アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
K01 : 熱の入江 22
-
おいしいって、幸せだ。料理はあんまりできないけど、シェフってすごく素敵な仕事だなと思う。
料理やワインを口に運びながら2人で話すのは、本当に他愛もないこと。大学の話、最近見たテレビ番組、好きな食べ物。
喋ってるのはほとんど俺ばっかりなんだけど、多田さんは相槌を打ちながら、時々自分のことを話してくれる。テレビはニュースぐらいしか見なくて、好き嫌いはないんだけど実はピーマンが少し苦手。ほんのちょっと多田さんのことがわかっただけで、俺はすごく嬉しかったりする。
「楓くんってきっとすごくモテるんだろうね。表情が豊かで、明るくて人懐こくて」
お酒も程よく進んだところで、多田さんは俺を見つめながらそんなことを言う。
「否定はしないけど、同じぐらいフラれることも多いよ」
そう口にすれば、多田さんは意外そうな顔をする。
「本当に? 信じられないな」
「俺、真剣に恋愛ができないから」
少しだけ、2人の間の空気が変わる。そっと吹いていた風が、何かに遮られてピタリと止んだみたいな。そんな感じだ。
「誰かと付き合ってるときは、ちゃんとその人だけだし、浮気とかもしないし。真面目に付き合ってるつもりだけど、でもずっとその人を好きでいられるとは思ってないんだよね。
そういうのって、こっちが言わなくても一緒にいるうちに気づかれちゃうんだ。だから相手も、本当に好きになってくれそうな人がいたら、そっちに行こうって気になるんだと思う」
このグラス、何杯目だっけ。ワインをあおりながら頭の片隅で考えようとするけど、途中でわからなくなってくる。かなり酔いが回ってる証拠だ。
「楓くんは、まだ若いからね」
目の前の人は、労わるような瞳で俺のことをじっと見ている。
「それ、よくわかんないかも。若いとか関係ある?」
「多分。いや、どうかな」
「ええっ、どっち?」
曖昧な答え方がおかしくて、見つめ合ってクスクス笑う。2人でいる空間はすごく居心地がよくて、ああもっとたくさんの時間を一緒に過ごしたいなと思った。
でも、この人はきっと俺のことをそんな風には見てないんだろうな。
偶然出会った大学生と、そのまま呑みに行って始まった関係。そういうのって多田さんにはちょっと珍しいことなんだと思う。今俺と一緒にいるのも、今夜は奥さんが家にいないから時間を持て余してて、そんなときにタイミングよく連絡があったから、何となく会ってるんだろうし。
多田さんにとって俺は、ただそれだけに過ぎない友達未満の関係。
多田さんが結婚してなければ、せめて新婚さんじゃなかったら、何のわだかまりもなくスムーズに進展したんだろうか。想像しようとするけど、どうしてもよくわからなかった。
「じゃあ、多田さんは奥さんと真剣に恋愛して結婚したんだね」
さりげなく探りを入れれば、はにかむような笑顔と一緒に「まあ、どうかな」なんて照れ隠しみたいに曖昧な言葉が返ってきた。
だから、俺の胸は少しだけ痛んでしまう。
「いいね、幸せそう」
グラスを片手にそう呟けば、気のせいかもしれないけど───多田さんはほんの少しだけ困ったような表情を見せた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
26 / 104