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7章-p2 没頭する者
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リラレル達の家の裏には小さな小屋がある。小屋と言ってもいつもいる家の3分の1くらいの大きさなだけで、寝食するには十分なひろさのある建物だ。
ザムシルが何度か出入りする所をみたことがあったのでダードはその小屋があることは知っていたのだが、倉庫か何かだと思っていて特に気にとめる事はなかった。
しかし、その小屋の正体を知るはめになったのは今朝の事だった。
いつものように誰より遅くダードが目を覚ますと、ベッド横の机でいつも以上に難しそうな顔をしてザムシルが書き物をしていた。むくりと体を起こしたダードに視線を当てることもせずただひたすらに何かを書いていた。
「朝から精が出るな…」
ダードがそう声をかけるも、ザムシルはまだこちらを見ようとしなかった。何に夢中なのかと、ダードはザムシルの肩に手を置き体重をかけて押すようにのぞき込んだ。
まあ、やはりと言うべきかダードには全く理解し難い、記号や数字がびっしりと書き込まれていた。
ザムシルはびっ、と最後の文字を力を込めて書き留めると、やっとダードの方を向いて口を開いた。
「すまんが、しばらくオレは研究室に籠ることにした。」
「研究室って?」
ダードが聞くと、ザムシルは何も言わずに裏口を指さす。
「ああ、あの小屋...研究室だったのか」
「そうだ、まさか今気がついたのか」
「誰も教えてくれないし、ただの物置だと思い込んでいたからな。」
ザムシルも椅子から立ち上がるとダードの腰に手を回し、触れるだけの軽いキスをした。
「しばらくってどのくらい?」
ダードはザムシルの首元に腕をかけた。
「さあな、3ヶ月か3年か...」
「3年!?」
思わずダードが声量を増やすと、ザムシルはふふっと口元を緩めて笑った。
「3年なんて一瞬だぞ。しかし、真面目な話おおよその検討もつかない。前回は構想10年、試作で4年、製造で6ヶ月だったか」
「なんの話だ?」
「もちろん、研究の話だぞ。ああ、前回のっていうのはディスゥールの話だ。」
ディスゥールとはザムシルが作ったいわゆる人造人間の事だ。見た目は青髪の気弱そうな普通の人間だが、強力な能力いくつも合わせ持つまさに兵器のような強さを持つ少年だ。ダードも彼と対峙したことがあったが、ただの人間であるダードからしたら勝ち目の見えない相手だったと記憶している。
「つまり、また人造人間を作るということか」
「正確に言うと少し違う、おいおい教えてやるよ。」
そう言うとザムシルはダードから体を離した。
部屋を去ろうとしたザムシルの腕をダードは思い切り掴んで引き寄せる。
「籠るって言うのは、全く会えないってこと?」
身長差でやや上目遣いになったダードの瞳がザムシルの視線を奪った。
「…」
「なあ、聞いてるか?」
「お前の瞳はやはり綺麗だな。」
「は?」
ザムシルはダードに掴まれていた手をやんわりと剥がすと、頬に手をかけて唇を深く重ねた。
舌の入る感覚にダードが小さく声を漏らすと、ザムシルは唇を離した。
「リラレル様が過ごしやすい環境を維持していく程度にはこちらに顔を出す。だがお前の相手をしている暇は無くなる。寂しいとか、そうゆうので打ちやめられる研究じゃないんだ、これはいつかは完成させなきゃならない代物だからな。」
そう言ってザムシルは背を向けた。
「この間の旅で見つけた資料が役に立ちそうなんだ。悪いが今回は止めても無駄だぞ、すまないな。」
...そう言われたその日の午後から、めっきりザムシルの姿を見なくなった。
「本当にこんな唐突に姿を消すとは思わなかった。」
つまらなそうにテーブルに付しながらリラレルに話しかけた。
「あらそうだったの、それは寂しいわよね。私も少し寂しいのよ、やっぱり人数は多い方が楽しいものね。」
「そんなに大切な研究ならもっと事前に予告して欲しかったのにな。」
旅で研究に役立つものを見つけたとザムシルが言っていた。察するに港での一件で入手した資料のことだと思う。それを入手したという唐突な進歩があったのだから唐突に研究が進んでもおかしな事じゃないのはわかっていたが、何となく心の整理がつかなくてダードは愚痴の様に言葉を漏らした。
数日たってもザムシルは研究室に籠ったきり本当に姿を見なくなった、全く顔を合わせない日が続いているのだ。リラレルの過ごしやすい環境の維持を基準に出てくると言ったが、当のリラレルは「自分のことは自分出来るから、あなたも気にしないで研究に集中すればいいじゃない」と言ったらしく、リラレルの元にも1日1度定時連絡に来る程度だ。
「さあ、そろそろご飯にしましょうか?」
「うん」ダードは小さく返事をした。
ザムシルが顔を出さなくなってから、家事は二人で分担してやっている。食事、洗濯は主にリラレルが行い、掃除、雑用はダードの仕事だ。
ダードは始め、そんな家仕事なんてリラレルは嫌がってやらないんじゃないかと思っていたのだがそんなことは無く、花唄を歌いながら料理をしたり、森の妖魔達と楽しみながら洗濯干しをしたりしている。ザムシルが消えた当日などは、「今日からわたしが料理長だから」と言って新調したエプロンを見せつけくるほど張り切っていた。
何事も無い日々が、こんなにもつまらないと感じたのは初めてだった。今までは家で頼まれた面倒な仕事が嫌だったから仕事がない日の方が好きだったし、何事もないというのはナズとは会わずにいられる平和な日だった。
ここに来てからも、というかザムシルに会ってからも何事もない日もトラブルがある日も毎日楽しいと感じていたし、幸せな気持ちだった。でも、ザムシルと会えなくなってからの退屈感は想像以上で一日中ぼーっとしている日も増えた。そんな姿を見られたらザムシルは怒るだろうが何せ当の本人がいないのだ、堕落した生活もし放題だ。
そんな態度を見かねて、リラレル食事の片付けを終えるとソファーで寝ていたダードに声をかけた。
「あなたも何か探してみたら?」
「何か、とは?」
「趣味とか、仕事とか、火遊びは...怒られちゃうわよね!」
火遊びというのはまず無いが、趣味か仕事を探すというのも悪くは無いかもしれない。ナズの一件のせいであの骨董屋の手伝いはやめてしまった、新たに仕事を探すというのも手間だしまた雇ってくれるか聞きに行って見る価値もある。
うーん、と考え込むダードにリラレルは提案を続けた。
「お裁縫、編み物、お料理を極めてみるのもいいわよ!」
「それは遠慮しておくよ、手が使えないのもあるがどう足掻いてもザムシルには勝ち目がないからやる気が起きない。」
「ん〜、それもそうね。」
反応の悪いダードに飽きたのかリラレルはそう言うと自分の部屋へと帰ってしまった。
この頃は、布団に入ってからも考えることは多かった。
リラレルに言われた趣味か仕事探し、退屈な明日をどう過ごすか、そして無駄だと思っても毎日のようにザムシルがいつ戻ってくるのか、どうやったら早く戻ってきてくれるのかと考えてしまう。
結局の所この虚無感はザムシルが恋しいのだ。会えなくて寂しくて辛い。ダードはそれを認めざるを得ない。
元々ザムシルは、リラレルの力を貰っている為睡眠は不要という考えを持っていたし、仕事や考え事の多い彼と一緒に布団に入るということは少なかった。それでも、ダードが布団に入る時になると傍の机で作業していたり、なんだかんだ近くに来てくれる事が多かった。たまにだったが一緒に寝てくれる時は本当に嬉しかった。他愛のない話をして、腕枕をして、優しく抱きしめてくれた。
それだけでどれだけ満ち足りていたか、今なら分かる。
そして、どれだけ自分の中でザムシルの存在が大きくなっているのかを痛感した。
同時にザムシルは自分のことをどれだけ必要としてくれているのだろうと考える。研究を始めてからリラレルには毎日会いに来ているのに、なぜ自分には会ってくれないのだろうか。
「…はぁ」
ダードは誰もいない部屋で大きなため息をついた。
そんなねじれて後ろ向きな方としか転がらない思考が嫌になった。
明日が来るのが嫌で、何も考えたくないなんて、
あの家にいた時の気持ちが蘇ってくるようだった。
ダードは左の手首に爪を立てて強く握った。
翌日、ダードは朝目が覚めてリラレルがいるか確認しに部屋を出たら浴室から物音がした。
曇りガラスのドアを軽くのぞこうとしたら、浴室のドアが開き出てきたのはザムシルだった。ダードはその姿を見て心臓がグッと苦しくなるのを感じた。
ザムシルはタオルをかぶったまま何かブツブツと小さく独り言を言っているようだった。ダードは声をかけずにこちらに来るのを待った。
「..…!」
目の前まで来てザムシルはやっとダードの存在に気が付き足を止めた。
「よう、調子はどうだザムシル。」
そうダードが話しかけると、ザムシルは一瞬視線を合わせるもダードの頭をぽんと優しく叩くとそのまま独り言をいいながら研究室へと歩いていってしまった。
ダードはその背中を呼び止めることはしなかった。
昨日まではもし見かけたら無理矢理にでも引き止めて少し話をしてやろうとか、たまには全力で怒鳴ってやろうとか考えていたのだが全く行動に移す事はできなかった。
目が合った一瞬だけ緩んだ口元をみて、それでなんだか十分な気がしてしまった。
それはたぶん、頭にかけていたタオルの隙間から見えたザムシルの表情が、見たこともないくらいひどく疲れきっていたからだ。
今回の研究でザムシルが結局の所何を目的としてやってるのかは知らないし、どれほど重要な事なのかも知らない。ザムシルがどれだけ頭が良くて、今やっていることがどれだけ難しくて大変な事なのかは知らない。
...けど、それでも。あのザムシルがこれだけ身を粉にしてやっている事に、自分が適当な口を挟んではいけないのだろう。ザムシルを信用しているからこそ、今はこの急で不遇な対応は世界一正しい事なのだろうとダード思うばかりだった。
「…」
もし本当に3年かかるとしたら、いや3年かかるとしても、またこうしてたまに頭を触られるだけでも待てるんじゃないだろうか。ダードはそう思うと昨日までの気持ちが嘘のように、なんだか胸が苦しいくらいに暖かく感じた。
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