アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
家族:家族
-
[3]
披露宴が終わりぞろぞろと帰っていく招待客の中から外れ、平助と真一は会場の外に設置されてある喫煙席のベンチに座っていた。来た時は他にも煙草を吸っている人が居たのだが、今は二人っきりだ。喫煙者が寒くないようにと置いてある電気ヒーターを二人占めしながら、足元はほんのりと温かかった。
「…………真ちゃん、泣きすぎ~」
「黙ってろ。今必死に涙腺閉めてんだよ」
披露宴中、平助は隣に座っている真一が何回ハンカチを目に当てるかを数えていたが、彼はなんとか堪えていた。
しかし終盤で、涙を誘うようなオルゴール調のBGMと共に、美奈子が両親に宛てて書いた手紙をこれまた涙ぐみながら朗読したせいで、真一の涙腺は崩壊した。その見事な崩壊っぷりに、平助は笑いを堪えられずにいると、真一から脚を踏まれる。結構痛かったのだが、笑いは押さえられなかった。
そして最後に美奈子の父親が、これぞ男泣きというまでに泣きながら招待客に謝辞を述べたものだから、一度は閉まった真一の涙腺も再び決壊した。
確かに美奈子の父親の謝辞は感動的だったが、いくらなんでも真一ほど号泣している人は他にいなかったものだから、普段めったに飲まない酒を飲んでしまったのが原因なのではないかと平助は思わざるおえなかった。
そんな平助はというと、隣で号泣する真一に全て涙を奪われたようだ。美奈子がバージンロードを歩く所を見ている時は確かに感傷的になっていたのだが、終わってしまった今は意外と気持ちは落ち着き、むしろスッキリしている。
真一の涙腺が正常に戻るのを待ちながら、見上げている青空のようだ。
その青空に煙草の煙を吹き付けると、平助は美奈子の結婚式を回想した。
良い式だった。美奈子はとても幸せそうだった。そんな美奈子の姿を思い出す。
これで良かったのかもしれないと、平助は思った。
美奈子の父親にヘッドロックを決められ、そのまま親族席に引きずられていった平助は、すすめられるがままに酒を飲んだ。
日本酒、日本酒、日本酒。全て日本酒だ。
酒を飲んでも顔に出ない平助に対して、美奈子の父親はどんどん飲ませていったのだが、これ以上飲むとさすがに悪酔いするなと思った所で、然り気無く徳利の中身を水に変えて貰ったことを、美奈子の父親は知らない。
そんな酒(もしくはお冷や)を美奈子の父親と飲みながら、全く連絡を寄越さないだの、挨拶にもこないだの、ホストみたいな格好しやがってだのと小言を散々言われた。
しかし、「ようやくお前と酒が飲めた」と言った時の美奈子の父親の顔は、なんとも満足げだった。
そして村田から離れ、美奈子に挨拶をしている真一を見ると、「あいつがお前の男か」と聞いてくる。
平助が男も女も好きになれることに対して、唯一嫌悪感を示した美奈子の父親から、そんな言葉が出てくるのは意外だった。
「そうだよ」と答えると、美奈子の父親はフンッとケチをつけるかのように鼻を鳴らしたのだが、平助の背中を強く叩き、「お前の人生なんだから、しっかりしろよ」とぶっきらぼうに言った。
それが結構背骨に響いたため、なんで美奈子の両親はこんなに力が強いのかと、平助は苦笑する。
その後はずっと小言だった。
そんな美奈子の父親の小言に対して、何の心もこもっていない「すみません」や「ごめんね」を繰り返しながら、平助は思う。この人は、本当に自分のことを息子のように思ってくれていたのかもしれない。この人だけじゃなく、美奈子の家族は全員、自分を家族だと思ってくれていたのかもしれない。
そう考えると、もう随分と長い間、自分は美奈子の家族をないがしろにしてきたように思えた。
母親が頻繁に出張を繰り返している間、衣食住を与えてもらっていることに対して、平助は幼いながらにも親切にしてもらっている、良くしてもらってると感謝していた。
しかしやはり美奈子の家族は美奈子の家族としか思えず、自分の家族は母親だけだと難くなだった気がする。今でもそう思っている所はあるのだが、母親がアメリカ人男性と再婚したという連絡が来た時、もうそれに固執しなくてもいいのかもしれないと思った。
母は海外で、新しい家族を持ったのだ。今も、アメリカに暮らしている。ずっと一人だった母に、夫ができ、そして家族が出来るかもしれないということは、素直に喜べることだったが、同時にとうとう自分は一人になったのだという気持ちを持たなかったわけではない。
だからといって、今さら美奈子の家族の中に入れて貰おうとも思わなかった。美奈子の父親はきっと、自分の母が再婚したアメリカ人男性よりも、ずっと自分の父親に近いのだろうが、やはり父親だとは思えない。美奈子の家族に対してもそうだ。今さら改めて、家族だとは思えない。美奈子の、家族なのだから。
しかし取り合えず、今度改めて挨拶に行こうかという考えは浮かんでいた。お世話になった気持ちもあれば、心配をかけた気持ちもある。
すると、そんな平助の考えが分かったのか、隣で必死に涙腺を閉めていた真一が、「今度ちゃんと、美奈子の家族に挨拶に行こうな」と言うのが聞こえた。
平助は隣を見ながら、「行けよ」という命令形ではなかったことに、首を傾げる。
「行こうなって、真ちゃんも行くの~?」
「まぁな。息子のことをよろしく頼むって、さっき言われたし」
「何それ~?そんな話いつしてたの~?っていうか真ちゃん、今日カミングアウトしすぎじゃない?さっき村田にも話してたでしょー?」
「村田は口固いし、今後も繋がっていくんだから良いんだよ。美奈子の親父さんにはどうせお前が言ったんだろ?」
バレてたかと、平助は思う。しかし真一が怒っている様子はない。目頭を押さえながら上を向いた真一は、「ようやくおさまった」と言った。
「思い出させてあげよっか~?」
「やめろよっ!ぶり返させるな!」
真一は眉間に皺を寄せる。止まったといっても未だに赤い目元や鼻に、平助は笑ってしまった。
好きだなぁと、そんな真一を見て思う。美奈子の家で言い合いをしてからというもの、特にそれを実感するようになった。
真一が愛しい。誰にも取られたくない。男だろうが女だろうが、美奈子が結婚した今、真一を安心して任せられる人などいない。それならもう、自分しかいないのではないかと、平助はだんだんと思い始めている。
今日の式を見て、真一は何を思ったのだろう。
やはり、あれが正しい形なのだと思ったのだろうか。
そう考えると、胸の中がモヤモヤと煙っていくのを感じた。煙草のせいではない。
これまで、誰かから好かれることはあっても、誰かを自分から好きになることはなかった。いうなれば、望まなくても与えられてきた。
そんな自分が真一を好きになった時、頑なに自分の身を守ろうとする真一の中に、どうやって入り込めばいいのか考えあぐねた。
そしてようやく真一が自分を受け入れてくれたと思った時、彼の中にある幸せの形や正しい形に対するこだわりが見え、それはとても根深いものだと分かった。
自分が美奈子の家族を家族だとは思えないのと、真一が生まれてからずっと持ち歩いてきた考えが変わらないのは、どこか似ているものがあるように感じたのだ。
そう考えると、真一のこだわりは仕方がないことだと思った。
男と女という組合せが、幸せの形だとか正しい形だとかは到底思えなかったが、真一がそう思っている限り、真一の中ではその形しかあり得ないのだろう。しかし、だからといって、自分が好きになった真一は、やはり幸せになって欲しい。
男しか好きになれない彼を、どうやったら彼が持つ形に当てはめることが出来るだろう。
どうやって、女を好きになって貰おう。
適当な女は駄目だ。自分が、この女性なら真一を任せられると思えるような女性じゃないと駄目だ。そう考えた時、思い浮かんだのは美奈子だった。
美奈子ならきっと、男しか好きになれない真一も、たとえ男に抱くような感情とは異なっていたとしても、好きになれると思った。美奈子も、真一が男しか好きにならないと知りながらも、きっとそれごと含めて受け入れてくれると思った。
平助が思った通り、真一は他の女性よりも、美奈子を信頼し、そして優しくしていた。美奈子も美奈子で、真一に対する尊敬や優しさが見えた。そんな二人は、平助から見て、とてもお似合いだった。
これなら上手く行く。
そう確信に近いものを感じていたのだが、やはり、人の気持ちはそう簡単に上手く操ることは出来なかった。
結局、平助の作戦は失敗したのだ。美奈子は自ら人生を共に歩みたいと思える村田を見つけてしまった。
そうなってしまった今、この作戦を、再び実行にうつすには、平助の眼鏡に叶う女がいない。
そして振り出しに戻る。
自分が真一を、幸せに出来ないだろうかと。
男の自分じゃ無理だろうか。
あの日、彼は十分幸せにしてくれていると言ってくれたが、彼が持つ幸せの形や正しい形というものが変わらない限り、それは妥協の上での幸せにしか思えない。
もし彼が、この先の人生で様々な人に出会い、もしその中で彼の性癖を越えた愛情を持てる女性を見つけてしまった時、真一は自分の存在を疎ましく思うかもしれない。そんな時がくれば、大人しく身をひくつもりではあるのだが、その時が急に訪れた場合、自分は果たして生きていけるだろうか。自信がない。
それならば、と、平助は思う。
それならば、自分が真一の相手となる女を見つけ、そして、真一と離れる準備がしたいと。
平助は灰皿に煙草を押し付けると、身体を伸ばしながら立ち上がった。
「美奈子ちゃんが結婚しちゃったんだから、改めて真ちゃんの結婚相手を見つけなきゃね~」
そう言うと、「お前、まだそんなこと言ってんのか」と心底呆れた真一の声が後ろから聞こえた。
「いくら探したっていねぇよ」
「分かんないじゃーん。美奈子ちゃんの友達とかさぁ。今日の二次会で目を光らせとかないとね~」
「お前ってやつは……」
盛大に溜め息をつかれる。そして真一は黙った。
どうしたのかと思い真一の方を見ると、彼は胸ポケットの中から白い封筒を取り出していた。
その中身を取り出すと、平助に「ん」と差し出してくる。
掌におさまってしまうぐらいの、薄い、緑とも青とも言えるような色をした長方形の紙。手触りはツルツルとしており、裏は黒かった。それが2枚、渡される。
切符だ。定期券も使うことが少なくなったこのご時世で、久しぶりにこんな形の切符を持ったような気がする。
平助は、切符を手渡してきた真一の意図が分からず、首を傾げた。
そんな平助に、真一は「お前が勝手なことをするなら、俺も勝手なことをさせてもらう」と言って、悪そうに笑う。
「知ってるか?俺、お前が髪を切りにいった日、実は静岡に行ってたんだ」
「なにそれー?会社ずる休みして茶摘みにでも行ったの~?それとも美奈子ちゃん達に代わって熱海でも視察したー?」
「茶摘みにも熱海にも行ってない、が、静岡は良い所だ」
「…………なにそれ?」
平助は渡された切符を改めて見る。乗車券と新幹線の指定席切符だ。日付は今日。それを確認すると、平助は再び真一を見る。彼は、その悪そうな笑みを、さらに深めた。
「もしかして今から行くのー!?二次会はっ!?」
「村田と美奈子には行けないって伝えてある。お祝いは改めて個人的に行うから、心配するな」
「心配するなって~、なんで今日なのっ!?」
「お前と俺の休みが合うのも、今日ぐらいだろ?」
「そう、だけどー……」
真一は立ち上がると、平助がしたように伸びをする。晴れた青空に向かって胸をそらした。そして上げた腕を下ろすと、立ち尽くす平助を見て微笑み、出入り口に向かって歩を進めだす。
「ほら行くぞ平助。新幹線の時間に間に合わない」
「えっ!?やっぱり行くのっ!?ちょっと待ってよ真ちゃん~!静岡のどこに行くの~!?」
「静岡の、藤枝」
「どこそれっ!?」
平助にとって聞きなれない地名でも、真一は言いなれているようだった。先に進みだす真一を、平助は追いかける。
真一が妙に楽しそうに見えるのは、何故だろうか。
地球儀に、静岡はのっていなかった。
平助は、今度は日本地図を買おうと思う。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
28 / 41