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番外編Ⅱ:年賀状の準備
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風呂に入り、夕飯を食べた後は各々が自分の好きな時間を過ごす。
平助はテレビの前にあるソファに座り、真一から貰ったクリスマスプレゼントであるカメラを説明書も見ずに弄り倒していた。
時折スマートフォンを手に取るのは、分からないことを調べているのだろう。
どうやら説明書特有の小さい文字を見るのが嫌ならしい。
そんな平助の後ろ姿を眺める形で、真一はテーブルにノートパソコンを広げる。
仕事などの作業場は寝室と兼ねているのだが、ここ最近の中では早く帰ることが出来ている今日は、なんとなく平助と同じ空間を共有したく思ったため、わざわざ寝室からノートパソコンを持ち出してきていた。
平助のハニーブラウンの頭が持ち上がったと思えば、背中を丸めてスマートフォンを覗き込むために下へ下がる。
そんな上下する頭を視界に入れつつ、真一は作業を進めた。
仕事というわけではないが、空いた時間を見つけて終わらせておかなければならない、この時期ならではの作業だ。
時折、前方からカメラのシャッターが切られる音がする。
父が使っていたカメラと似たような音ではあったが、少し違うのは使っているカメラ自体が違うからだろう。
父が持っているカメラは片手で収まるぐらいのコンパクトなデジタルカメラと、男でも両手で持ち上げなければならない程ずっしりとした重量感と見た目を持つ一眼レフカメラだが、今回平助が目を付けたのは女性向けに作られた小さめのデジタル一眼レフという物だった。
ピッと短い音でピントを合わせる音がした後、カシャッとシャッターが降りる。
様々な設定があるのか、平助はシャッターボタン意外の場所を、カチャカチャと弄っていた。
その音に混じるのは、真一がキーボードを叩く音と、マウスを押す音だ。
同じ空間で二人ともが、カチカチと似たような音を出す。
「真ちゃーん」
「何だ?」
呼ばれて前方を向けば、平助が両手で持ったカメラをこちらに向けていた。
反射的に動きを止めるが、シャッターは一向に降りない。
「あ、これ動画だから動いていいよー」
「……紛らわしいことしてんじゃねぇよ」
動きを止めてしまったことを少しだけ恥ずかしく感じつつ、真一は再びノートパソコンへと視線を移した。
そんな真一には気付いていない平助は、カメラを真一に向けたままソファの背凭れを跨ごすと、その横に立つ。
「何してんのー?」
「年賀状」
「毎年毎年、マメだねぇ」
「社会人として当然のことだろ?」
「オレ、最後に年賀状書いたのいつだったかなぁ?小学生?」
そう言いながら、平助はテーブルに置いてある去年送られてきた真一宛の年賀状を一枚手に取った。
宛名の書いてある表面ではなく、裏面を見ると「あー、可愛いねぇ」と呟きながらクスクス笑い出す。
何を見て笑っているのかと真一が平助を見上げれば、その裏面を見せてくれた。
そこに載っている写真を見て、平助の呟きも合点がいく。
「赤ちゃんって可愛いよねぇ」
「そうだなぁ」
「この子は女の子かなぁ?着てる服がヒラヒラしてるし」
平助の持っている年賀状は友人からの物だった。
確か一昨年の1月に生まれた女の子だ。
「この人も載せてるー」と、違う年賀状の裏面を見ながら呟く平助は、まるで珍しい物を見つけたかのような反応を示すが、この山を作る年賀状を見れば、それほど珍しい物でもないことが分かるだろう。
こうやって我が子や家族の写真を年賀状に使うのは友人だけではなく、仕事の同僚にもよくいるのだ。
初めて子どもの写真が載った年賀状を貰ったのは、二十三を迎えたぐらいだっただろうか。
歳をおうごとにそういった年賀状は増えていき、今では普段全く連絡を取らない相手であっても、大きくなったなぁという感想を持ち、一つの楽しみにもなってきていた。
年賀状に子どもや家族の写真を載せるということに関して否定的な考えを持つ人もいるようだが、真一がそうではないように、平助も微笑ましいと思うだけなようだ。
「こういうのって、良いねぇ」と、堪能した年賀状を元の場所に戻して笑う。
「お前も年賀状出してみるか?」
「えー……オレはメールでいいやー」
「こうやって形に残るのも、自分が出した年賀状に返事が返ってくるのも嬉しいもんだぞ」
「そんなものー?」
「そんなもんだ」
「ふーん……」
気が乗らないのか、平助の反応は予想以上に薄い。
もっと興味を示すかと思ったのだが、平助は年賀状や真一の作業から視線を外すと、持っていたカメラの操作をし始めた。
ピッという音と共に、どうやら動画を撮るのは終わったらしい。
すると平助は再び真一にカメラを構えると、今度はそのシャッターを切る。
撮った写真を見返しているのか、カメラに視線を落とす平助に、本当に年賀状には興味が向かないのだと分かった真一は、ノートパソコンに視線を向けて作業に戻った。
こういうものは無理強いするものでもない。
カシャッという音が、自分に向けられて切られるのが分かる。
切る度に、平助は撮れた写真の確認を行う。
そしてまた、シャッターを切る。
「真ちゃん格好良いねぇ」
「そうか?」
「オレ、真ちゃんの顔好きだなぁ」
「顔で好きになったのか?」
「まぁね。最初はねぇ。横顔が綺麗だなぁって。そしたら斜め前から見ても格好良いじゃない?でもって真っ正面から見てもかっこ……」
「分かった分かった」
突然容姿を褒められだしたのがむず痒くなり、平助の言葉を途中で遮ると、今度は微かに真一が照れているのが分かったのか、平助は「んふふっ」と笑った。
再び向けてくるカメラに対して「やめろ」と真一は手をかざすが、それを避けるようにしてカメラを向けてくる。
平助も撮ってやろうかと両手を伸ばしてカメラを奪い取ろうとすると、真一の考えが読めたのか、今度はケラケラ笑いながらそれに抵抗した。
「やーめーてーよー」
「貸せ。お前も撮ってやるから」
「やーだーっ!オレのだもん!このSDカードは真ちゃんでいっぱいにするって決めてんだもんー」
「知るかっ。いいから貸せっ」
「やぁだぁ!もーっ!落ちちゃう!落ちちゃうってばー!」
奪われまいとカメラを自分の後ろに隠す平助に、抱きつくような形で後ろに手を伸ばせば、平助は降参の声をあげる。
「もー!分かった、分かったってー!一緒に撮るならいいよっ!」
「お前だけで撮る」
「だーかーら、それはダメー。ほら、一緒に撮ろ?」
腑に落ちない顔をする真一を宥めるように平助がその頭を撫でると、真一の腕を引っ張る。
されるがままに椅子から立ち上がった真一は、テーブルのすぐ隣にあるキッチンまで誘導され、シンクへもたれ掛かるように二人で立った。
カメラを持った片腕を、平助は出来るかぎり伸ばす。
「ほら真ちゃん、もっと引っ付いてー」
「これちゃんと入ってんのか?」
「分かんないから引っ付いてって言ってんのー。いくよー、押すよー」
「おー」
「笑ってー」
ーーカシャッ
買ったばかりのカメラで初めて撮った二人での写真は、上手い具合に二人の顔が中央にうつるように撮れていたが、ちゃんと笑顔を作る平助の隣で真顔でいる真一に対し、平助が大笑いしたのは言うまでもなく。
結局それから数枚、二人で写真を撮った。
それが思った以上に楽しかったのか、年賀状作りを再開した真一の隣で、平助は何度も自分と真一を入れた写真を撮りだす。
そして再び動画を撮った所で漸く気がすんだのか、ソファに戻るとそれまで撮った写真を眺める出し、静かになった。
送る年賀状のデザインと文面、そして宛名がある程度出来上がったのは、それから暫く経ってからだ。
購入しなければならない葉書の枚数をメモにとり、真一はノートパソコンとマウスを一度に寝室へ運ぶ。
ふと見た時計の針は23時を過ぎようとしており、そろそろ寝るかと平助に声を掛ければ、平助もカメラを置いて立ち上がった。
「…………年賀状ってさぁ、アメリカにも届くのかなー?」
「届くんじゃないか?」
「そっかぁ。じゃあ母ちゃんには、年賀状出してみよっかなぁ」
ベッドに入り電気を消すと、平助は「真ちゃんとの写真、載せてもいい?」と尋ねてくる。
どうやら人の断りもなく自分の母親へ真一の写真を送り付けた過去は覚えていないようだ。
「いいよ」と頭を乱暴に撫でると、平助は嬉しそうに笑いながら、真一の手に自分の手を絡ませてくる。
「……今日は真ちゃんとたくさん話せて良かったなぁ」
そんな呟きを最後に、平助は静かになった。
真一も目を閉じる。
確かに今日は、久しぶりに平助とじゃれついた。
ゆっくりとした時間を過ごせた。
どんなに忙しいとしても、こうした時間を作らなければならないなと思いながら、真一は明日購入する葉書の枚数を一枚増やす。
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