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K01 : 熱の入江 14
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目が覚めると、まったりとした土曜日の昼下がりが俺を迎えてくれた。
春休みなのに退屈な毎日を過ごす羽目になったのは、先週バイト先の居酒屋が店を畳むことになったから。
無理もなかった。3ヶ月前に通りを挟んだ向かいに競合店ができた途端、客足はすこぶる悪くなっていたから。
働いて半年。人間関係もよかったし、時給もそれなりだったんだけど、肝心の店がなくなったんだからどうしようもなかった。
そんな訳で、いつも必ずシフトの入ってた土曜日が手持ち無沙汰になってるんだけど。
大学が休みになってからはただでさえ曜日の感覚がすっかりなくなってるから、これでバイトもしてないとなると、何だか変な感じだった。
適当にセフレと遊んでエッチしようとしたけど、イマイチ気持ちが乗らなくて途中で帰ってきたり。
毎日が、つまらない。
いい加減、そろそろ次のバイト先を探さないといけない。
昨日はゲームなんて引っ張り出しちゃって夜更かししたから、朝は全然起きられなかった。
気怠い昼下がり。温かな布団の中で寝返りを打ったらお腹が派手な音で鳴った。
何か食べたい。お昼ごはん、できてるかな。
こういうとき、実家暮らしはすごく気楽だ。
階段を降りてリビングの扉を開けたら、キッチンに背の高い後ろ姿が見えた。
一瞬父さんかと思った。違う。今日は出勤してるはずだ。
「……え?」
心臓が嫌な音を立てて鳴って、思わず声が上擦る。
その背格好は、職場近くの官舎で一人暮らしをしてるはずの兄貴に違いなかった。
「楓、元気そうだな」
振り返って俺に向けられるのは、優しくて穏やかな微笑み。でも眼鏡の向こうの瞳はゾッとするほど冷ややかだった。
背中に冷たいものが伝っていくのを感じながら曖昧に頷けば、ダイニングテーブルに料理の皿を並べる母さんが、笑顔で俺に話し掛けてくる。
「皐月(さつき)、この週末が休みになったからって、帰ってきたのよ。何ヶ月振りかしら」
「正月に帰ってきただろ。ほんの2ヶ月しか経ってないよ」
そう言いながら、俺をじっと見据える。
そうだ。だって、あの時も、俺は───。
「お正月って言っても、元日だけだったじゃない。仕事のことで調べたいことがあるって、すぐに帰っちゃって。忙しいのはわかるけど、たまにはゆっくりしていけばいいのに」
母さんが嬉しそうに話し続ける。
5歳年上の兄は、両親の自慢の長男だ。
抜群に勉強ができて、顔がよくて、優しくて、どこからどう見ても完璧な人間。
それが、中澤皐月だった。
大学在学中に司法試験に合格した兄貴が選んだ道は、検事だった。
社会正義の実現を担う、立派な仕事。
その進路を聞いたとき、随分皮肉だなと俺は思った。けれど、口にはしない。
言葉にすればそれを皮切りにきっと俺は隠し切れなくなるし、そうなれば家族が崩壊してしまう。
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