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家族:花嫁
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家族でも親戚でもない男が、バージンロードを歩く前の新婦に会いに行くのはルール違反だろうか。しかし、たとえそうだとしても、そんなことを気にする自分ではない。美奈子の母親からも、「会いに行って」と言われたばかりだ。
平助は新婦の控え室のドアをノックすると、中から「はい」と聞き慣れたら女性の声が聞こえた。
洋風のドアを開ければ、部屋にある大きな窓から差し込む光に一瞬視力が奪われる。よく見えない視力で、逆光の中のシルエットを見つけた。それは「平助くん」と自分を呼び、ゆっくりとこちらに身体を向けてくる。
目が慣れると、純白のドレスに身を包んだ美奈子が微笑みかけてくる姿が視界に入ってきた。
普段から可愛らしい女性ではあったが、髪を全て上にまとめているせいもあって、いつもより凛として見える。
溜め息が溢れ、見惚れてしまうほど、美奈子は美しかった。
言葉を無くすというのは、まさにこのことだ。
「やっほ~、美奈子ちゃん。綺麗だねぇ」
そんな美奈子に目を奪われていた平助だったが、すぐに我に返ると右手を軽く振りながら近付く。
おそらく言われなれているだろう褒め言葉に対しても、美奈子は嬉しそうに「ありがとう」と微笑んだ。
言葉1つ1つに、感情を乗せることが出来る女性だと思う。
美奈子の前に立つと、美奈子の目を見つめる。美奈子も微笑みを崩すことなく平助を見つめた。
「……幸せ?」
「幸せよ。とても」
その額にキスをすれば、美奈子は受け入れてくれる。
「…………おめでとう」
「ありがとう」
「抱き締めていーい?」
「もちろん」
両手を広げてくれた美奈子の間に身体をいれ、そして平助は自分の両腕を美奈子の背中にまわす。
細い、女性の身体だ。少しでも力を込めてしまえば簡単に折れてしまいそうなその繊細な身体を、平助は加減しながらも強く抱き締めた。
良い匂いのする温もりを、精一杯感じる。
この美奈子が、今日、結婚するのだ。
これまで何度か結婚式に招待され、新郎や新婦の姿を見てきたが、美奈子に関してはやはり込み上げてくる気持ちがある。
大人しくても明るく、笑顔がたえない子だった。
真面目で勉強熱心な子だった。
優しく、それが故に人に流されやすい子だった。
こんな自分の全てを、受け入れてくれるような子だった。
眉をハの字にして、困ったように笑いながらも、「平助くんらしい」と言いながら、否定しないでくれる子だった。
地元から離れ、都会に出ていった先でホストの勧誘にあった。
金が稼げるならと軽い気持ちで足を踏み込んだ世界だったが、それは見た目ほど綺麗なものでもなく、粘土状の泥々とした人間の欲が延々と渦を巻いているような、生半可な気持ちじゃ簡単に脚をとられ、そのまま喰われて骨の髄までしゃぶられてしまうような、そんな不安定な世界だということはすぐに分かった。
それでも、そんな世界でも、自分は案外やっていけた。目的としていた金を稼ぐことも出来た。1年もあれば、目標金額に何個も0が付け加えられた。そのための努力もしたし、初めてといっても過言ではないその努力にのめり込み、はまっていた。
そんな生活の中で、何があったというわけではない。
仕事で失敗しただとか、オーナーや店長に怒られただとか、何故か自分を目の敵にしてくる先輩から難癖をつけられ殴りあっただとか、客の女と揉めただとか、付き合っていた男か女と喧嘩しただとか、そんなことがあったわけではない。
ただ、その日泊めて貰った誰かの家で、何気無く眺めていたテレビにうつる評論家らしい偉い人が、『人生舐めきっている』と言っただけだった。
これまで何度か言われたことのある台詞を耳にして、何故かその時は、実家に帰ろうという気になったのだ。
当然、家に母の姿はなかった。代わりにゴミ袋が3個転がっていたため、それをゴミ捨て場に持っていった。そのゴミ捨て場は、昔よく遊んだ公園のそばにある。その日は誰もその公園にいなかったため、何と無く入り、そしてブランコに腰を掛けた。
薄暗くなっていく公園を眺めながら、感傷に浸っていたわけでもない。その日聞いた、『人生舐めきっている』という評論家の言葉を思い出していたわけでもない。小さい頃のことを懐かしんでいたわけでもない。
ただ何と無く、美奈子の姿が思い浮かび、会いたいなと思った。
無駄に賑やかな世界に、当然といえば当然だが、ただただ真っ白な物なんてなかった。
自分の中にしかなかった。
そしてその、自分と同じような、限りなくそれに近い真っ白な物を持っているのが、美奈子のように思えた。
そんな時に、見つけたんだ。
薄暗くなった公園で、真っ黒なセーラー服に身を包む美奈子を。真っ白な美奈子を。
「美奈子ちゃーん」
そう呼べば、美奈子は微笑んでくれた。
真っ白だ。ただ、真っ白だ。
そんな美奈子は真っ白なまま女性となり、そして真っ白な花嫁になったのだ。
名残惜しい気持ちを堪え、抱き締めた美奈子から離れる。
「さっき美奈子ちゃんママ達に会ったよ~。美奈子ちゃんママは相変わらずだったけど、純くんにはビックリ~。大きくなったねぇ」
「でしょ?でも身体ばかり大きくなって、中身はあまり変わってないのよ?」
ふふふっと、大人しく微笑む美奈子はやっぱり母親とは似ていない。
落ち着く雰囲気に、美奈子だと思う。この雰囲気が、小さい頃から好きだった。
「髪、切ったんだね」
「え?あー、さすがにねぇ。あれじゃまずいかなぁと思って」
自分の髪を見ながら、美奈子が可笑しそうに笑う。セットしているにも関わらず、平助はその頭をかいた。
伸ばしっぱなしにしていた髪は、一昨日バッサリ切った。そして改めてハニーブラウンに染め、美容師にすすめられるがままパーマを当てた。しかしこれは失敗だったかもしれないと、今日の服装を姿見で確認しながら平助は思った。大人しく黒にしていれば良かった。やはり辞めたとはいっても、長年の職業臭はなかなか抜けてくれない。
「出来るだけホストっぽくないようにしたんだけど~、大丈夫かな?」
「気にしなくていいのに。平助くんらしくて素敵よ」
ということはやはり、ホストっぽいのだろうか。しかし美奈子にそう言われると、平助は顔の筋肉が緩むのを感じる。
見た目を褒められるなんて今まで何度も経験してきたが、やはり大切な人から褒められると嬉しいものだ。
「真一くんには会った?」
「まだ会ってない~。美奈子ちゃんは?」
「さっきまで居たんだけど。トイレに行くって出ていっちゃったの」
「ふーん」
平助はまた頭をかいた。
もしかしたら、トイレで美奈子の父親にはち会わせているかもしれないと過る。
「じゃ~、顔でも見に行ってやりますかねぇ~」
「うん。今日の真一くん、一段と格好よかったよ」
「何を着たって真ちゃんは真ちゃんだよ~」
そう言うと、美奈子は笑った。
平助の後ろで、部屋のドアがノックされる音がする。
美奈子がドアを見ながら「はい」と答えると、ゆっくりと開けられたドアから数人の女性が顔を覗かせた。
おそらく、美奈子の友人だろう。
「美奈子~!」と、女性特有の高い声を出しながら、近付いてくるドレス姿の友人を見て、平助はそろそろおいとますることを美奈子に伝える。
友人達が美奈子の所にたどり着くのと交代するように、平助は美奈子から離れ、入ってきたドアに向かった。
「平助くん」と、ドアから出る前に美奈子に呼び止められる。振り向けば、美奈子は眉をハの字にして微笑んでいた。
「……ありがとう」
美奈子の言葉に、これは反則だと思いながら、平助は微笑んで頷く。
「ばいばい」と手を振れば、美奈子も「また後でね」と手を振り替えしてくれた。
控え室のドアから出る。
控え室の中から、女性の楽しそうな声が聞こえてくるのを、平助は暫くそのドアにもたれ掛かりながら聞いていた。
「幸せ?」と尋ねると、美奈子は「幸せよ」と答えた。嘘ではないことを、彼女自身が証明している。
それを確認出来ただけで十分だ。
今日、美奈子は結婚する。
幼なじみでありながら、よき理解者である彼女が、今日、バージンロードを歩くのだ。
真っ白な姿で。
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