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K01 : 熱の入江 16
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小さく息を吐きながら、俺は突きつけられる現実から束の間逃げるためにぼんやりと意識を飛ばす。
兄貴がこの家を出たのは大学進学がきっかけだった。ちょうど俺が中学2年生になる前だ。
兄貴が一人暮らしをすると知ったとき、俺は本当に嬉しくて堪らなかった。
1年近く続いたこんなふしだらな関係から、やっと解放される。そう思ったから。
実際にはそうじゃなかった。数ヶ月おきに兄貴がこの家に帰ってくる度にノルマのように繰り返されるこの行為は、なくなることなんてなかった。
それでも、毎日家で顔を合わせて怯えて暮らすよりはずっとマシだった。だから今まで何とか我慢してこれたのかもしれない。
「楓。いつもの、してみろよ」
冷たい眼差しで促されて、背筋をゾクゾクと悪寒が駆け上がる。
俺は濡れた口元を拭いながら、無駄だとわかってて首を横に振った。
「俺、昨日したばっかりで」
見え透いた嘘は通用しない。そもそも嘘じゃなくても兄貴が恩情なんて掛けてくれるはずがなかった。
「───だから?」
有無を言わさない口調に、俺は唇を噛む。拒否する権利なんて最初からない。
痛いぐらいに注がれる視線を感じながら、履いているズボンを下着ごとずらしてベッドに腰掛ける。
ひんやりとした空気に触れた俺の半身は完全に萎えてしまってて、全然勃つ気配がなかった。
ガチガチになってる身体の力を抜きたくて、そっと息を吐く。
くたりとしなだれたそれに右手を掛けて、俺はゆっくりと扱きだす。
凍てつく眼差しの強さに堪え切れなくて、目を閉じる。こんな状況でも刺激さえちゃんと与えれば、意思には関係なく反応することを知ってる。
わずかな快楽の糸を追い掛けるように手繰り寄せていけば、少しずつ手の中のものが硬さを増してくる。
「……ん、ぁ……っ」
早く出せば、早く解放される。
だから目を瞑って、気持ちいいことを思い出そうと必死に意識を集中させる。
この間したエッチのことを考えようとするけど、こんなときに限って記憶が曖昧で全然思い出せない。
最近連絡取った人って、誰だっけ。
それは結構前のような気がして、記憶を順に遡って───不意に、あの三日月の夜を思い出す。
キラキラした奇跡みたいな夜に出逢った、あの人のこと。
『もっと自分を大切にしないと駄目だよ』
あの優しい笑顔と心配そうな口調を思い出した途端、なぜか心臓が鷲掴みにされたみたいに強く痛んだ。
多田さん、それは無理。だって俺はずっと前からこんなことしてきたんだよ?
俺の頭を撫でてくれた、温かな掌。
その感覚を思い出して記憶の底でゆったりと反芻するだけで、ざわざわと胸が騒ぎだす。
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