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そんな日常:羽田平助
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[4]
「あれ~?真ちゃんだぁ」
美奈子と別れた後、駅前で真一は聞きなれた口調の声で名前を呼ばれた。
声の主を見る前に、誰なのかが分かるのだから、こいつの喋り方は独特なのだろう。
馴れ馴れしく、肩に腕を回してくる。嗅ぎ慣れた香水の匂いと煙草の臭い。平助だ。
「何やってんだ、お前」
「見て分かんない?お仕事中~」
いや、仕事をしているのは分かる。
何故なら今目の前にいる平助は、今朝見たサイズのあっていないスエットを着て、後頭部に寝癖を付けた姿とは180度真逆の格好をしているからだ。
平助の格好は、中に着ているワイシャツ意外、全て黒かった。
スエットとは違い、身体のサイズにきちんと合っている。家で見たことがあるそのジャケットは、どこかのブランド物だった。つまりジャケットから靴まで、全身ブランド物なんだろう。安っぽい感じはしない。
ハニーブラウンの髪はいくつもの筋が立てられ、毛先は外に跳ねている。当たり前だが、寝癖はついていない。
頭の先から爪先まで整えられた平助は、誰がどう見ても明らかにホストだ。
しかし、普段の平助を知っている真一からしてみれば、誰かの着せかえ人形として遊ばれた後の様に思えてならなかった。
ホストをやっている時の平助と外で出会すのは珍しい。
久しぶりにこんな平助の格好を見た。
冬にこの格好は、やけに寒そうだ。
「仕事してるのは分かるけど、なんでお前がキャッチやってるんだ?ナンバー落ちたのか?」
「それもあるけど~。うちの店、超暇なんだよね~。だから新人くんにお仕事教えてんの」
「新人?」
平助を引き剥がしながら、指差された方を見れば、1人の金髪ホストが女性から逃げられた所だった。
明らかに落ち込んだ背中をし、とぼとぼとした足取りでこっちに向かってくる。
「遼さん、駄目っした~」
「ドンマイドンマーイ。次行ってみよ~」
遼というのは平助の源氏名だ。
新人といわれた金髪ホストは、涙目になっている。なるほど、確かに新人だ、と真一は思う。なんというか、華がない。こちらも平助に負けず劣らず寒そうな格好をしている。
しかし大変だろう。見ず知らずの女性に声を掛け、場合によっては完全に無視をされるのだから。
精神面が強くなければ、やっていけないと思う。
教育係なのか、それとも今日だけなのかは知らないが、仕事を教えなければならないらしい平助は、金髪ホストの肩を叩く。しかし慰める気持ちが全く感じられないのは、この喋り方だからだろうか。
こんな奴に教えられて、不憫な奴だと金髪ホストを憐れむ気持ちが湧いてくる。
「お前、ちゃんと教えてやれよ」
「いや~、これはね~。何て言うか、数打ちゃ当たる所もあるし、慣れな所もあるし~。難しいよね~、教えるってぇ」
平助は伸びをしながら答える。
ポキポキッとどこかの骨が鳴った。
「そうだ、真ちゃんうちにおいでよ~。男でもOKだからさぁ」
「ひらめいたって顔してんじゃねぇよ」
「え~、良い案だと思ったんだけどなぁ」
平助はケラケラと笑う。
こいつ、笑ってる場合じゃないだろうに。いくら店が暇だからって、そんな格好でいつまでも外にいれば風邪を引きかねない。
肩に腕を回してきたのを引き剥がす時に触れた平助の手は、決して温かくはない真一の手でも冷たく感じた。
少しだけ、心配になってくる。
「あー!遼じゃーん!超久しぶりなんだけど!!」
そんな時、真一の真後ろから酒焼けした声が聞こえた。
名前を呼ばれた平助だけじゃなく、真一も振り替える。金髪ホストもだ。
そこには確かに暖かそうな上着を着つつも、肌を露出した部分が多いためにこれまた寒そうに見える女が立っていた。
長い金髪は全体的に巻かれ、濃いメイクをしている。どう見ても夜の女性だ。
女は金髪ホストにも真一にも目をくれず、嬉しそうに平助に近付くと、その腕に自分の腕を絡み付けた。
「あれ~、ミキちゃんじゃ~ん。これから仕事?」
「今日はおやすみ!これから友達と飲むんだぁ」
「へ~。最近調子どう?」
「もー!そういうこと聞いてくれるの遼だけだよー!」
平助に会えたのが嬉しくて興奮しているのか、女は平助にすり寄りながら大きな声で話し始めた。
駅前を通る人達の視線が一気に二人に集まるのが分かる。
しかし誰もが何も見なかったかのように視線を外し、その歩を進めていった。
女の登場と共に、一瞬にして二人の世界が出来る。
取り残された真一と金髪ホストは、少しだけ二人との距離をあけた。
そこでふと、真一は我にかえる。
自分は何をやっているんだろうか。こんなことをしている場合ではなく、帰らなければ、と。
しかしここで帰れば、隣の金髪ホストは一人になるのかと過ってしまう。
いや、彼は仕事中で、自分は仕事終わりなんだ。気にする方がおかしい。
そう思い直すと、真一は金髪ホストの方を向いた。何も言わずに去るのはさすがに忍びなかったからだ。
「じゃあ、俺……」
「あんたも遼さんの知り合いなんすか?」
「へ?あ、あぁ、まぁ…そんな所かな」
別れの挨拶をして帰るつもりだったが、それは金髪ホストによって遮られてしまった。
くそ、何と間の悪い奴だ。心の中で悪態をつく。
金髪ホストは真一の顔を見ると、再び視線を平助と女に戻した。
「遼さんって、顔広いっすよね。あぁやって声掛けられるの、あれで5回目っすよ」
「そう、か……あいつこの仕事長いから、知り合いも増えるんだろうな」
「そんなことないっすよ。俺、この前も違う先輩とキャッチやったんすけど、声は掛けても掛けられることはなかったっす」
「そう…か…」
金髪ホストは真剣なトーンで話し出す。しかし、真一はその口調が気になり、顔がひきつる。
自分は一応、この金髪ホストよりも歳上のはずなんだけどな。いや、この金髪ホストにとってはこれが初めて会う人との丁寧な話し方なのかもしれないと、自分に言い聞かせた。
しかしこの前もキャッチをしたとなれば、平助の店は大丈夫なんだろうか。これが普通なんだろうか。
さりげなくナンバー落ちしたとも、平助は言っていた。
「あのさ。あいつ、ナンバー落ちしたって本当?」
「本当っすよ」
何も躊躇もなく暴露した金髪ホストの言葉が、何故だか真一の胸にぐさぐさと刺さっていく。
真一自身には関係のない話なのだが、恋人が仕事で上手くいっていないというのは、それなりのインパクトがあった。
しかし、家での平助は何も変わらない。苛々している様子もない。
帰ってくれば、必ず真一の眠るベッドに入ってくる。
真一が朝食をとる時には必ず起きる。夕飯も作る。
ナンバー落ちをしても、それは平助にとって重要なことではないのだろうか。
それとも平然を装ってるだけなんだろうか。
様々な疑問が浮かんできた。
「なんか、客とのアフター、全部断ってるらしいっすよ。ミーティングとかで理由付けるんじゃなくて、早く帰りたいから帰るって。それでこの前、オーナーにめっちゃ怒られてて」
「は?」
今、何て言った?と、真一は自分の耳を疑いながら、金髪ホストの方を見る。
この金髪ホストは今、平助がアフターを断ってると言ったのか?アフターって、断れるものなのか?いや、断っていいのか?仕事として。
金髪ホストも真一が自分を見たのが分かったのか、眺めていた平助と女から目を離し、真一の方を見た。
「じゃあ辞めるっつったら、新人一人育てていけっつわれたらしくて、それが俺なんすけど。最初はめっちゃ嫌だったんすよ。ナンバー持ってるのに胡座かいてる奴だと思って。けど、遼さん見てると、なんかうちに居る他のホストとは違うなって。なんつーか、上手いっつーか」
「……人の中に入るのが?」
「そう、それっ!」
金髪ホストは自分の言いたかった言葉を真一が口にしたのに対し、その目を光らせた。
少年の様にキラキラしているその目に、真一は吹き出しそうになるのを堪える。
あぁ、こいつは平助のことが好きなんだなぁというのが、ひしひしと伝わってくるような気がした。
そしてこいつもきっと、平助に、するりと中に入られたのかもしれない。
自分の様に。
「辞めて欲しくないんすよ、俺は!今は遼さんみたいなホストが必要なんすよ!オーナーもそれを分かってるから、遼さんが店辞めるっつーのを引き留めるために新人の俺を使ったんすよ!絶対!!」
真一が平助に対して自分と同じ感覚を抱いていると思ったのか、金髪ホストの声は段々と力が入り大きくなっていく。
そんな大声で話さなくたって聞こえてると、真一は金髪ホスト側の耳を片手で覆った。
「まぁ、俺はホスト界のことなんて全く分かんないけど、君が遼のことを大好きなんだってことは分かったよ」
「大好きっす!もう一生遼さんについていきたいぐらいっす!遼さん格好いいっす!あんなホストになりたいっす!」
「はいはい。分かった分かった。分かったから泣くな」
そう指摘してやれば、金髪ホストはハッとして自分の目元を袖で拭った。
それはホストとして止めとけと、真一は無言でティッシュを渡してやる。
金髪ホストは小さく「あざす」と言うと、真一の渡したティッシュを貰い、鼻をかんだ。
力が入って、声が大きくなって、そして今度は涙ぐむなんて、と、真一はふぅっと長く息を吐く。
金髪ホストも、何かしら抱えてるものがあるのかもしれない。そこはよく分からないが。
鼻をかんだ金髪ホストは、残ったティッシュを真一に返そうとしたが、真一はやるよと手で断る。
空を見上げれば、少しだけ星が見えた。
「あれ~?真ちゃん、まだ居たの?」
「あー、帰るに帰れなんだ。泣き出す奴がいるもんで」
「誰が泣いたの~?」
話が終わったのか、平助と女は一緒に真一と金髪ホストの所に戻ってきた。
女は相変わらず平助の腕に腕を絡み付け、肩に頭を預けている。まるで恋人同士のようだ。
平助は真一から金髪ホストに視線をうつした。涙ぐむだけでは、そうそう顔は変わらないのだが、金髪ホストはぎくりとするのが分かる。
しかし平助は何も指摘しなかった。
「寒かったね~。帰ろっか」
「へ?キャッチいいんすか?」
「ミキちゃんがお店来てくれるって~。友達も来てくれるみたいだし、4人も連れてけば十分でしょ~」
「こんな時はお互い様ってね」
そう言いながら、女はウインクをしてみせた。
平助と女の間でどんな話がされたのかは分からないが、どうやら平助はキャッチ(と言ってもいいのだろうか)が成功したらしい。
女も嫌々ではないらしく、嬉しそうに微笑んでいる。
これから金を散々するのだろうに、この表情だ。金を散々してでも一緒に飲む価値があるんだろう。
真一には全く分からなかったが、やっと帰れる兆しが出てきて、無意識に入っていた肩の力が抜けた。
そろそろ帰ろうと、真一は腕時計を見る。
時刻は21時を半分以上回っていた。
「じゃあな」
平助に声を掛ける。金髪ホストにもだ。
平助はじゃあねと軽く手を降った。
3人と別れ、背中を向ける。
「そういえば遼、2部辞めちゃったの?最近全然見ないじゃん」
「あ~、結構前に1部だけにしたんだよね~」
「えー!!仕事終わった後で遼と飲むの好きだったのにー!」
「ま~同じ時間に働くってのもいいじゃん?ミキちゃんが頑張ってるんだって思えば、オレも頑張れるし~」
後ろから聞こえてきた平助の臭い台詞に、真一は吹き出してしまう。
あいつもあいつで、なんだかんだホストだと思う。
そして相変わらず女の声はでかいなと思った。
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