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水鏡とは
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店内はシックでオシャレな雰囲気で、これで晴月が立っていれば、どこか別の世界に迷い込んだ気分になれるのだろう。
その証拠に先程から女性客たちのキラキラした視線が痛いほど晴月に集まっている。しかも皆心ここにあらず状態だ。
「それじゃ、そこに座って待ってろ。」
「はいはい。分かったよ。」
「不満そうだな?ドピンクにでもしてやろうか?ん?」
若干投げやりに返事をしたら、ニコッと鏡越しに、なんとも恐ろしい事を言われてしまった。
ここできちんと断っておかなければ、この腹黒悪魔は有言実行してしまうのだ。
おれは慌てて否定しにかかる。
「いやいや!晴月兄さん直々に染髪してくれるのに不満だなんてそんな訳ないじゃないか!俺信じてるよ!晴月兄さんならきっとこの俺の髪を素敵な黒髪にしてくれるって!」
「そうか。たまには普段あまり頼まれない色を染めてみたかったんだがな。まぁ、お前がそうまで俺の事を信じてくれるなら仕方ないか。じゃ、始めるぞ」
心の底から残念そうな顔でそんなことを言う晴月。
やめてくれ。そんな綺麗な顔で眉根を下げての微笑みなんて。ちょっと離れた所にいる、会話の聞こえていない女性たちからの批難の視線で、俺が針のむしろじゃないか。
どちらかというと被害者的立場は俺なのですが。
「髪も少しもっさりして重たくなってるから、梳いて軽くするか。」
「うーん。そこらへんの調節はわからないから、よろしくツキ兄。」
やっと仕事モードに入ってくれたらしい晴月は、軽やかな手つきで髪を梳いていく。
シャッシャッ、と、切るたびに響く小気味良い音。
店内に流れるゆったりとした音楽の所為もあってか、だんだんと眠気に誘われてくる。
「眠いみたいだな?だったら色が入るまで寝てていいぞ。洗い落とす時に起こしてやるから。」
「うん…そうする。」
ほとんど瞼が閉じかけた状態で返事をする。
そしてスゥと寝入ってしまった。
だから、晴月がニヤッと笑っている事など知りもしなかった。
* * *
約1時間後。
「太陽起きろ。洗い流すから移動しろ。」
「んん…ん?」
肩を揺すられ、俺はゆっくりと瞼を押し上げだ。
そして指示通り、髪を洗うために場所を移動する。
「温度は平気か?まだ眠気が覚めてないなら特別に冷水にしてやってもいいぞ?」
「うっ…。何言ってんのさ!もうバッチリ爽快な目覚めだから!…って、冷た!やめろって!」
「おっと、悪い悪い。手元が少し狂った。」
謝りつつも、楽しそうな表情を隠そうともしていない晴月。今のは明らかに、最初から冷水をかけるつもりの動きだった。プロの美容師である晴月が間違うわけがない。
狂っているのは手元じゃなくて、その性格ではないだろうか。間違いない。
と、面と向かって晴月に言う勇気のない俺は、心の中だけで文句を言う。
確かにおかげで目は完璧に覚めたが。
「じゃ、元の場所に戻って待ってろ。」
「分かった。」
しっかりと洗い流し、軽く髪を拭いて貰った状態で元の席へと移動する。
これで今日から俺は、晴月に馬車馬の如く使われるのか…。
これも幸せな平凡ライフのためだ。これで周りから変な目で見られたり、不良に絡まれることはなくなるのだ。それの代償と思えば安いものだ。
「 …。」
いや、安くもない気もするが、もう考えるのはようそう。嫌なことは考えないに限る。
「さーて、どんな出来栄えになったかな?」
性格が悪くても、腕のいい晴月に染めてもらったのだ。覗き込んだ鏡には、きっと綺麗に黒に染まった髪が映し出されるに違いない。
期待を大に、いざ鏡で確認してみると。
「……。」
今、少し幻覚が見えたようだ。
やはりまだ目が覚めていないのだろう。しっかり目をこすってもう一度鏡を見てみる。
「……。」
今時の鏡はハイテクだな。そんなまさか。黒髪がオレンジ掛かった明るい茶髪に見えるなんて、何て凄い鏡なんだ。きっと大量生産して販売したら、どの髪色が自分に似合うのか試し見が出来きて、かなり売れるんじゃないだろうか。
「って!!?なんじゃこりゃぁぁあ!!」
そんなハイテクな鏡があるんだったら今頃ニュースで話題になってるはずだ。
両手をついて何度鏡で確かめてみても、俺の髪は根元から毛先までしっかりと、綺麗に明るめの茶色に染まっている。
根元までしっかり色を入れるなんて流石だ。なんて褒めている場合ではない。
「これじゃ、染めた意味ないじゃんか!先輩とか不良にも生意気だって絡まれたり…!」
どういうことなのか、晴月を問いただそうとバッと後ろを振り返る。
「おいツキ兄!この色一体なんなんっ……!」
しかし、声を張り上げようとした瞬間身体が急に傾く。
振り向いた時に勢いがあり過ぎたのだろうか。
しかし、手はしっかり鏡に付いていたはず。
「っ…!?へっ……!?」
傾くだけではなく、鏡についている手からは何故か水の中に沈み込むような感触が伝わってきた。
驚きに目を見開いて鏡の方へ向き直ると、なんと淡い光を放ちながら表面に波紋が広がっている。しかもその波紋が吸い込まれている両手を中心に広がっているのだ。まるで水面のようだ。
「はい!?重力の法則なんて無視な水鏡ですか!?そんなハイテク通り越したボンクラなんて冗談じゃないって!!自慢じゃないが俺は水に浮かぶことは出来ても、泳げないんだからな!ましてやこんな地面と垂直な水面なんて、一休さんでも対応できないっての!」
もはやパニックになった俺の口からは、そんな面白くもない言葉しか出てこない。
「ちょっ!?ツキ兄!!やばい、吸い込まれっ……!」
助けを求める暇もなく、急に腕からごっそり吸い込まれ、あっという間に俺の身体は水、もとい鏡の中へ。
吸い込まれる直前に見た光景は、何故か美容室の片隅に作られた待合室で、ご婦人と一緒にお茶をして笑いあってる晴月の姿だ。
しかも周りの女性たちが、そんな晴月の優雅な姿にキャーキャー言っているものだから、俺の声なんて全く聞こえていないようだった。
いくら相手が俺だからって、担当しているお客様をほっといて休憩とかどうかと思うんだか晴月様。
ぼんやりした思考の中、鏡の中に広がる水中へ引きずりこまれた太陽は、フッと意識を失ったのだった。
* **
太陽を吸い込んだ後、鏡は元のなんの変哲もない状態に戻った。
「ん?太陽?」
なんとなく太陽に呼ばれたような気がした晴月は、太陽がいるであろう方へ視線を向けた。しかしそこに太陽の姿はない。
「あいつ…。さては、俺の命れ…頼みごとを聞くのが嫌で逃げたな。たく。鞄を忘れていくなんて、よっぽど慌てたのか。」
いたって冷静につぶやきながら、太陽の鞄から財布を出し支払いの方を済ませてしまう。
そうしている間に、入り口のドアが開いて見知った顔が入ってきた。
「晴月ぃー。まだ太陽終わらねぇのー?」
「紅葉、太陽の迎えか?残念だったな、太陽は一足先に帰ったみたいだ。」
「えー、マジかよー。アイス買って食いながら帰るって約束したのによー。」
至極残念そうに紅葉が言う。
「まぁ、よく考えてみろ。あの優しい太陽のことだ。お前が太陽の分までアイスを食べられるように、わざと先に帰ったんだろうよ。」
普通の人なら納得しないであろう適当な理由を瞬時に考えついた晴月は、まるでそれが本当の事のようにスラスラと言って見せる。
当然、素直で天然な紅葉はそれを信じて納得してしまう。
晴月もそれを分かっていて言ったのだ。
「マジかー!持つべきものは、優しい弟だなー!帰って礼言わねぇとなー。じゃあなー、晴月ー!」
途端に満面の笑みで帰っていく紅葉。
「ああ、気をつけてな」
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