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2.オムライス。
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目の前には黄色いふわふわした卵が乗っかった特製オムライス。そこいらのオシャレなお店ででてくるデミグラスとかそんなんやなくて、赤いケチャップでお日様マークなんて描いてあるところが全く可愛らしい。
スプーンを持ってまだかまだかとキッチンをちらちら見ると、ひょいと顔を出した君がきっとこう言うんや。
『もう少し待っててな』
って。待つよ。待つさ。でも…今日の僕はお腹が好き過ぎてんねん。
「中村~、もう少し待って…って、もう遅いか」
ほらね。エプロン姿の君がひょいと顔を出した時には。
「ケチャップついてんで」
「あ…」
「あ、やない。子供やあるまいし。それにサラダも作ったからこっちから食べ、って言うてるやろいつも」
そう。なんかようわからんけど野菜から食べたほうが胃の中が酸化して吸収をおさえるとかなんとか…。友希が珠に言うてたな。なんて思いながらもうスプーンは止まらへん。
おいしいんやもん。友希のごはん。なんでも美味しいんやけど、ほんまにオムライスとか天下一品なんやもん。
「ほんまに職業モデルかぁ?知らんで、ぷくぷくに戻っても。上坂さんに怒られんで~」
けたけたと笑いながら怖いことを言う。あ、頭に角が伸びるのが想像できてほんまに怖くなってきた。肩を震わせて、気を取り直してオムライスに向かう。
「友希~、今日も美味しい!」
「ほんま?ありがとぅ」
「友希の料理ってほんま美味いやんなぁ」
「そか?いつも適当やで」
「適当に作ってこんなんできんの?天才やん!僕無理」
「でも、ほんまは中村が作った方が美味いと思うねんけどな、案外器用やし」
エプロンを外しながら僕の前に座る。あかん。鼻血出そう。毎日毎日この鼻血と戦う僕ってほんとご愁傷様やで。
箸を持って友希はサラダから口に運ぶ。小さな赤いトマトが友希の小さい口に吸い込まれていく。プチと音がして友希がにんまりと笑った。
「あ、これめっちゃ甘い。中村もちゃんと野菜食べ」
「うん。…あ、ほんまめちゃ甘い」
「な~。俺サラダほんま好きやねんな~」
「僕は友希のオムライスがめっちゃ好き!」
「ありがと~。中村はいつもそう言うてくれるから嬉しいわほんま」
んふふと笑う友希は今度は大きく口を開けてオムライスを口に運んだ。あ~幸せ。大好きなご飯を大好きな人と食べられるってこんな幸せなことないわ~。
食事を終えて、食後のコーヒーを淹れる。ごはんは友希が作ってくれるから、代わりにコーヒーくらいはと思って始めた。
コーヒーを淹れてから(と言ってもインスタントやけど)ソファに持ってくと友希がなにやらパンフレットみたいなんを開いて眺めてる。
「なに?どっか行きたいん?」
「んー」
「どしたん?」
「んー」
んーしか言わへん友希は何かを考えるときにいつもするように人差し指を唇に持っていく。どっか行きたいんなら言うてくれればどこでも連れてったるのに、水臭いなあ。
横に座ってパンフレットを覗き込むと『沖縄』の文字が見えた。
「沖縄?行きたいの?」
「んーん、やなくて。行くの」
「ふーん。…て、え!?なんて!?」
「せやからぁ、行くの、来週から」
「来週!?うそっ、なんで!?聞いてへんよっ」
「うん、やって今初めて言うたもん」
もんやないよ!いつ?誰と!?なんで!?
もう見るからにあたふたして、コーヒーをテーブルにがんって置いてしまった。跳ねたコーヒーがテーブルクロスにかかってシミが出来た。
「あ、もう~中村ぁ、コーヒーこぼした」
「あ、ごめ…、でもっ誰と行くん!?」
彼女とか出来たなんて聞いてへんし、か、か、か、彼氏とか絶対以ての外やし!
相変わらずパンフレットを捲りながら僕を見上げて笑う友希はテーブルのコーヒーを一つ手にとってからずず…と啜った。
「ゼミで行くの。海を描きたいねってなって、今度のコンクールは海をテーマに描こうかって」
「海…。湘南とか、鎌倉とかでええやん!」
「んー、そういうんやなくて、なんて言うん?魂の解放みたいな?そんな話になってな、ゼミで旅行とか行った事無いしちょうどいい機会やから親睦を深めるって意味でも行こうやってなってん」
魂の解放!?そんなんあかん、色んなことが解放的になるって言うやん、沖縄って!そんなとこに友希と野郎ばっかりのゼミで行ったら絶対危ないに決まってる!
友希の行ってる美大は僕らの男子校からの流れが強くてほとんどの生徒が男子。おまけにゼミに女の子はおれへんって友希が言うてたし。そんな野郎だらけの沖縄旅行なんて危ない以外になにもないやんかっ!
「あかんっ!」
「は?」
「そんなんだめっ!」
「いや、中村に許してもらわんでもええし。もう決まったことやんねんしな。あ、ご飯は作り置きしとくから…」
「せやったら僕も行く」
「はぁ?」
一瞬びっくりした友希がぷっと笑いだす。けたけたとお腹を抱えて笑ってる。なにが可笑しいねんほんま。それにだいたい僕に許してもらわんでもええしとか、めっちゃ冷たいこと言うてるし。。。確かにそうやけど、でも、でも。
「中村は仕事あんねやろ?俺らみたいな暇な学生に付き合えるわけないやろ」
「うう…」
至極まともな意見で、よしよしと頭を撫でられた。零れたコーヒーを拭いてからティッシュをゴミ箱に投げると、見事にしゅたっとゴールしてコーヒーをずずっとすすった。
「ほら、中村もコーヒー冷めんで?」
「ううっ…」
「なに?なんか困ることあんの?」
大有りやし!友希が他の男共と沖縄に旅行に行くなんて大問題やんか。コーヒーカップを握り締めて友希の顔を見る。
「なあ、せめて北海道にしいひん!?」
「…意味分からん」
ううっ、苦肉の策がいとも簡単に打ち破られた。せめて寒いとこなら解放的から解放されるんやないかとかどうでもいいこと思いついたのに。
そんな僕の悩みなんてどこ吹く風で、ふんふんと鼻歌を歌う友希は『おみやげ買うてくんな』なんてお気楽なことを言うてる。
「なあ、友希、やっぱり僕も…」
「あはは、ほんまに中村は淋しがりややねんな。俺の代わりにクマさんぬいぐるみ買うてきてやろか?」
「…そんなんいらんし」
「とにかく、中村はだーめ。ちゃんと仕事しなさい」
「…うん」
その後は何かと上機嫌な友希がちゅらうみ水族館がどうのとか、パイナップル園は今の時期どうなんやろねとか、能天気なことを僕に聞いてくるから、上の空のままなんか答えてた気がする。
僕がこんだけ心配してんのには理由があんねん。
「なあ友希、高橋先輩も…」
「ん?もちろん行くで。同じゼミやん」
「やっぱり…」
僕より一個上で、友希と高校時代から仲良くて(実は幼馴染という噂も聞いたことがある)今も友希と同じ美大に通う高橋先輩。この人がなんか、その、友希を見る目が違う気がしてならんというね。ずっと、高校のときから思ってるけど、未だに確信は持てずって感じで。そんな人も一緒に沖縄行くなんて。
…不安すぎる!
「友希…」
「ダーメ」
「…」
「もう遅いし、帰って寝なさい。明日撮影あるって言うてたやろ?顔浮腫んでたらそれこそ上坂さんにどやされんで」
「うん。…おやすみ」
「はいおやすみなさい」
ほっぺたをぎゅうと抓られて、僕は友希の横から立ち上がる。玄関まで見送りに来てくれる友希に、
「友希」
「はいはい。ほんまどうして自分はそんなにアメリカンなわけ?」
少し屈んでから、おでこにちゅうしてもらう。
学生の頃、ちょっと親の仕事の関係でアメリカに住んでたことがあった。って言うたら「へー、ほならやっぱり外人さんってどこでもさよならのキスとかすんの?」なんて突拍子も無いことを聞いてきたから、思わず「うん、僕もさよならするときはキスすんで」とか、めちゃくちゃな嘘ついて、それから、友希とばいばいするときはそれを実行して貰ってる。
友希はきっとなんも疑問に思ってなんかおれへんのやろうけど、僕は毎回ドキドキしてるんやで。
友希のあったかい唇が離れてく。この口に僕の知らんところで高橋先輩が…、いやいや変なこと考えるのはやめよう!
「ほな、また明日な」
「うん。あ、明日は俺、朝早いから夜ご飯だけな」
「え~」
「えーやない。たまには自分で作り」
「ふえ~い」
ばいばい、とにっこり笑顔で手を振る友希にいつにも増して未練タラタラでドアを閉めた。
そして、隣の冷え切った部屋に戻って直ぐに電話した。
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