨んだ。
「ふふっ、そうね。さっさと消してしまってもいいのだけれど、どうせたいした力もないのだしこのまま捨て置いてもたいした害は無いんじゃないかしら。」
「他の人の体を奪って復活する可能性はないのか?」
ダードがそう不安を口にした。
「こいつ自身の妖力は本当にもう僅かよ。人を襲う力もないくらいにね。元々弱っていた最後の力を振り絞って、ヌメリの精神を支配して彼の妖力ごともらう気だったのでしょうけど…それも失敗。さっきまでの莫大な妖力も全てヌメリのものを借りていただけなのよ。さらにダードとヌメリの力に余力を削られて、本当にただの毛玉同然だわ。」
「じゃあさ、俺の鬱憤晴らさせてもらうぜ!」
ヌメリは勢いよく駆け出すと、小さくなったエヴィンを思い切り蹴飛ばした。上手く蹴りが当たり、勢いよく飛ばされたエヴィンは、すぐに見えないほど遠くへと姿を消してしまった。
「はぁー、すっきりしたぜ!」
「…こんな雑で良いのでしょうか。」
「いいじゃない、さっぱりしてて。何かあったら、次世代の三大妖魔に任せちゃいましょう。」
それを聞いて振り向いたヌメリは、「えっ、次世代のなんちゃらって、俺の事?やだよ、俺は平凡な人間でいたいんだけどな。」と苦笑いを浮かべた。
「さあーて、一件落着って事で。近くの町に飯でも食いに行こうぜ。」
そうエシが音頭をとる、リラレルはすぐにエシに駆け寄り寄り添った。
「賛成だわ!皆で美味しいもの食べましょう。」
「俺は二人きりでもいいんだぜ。」エシはリラレルの方に手を回した。
「もう、じゃあ後でこっそり抜けちゃいましょうか。」
ダードは話の風が変わったのを機に、「じゃあ、俺もそろそろ降ろしてくれ。」とザムシルに提案した。
「駄目だ。街に行くまで抱かれていろ。」
「…はい。」
ザムシルにひと睨みされて、大人しく小さくなることにした。
そんな2組の様子を見てヌメリは、
やべぇ、このバカップル共の間にいる俺ってめちゃくちゃ省かれてねぇ!?
と、夕食を危惧するのであった。
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