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硝子の部屋の中で
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医者×患者
(失聴)
君は音から遮断された硝子の部屋の中にひとり
こんこんとノックをしても
ドアを乱暴に開けても
君の名を呼んでも
その部屋の中に音が届くことはない
音のない世界で君は何を思っているのか
分かることはないし
最初の頃こそ
その事実に慌てていたけど
今はそれを受け止めて
受け止めて欲しくなんて、なかったんだけど
いつもの様に
君のもとを訪れる
君は熱心に真っ白な紙を何色ものクレヨンで色付けている
もちろん
名前を呼んでも
僕の方を振り向くことはない
ベッドの隣に備え付けた椅子に座って
じっと真剣な君を眺める
ホント、気付かない
暫くして
絵を描き終えた君はクレヨンを手放して
紙を上に掲げる
そして
隣にいる僕に気が付いた
はっとして驚いて
顔を赤らめて
上に掲げた紙をぎゅっと隠す様に抱き締める
「い、つ、からいた、の??」
ゆっくりと開かれる小さな口から零れる乾いた君の声
音が聞こえてないから音が少しおかしい
あの時はもっと可愛かった、のに
『少し、前から。』
筆談用と書かれたメモ帳にそう描けば
君は「え??」って顔をして
『絵、見たの??』
なんて書き返してくる
『見たよ。誰を描いてたの??』
嬉しそうな顔で君が描いていたのは
笑顔で笑う誰か
人であることは分かったけれど
誰を描いたかは分からなかった
自惚れるなら、僕を描いたのかな??
とか思ったけど
それは自惚れ
僕は君が描いた絵ほど優しくない
君の目がじっと僕を見つめる
「??」
その目を見つめ返せば
ぱっと目を背けられる
「せん、せ……」
「??」
『先生』
絵に矢印とその文字
君はそれを書いてちらりと僕を見ると
すぐに俯いた
耳まで真っ赤な君
『いつも遊んでくれる、から、お礼』
そう筆談用のメモ帳に書かれて
絵の描いた紙を裏返しにされて
僕に差し出される
「ありがとう。」
声は届かないと分かりながらもそう言って
君の頭をぽんぽんと撫でるとそれを受け取った
『嬉しいよ。宝物にするね。』
そう書いてあげれば顔を上げて
君はにっこりと笑った
かわいい君の顔
でも、どこか寂しげで儚い
思わずぎゅっと抱き締める
小さくなった君の躯
どうしてこうなるまで気付かなかったんだろう
君は絵から僕に訴えていたのにね
硝子の中に捕らわれた黄色い鳥
君が音を失う前に描いたその絵
それは美しくも寂しげだった
それが君が訴えていたことだなんて
その時は分からなかった
ぷるるるる……とピッチがなって
それを取ろうと君を手放す
君は抱かれてうっとりとしていたのに
突然離されてまだ僕を求めるように手を開いたけど
ピッチと気付くと諦めたかのように
手を引っ込めてクレヨンを握る
ピッチの内容でその場を離れなきゃいけなくて
ごめんねと手で謝れば
君はばいばいと手を振る
ピッチでの話が終わってドアの近くで通話を切れば後ろを振り向く
また熱心に絵を描く君
聞こえていないと分かりながらも
君の名をそっと呟いた
一瞬、君が声に気付いたかのように
クレヨンの手を止めた
まさか、とか思ったけど
それは気のせいだった
またクレヨンを動かして
君は僕を見ない
いつになったら君は硝子の部屋から飛び出してくれるんだろう
名前を呼んだら
顔を上げて微笑む君の姿をもう一度
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