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K01 : 熱の入江 21
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そう思ったのに、多田さんはおかしそうにクスクス笑ってた。
『楓くん、今夜は空いてる?』
───え?
「空いてる!」
思いがけない誘いにびっくりして、すごく大きな声が出た。
「めちゃくちゃ空いてるよ、多田さん!」
『今日は奥さんが家にいないから、1人で食べて帰らないといけないなと思ってたんだ。よかったら、一緒にどうかな』
すごい、すごい。ああ、電話してよかった!
携帯電話を握りしめながら、俺はもう嬉しくて飛び上がってしまいそうだった。
「もちろん大丈夫だよ! 多田さん、どこに行けばいい?」
「こっちの方に出て来てもらっても、大丈夫かな。前から行きたいと思ってたお店があるんだけど」
多田さんの職場の最寄り駅に、午後7時に待ち合わせ。
それだけを決めて電話を切ったときには、俺はもう兄貴とのことなんて完全に忘れてしまうぐらい浮かれてしまってた。
天井、壁、床。白が基調の内装は、きれいで清潔感に溢れてる。
お洒落だけどカジュアルな雰囲気もあるイタリアンレストラン。厨房がガラス張りになってて、テーブル席からは何人ものシェフがカラフルな食材を使って忙しそうに料理を作る光景が見える。
「多田さん、急に電話してごめんね」
ウェイターについでもらった深い色味の赤ワインで乾杯してから、俺は改めて謝る。
1週間振りに再会した多田さんは相変わらずカッコよくて、なんて言うかすごく洗練されてる感じがする。
この人は俺と違って大人なんだなって、改めて思う。
こうして向かい合ってるだけで、もう心臓はヤバイぐらいにドキドキしてる。
知的で整い過ぎた顔はちょっと冷たい感じもするのに、笑えば雰囲気が和らいで優しそうになる。
「どうして謝るの。誘ったのはこっちだよ、楓くん」
多田さんの微笑みにつられて俺も笑う。きれいな瞳でじっと見つめられながら「楓くんの笑顔は、無敵だね」なんて言われて、俺はどぎまぎしながら頷いた。
「うん。いつも楽しそうって、よく言われるよ」
「いや、そういうことじゃないんだ。なんていうか、すごく人を惹きつける力があるなと思って」
惹きつけられてるのは俺の方なんだけど。なんか気恥ずかしくなって、へへ、と照れ笑いをしてしまう。
「そんなことないよ。でも、ありがと」
初めに運ばれてきた料理は、真っ白なプレートに盛り付けられた、色とりどりのオードブルの盛り合わせ。少しオレンジ色の掛かった照明の下で、食材のひとつひとつがキラキラ輝く。
「うわあ、おいしそう! 多田さん、食べよ! いただきます」
手を合わせる俺をまじまじと見てから、多田さんは表情を緩める。
「うん、いただきます」
オリーブオイルの絡んだ魚介サラダに手を付ける。口に入れるとふわりと素材の優しい甘みが広がった。
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