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K01 : 熱の入江 19
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最低限の着替えをカバンに詰め込んで家を飛び出した俺は、ひとまず駅に向かって歩き続ける。
午後3時。雲に隠れた弱い陽射しが、世界を白く照らしてる。
曇り空の下は寒くて、風が吹く度に身体が芯から冷えていく。
今日は家には帰りたくなかった。だから、どこかで夜を明かさないと。
昔から俺は、帰省中の兄貴から逃れるために同級生やセフレのところを転々と過ごすようにしてた。
俺はちゃんと知ってる。誰かと一緒に楽しく過ごしていれば、この嵐はすぐに過ぎ去ることを。
そんな俺が高校生になってからの避難先は、唯一の友達の家が大半を占めた。
蒼(そう)ちゃん。
俺の性格も性癖も理解して、多分ちょっと呆れながら、それでもありのままを受け入れてくれるたった1人の友達。
余計なことは何も訊かずに俺を泊めてくれる蒼ちゃんと蒼ちゃんの家族が住む家は、俺にとってすごく居心地がいい場所。
大学時代の兄貴は、塾講師のバイトや勉強が忙しいと言って、大抵2、3日帰省すれば下宿先へ戻ってた。初めはその間だけ避難するつもりで蒼ちゃんの家に駆け込んでたのに、そこで過ごすのがすごく楽しくて。
兄貴がいないときも月1ペースで親戚の子みたいに入り浸るうちに、親同士も何となく連絡を取り合うようになって、俺は蒼ちゃんと一緒にいるのがもう当たり前みたいになってた。
別々の大学に入ってからは、すっかり連絡の頻度も減ってしまったけど。
久しぶりに蒼ちゃんの携帯に電話を掛けてみる。留守電になりそうな長さのコールが続いてもう切ろうかと諦めたその時、やっとプツリと呼出し音が鳴り止んで、期待してた声が聴こえた。
『……もしもし、楓?』
ちょっと懐かしい響きに、耳がくすぐったくなる。
「蒼ちゃん、久しぶり! 元気?」
『元気だよ』
たったそれだけ。相変わらず素っ気ない話し方に、俺は笑ってしまう。その距離感が俺には心地いい。
「あのさ、今日一晩泊めてくんない? 久しぶりに蒼ちゃんに会いたいんだよね」
少しの間沈黙が続いて、いつもと同じ抑揚のないトーンで返事が来た。
『悪い。今、法事で田舎に来てるんだ』
「……そっか。じゃあ、また今度。ごめんね、急に」
心の中が、靄がかかったみたいに曇っていく。
断られただけでそんな風に沈んでる自分にびっくりする。
俺は自分でも知らないうちに蒼ちゃんのことをすごくあてにしてたんだ。
『───楓』
通話を切ろうとすれば、蒼ちゃんの思い切ったような声が俺を引き止める。
『何かあったか? 明日なら、そっちに帰ってるから』
あんまり踏み込んでくることのない蒼ちゃんがそこまで心配そうに声を掛けてくれるのは、すごく珍しかった。
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