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告白:居場所
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ここ数日間、降ったりやんだりを繰り返す雨は、案の定、会社を出る時には降っていた。小雨だが、持ってきていた傘をさす。
あの、耳の遠い老人が一人で経営する喫茶店の営業時間は確か20時までだったと、腕時計で時刻を確認しながら、真一は早足でその喫茶店に向かった。
店のドアを開くと、珍しく数組の客がいた。 美奈子は一人、いつものテーブル席に座っていた。
「悪いな美奈子。遅くなった」
そう声を掛けながら、美奈子に向かい合って座る。濡れた傘はテーブルの隅に引っ掛けた。美奈子はいつも通り手と首を横に振ると改めて真一と向かい合い、食堂にいた時と同じように困ったように微笑んだ。
それを見て、真一は何かを注文する前に、本題に入る。
「平助、居るんだな?」
その質問に、美奈子は頷いた。
大きな溜め息が、真一の口から溢れる。
あいつは何をやってるんだと、頭を抱えてしまう。
マスターが、グラスに入った水を持ってきてくれた。
「ビックリしちゃった。誰か来たかと思ったら、お赤飯持ったずぶ濡れの平助くんが立ってるんだもの」
「ごめんな、迷惑かけて。怖かっただろ?」
「それは気にしないで。でも、何かあったの?平助くん、何も話さないけど、帰りたくないの一点張りで」
「…………ごめんな」
真一は美奈子に向かって頭を下げた。それに対して、美奈子は慌てて頭を上げるよう声をかけてくる。
迷惑をかけられているというのに、心底心配してくれている美奈子に対して、何も説明しないわけにはいかない。
平助がどうして真一の部屋を出ていき、そして美奈子の家で頑なに帰宅を拒否しているのかは分からなかったが、真一は3日前のことを全て美奈子に話した。
美奈子は時折頼んでいた紅茶を飲みながら、驚きつつも真剣に話を聞いてくれる。
全て話し終えた所で、彼女はカチャリと紅茶の入ったカップを受け皿に置くと、「平助くんらしいな」と呟いた。
「平助は何してる?」
「えっと……だいたいぼーっとしてるよ。昨日は友達が経営してるバーのお手伝いに行ってたけど」
「……何がしたいんだあいつは」
美奈子から平助の様子を尋ねると、溜め息しか出てこなかった。再び頭を抱える真一に、美奈子も苦笑を溢す。
「でも、多分真一くんのこと考えてるんだと思う。夕飯時になるとね、『真ちゃん、ちゃんとご飯食べてるかな』って呟くの」
平助くんは、本当に真一くんのことが好きだよねと、美奈子は紅茶を口にした。
はたしてそれはどうなんだろうかと、真一は疑問を抱く。
カミングアウトを考えていると話したあのタイミングで姿を消されてしまっては、いくら真一でも良からぬ方に考えてしまうのは仕方がないことだ。
そして平助が姿を消した3日間、その良からぬ考えを膨らませるように一人で考える時間は十分にあった。
平助がカミングアウトを止めたのは、それをされてしまっては真一と別れづらくなるからじゃないか。後戻りできないという言葉はそういう意味なんじゃないか。
もしくは、真一がカミングアウトを考えてると話すことによって、本当は美奈子のことが好きなんだと気付いてしまったんじゃないか。
だから、美奈子の家に行ったんじゃないだろうか(傘も持たずに行ったのだから、そうとう慌てていたに違いない)。
そして今もなお、美奈子の家に入り浸り、真一の家に帰るのを拒んでいるんじゃないか。
そんな疑念が、どろどろと渦を巻く。
しかし、それはただの勘繰りに過ぎないということは、真一も気が付いていた。
何故なら、平助は真一が仕事に行っている昼間、夕飯を作りに帰ってきているのだから。
そしてそのメニューをわざわざ連絡してくる。
そこで落ち着けばいいものを、だがしかし、と、反論を考えてしまうのが真一の面倒臭い所だった。自覚はある。
美奈子は一人で悶々と考え込んでいる真一を見かね、「大丈夫?」と声をかけた。顔を上げると、いったいどうしたらいいのかと考えあぐねている美奈子の顔が目にはいる。
「……美奈子、変なこと聞いてもいいか?」
「なに?」
真一は抱えていた頭を離し、体勢を正すと美奈子に向かい合う。美奈子は首を傾げた。
「美奈子は、平助のことどう思う?」
「どうって?」
「恋愛対象として、好きか?」
突然の真一の質問に、美奈子は驚いた表情をしたが、すぐにその手と首を横に振った。つまり、否定だ。
「平助くんとは幼なじみっていっても、家族みたいなものだもの」
いきなり真一は何を聞いてくるんだと言わんばかりの否定の仕方に、真一はホッと胸を撫で下ろしたのだが、まだここで安堵するには早いことに気が付く。
美奈子はそうじゃなくても、平助はそうかもしれないという疑惑が晴れていないのだ。
「急にどうしたの?」と尋ねてくる美奈子に乗っかって、真一は平助と美奈子に出会ってからずっと心の中で思っていたことを吐き出すことに決めた。
「変なこと聞いてごめんな?でも俺、平助は美奈子のことが好きなんじゃないかって、ずっと思ってたんだよ」
「どうして?」
「ほら、あのストーカー男を平助が何回も殴り付けてただろ?あれ見てから、平助は美奈子のことを特別視してるんだなって思って。美奈子のことは何かと気にかけてるし」
「…………真一くん」
そんなこと考えてたの?と、美奈子は眉をハの時にする。あぁ、今自分は、目の前にいる関係のない彼女を傷付けてしまっているかもしれない。そう思いながらも、話し出してしまえば止めることが出来なかった。
「俺はこんなだけど、やっぱり男と女っていう形が正しいと思うんだよ。結婚だって出来るし、子どもだって出来るし。あいつは、男も女も好きになれるわけだし、だったら男の俺と一緒にいるより、女と一緒にいた方がいいんじゃないかって。その方が、あいつはもっと幸せになれるんじゃないかって。そう思って……」
そこで真一が言葉を止めたのは、目の前にいる美奈子がそっと何かをテーブルに置き、真一に差し出してきたからだった。
それに目を奪われる。そして、美奈子の方を見る。
「そんなことない。確かに男性と女性が普通だってされてるけど、でも、皆が皆、そうじゃなきゃ幸せになれないってわけじゃない。真一くんや平助くんみたいに、同性同士だからって幸せになれないとか、なっちゃいけないとか、そんな決まりはないんだよ」
「真一くんは、変じゃない」と、美奈子は力強く続けた。「幸せになるのに、性別なんて関係ない」と。
真剣な眼差しで見つめてくる美奈子の言葉は、今まで何度もそう思いながらも頑なに受け入れられなかった真一の中に、ストンと落ちてきた。
そして彼女は、ふっとその表情を緩める。口元に手を当て、クスクスと静かに笑いだした。
「真一くんと平助くんは、本当によく似てる。お互いの幸せをお腹の底から考えて、考えすぎて、自分のことが見えなくなってしまってるんだね」
特に平助くんは、と、美奈子は呟いた。
真一は首を傾げる。
「平助くんにも、真一くんのこと好きかって聞かれたの。私は二人とも大好き。二人が、二人で幸せになってくれることを、誰よりも願ってる」
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