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29.気付かなければよかった。
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「中村、」
あいつはへとへとになっても必ず笑って帰って来る。「友希、ただいまー」って。インターフォンなんて一度も押したことが無い。物騒なことに俺んちは鍵も掛けてない。やって、中村がいつもいきなりドアを開けるから、閉まってたら可哀相やろ?
・・・なんなんやろ、俺たちって。
「あ・・・」
そこまで考えたとき、胸のどっかがぎゅうううって苦しくなった。その場にしゃがみ込む。また喉が痛くなって、俯くと床にぱたりと雫が落ちた。
「あかん」
気付いたらあかん。絶対気付いたらあかん。
でも、気付いてしまった。
「中村ぁ・・・どうしよう・・・好き」
言葉にすると途端に苦しくて悲しくなって、涙がはらはらと溢れていく。
なんで中村なんやろ。なんで傍におるんやろ。なんでこんなに楽しいのに。なんで、なんで・・・
中村は今日もいつも通り帰ってくるやろう。いつも通りばーんって玄関から入って来て、「おなかすいたー」って言いながらソファに寝っ転がって、ごはん待てんでせんべいでも食べるんや。
でも、俺はいつも通りやない。やって、中村に恋してるって気付いてしまったんやもん。
「苦しいよう・・・中村」
気付きたくなかった。やって、お先真暗やん。どうしようもない相手やん。
中村はこれからもっともっと大きくなって、それこそドラマも映画も、もしかしたらハリウッドやって夢や無いかもしれんのに、俺みたいな一般人のしょうもない、なんも取り柄もない人間が横でちょろちょろしとってええわけないやん。しかも、男。
「なんで沖縄、来たんよ・・・中村」
そしたら気付かなかったかもしれんのに。
いや、嘘。きっと遅かれ早かれいつかは気付いてたことや。中村がいつも優しくて、俺の居心地のいい場所を作ってくれてるこの毎日を過ごしてたらいつか必ず気付いてた。
芸能界なんて俺の想像を遥かに超える世界で、きっと中村はもう今ですら俺と住む世界が違うんかもな。
「俺、どうしたらええん?」
中村の為に、離れるんがいいのかな?それとも今まで通りごはん作って、部屋の掃除して、そんな毎日続けるんがいいんかな?
しゃがみこんだ膝の間に顔を埋めて、嗚咽が漏れるのを堪えた。自分の家やし、誰もいいひんってわかっててもなんか、誰にも見られたくないって思いがそうさせた。
「中村、好き。・・・好き、好き!」
声に出せば出す程苦しくなった。そして、ますますどうにもならん現実が鮮明に迫ってくるのもわかった。
もうすぐ中村が帰ってくる。今日は雑誌の取材って言うてた。きっと着せられた衣装でそのまま帰ってくるんやろ。めっちゃ男前なかっこで。でも、あいつにとってそんなんどうでもいいことやから、きっと直ぐに脱いでジャージを探すんや。
「そや、ジャージ・・・」
最初はちゃんと持って帰ってたけど、どうせ友希の家しかおらんし、と言ってもう俺の家にそのまま据え置かれたジャージ。クローゼットから出しとかんと。
一気に重くなった体をなんとか起こして立ち上がる。部屋に向かいながら思った。
「絶対、気付かれたらあかん」
中村には絶対気付かれたらあかん。今があいつにとって一番大事な時、変な動揺を与えたらあかん。あいつは優しい奴やから、俺が中村のこと好きって言うたら、絶対困る。拒絶もできんし、受け入れることなんて尚更ありえへん。困らせるだけや。
せやから、これからもいつも通り。それが一番いい。
「オムライス食べたい言うてたな」
さっき見たとき卵が一個しかなかった。リビングに戻って携帯を手にする。一度呼吸を置いてからメールした。
『中村ー、卵なかったから卵1パック買うてきて~』
ポケットに突っ込んで、部屋に向かう途中ピピピと携帯が鳴る。開くと中村からの返事。仕事中でなければ中村の返事はいつもめちゃくちゃ早い。ていうか、早すぎやろ。苦笑しながらメールを開く。
『りょうかーい!もしかして今日オムライス!?やたー♪』
相変わらず子供のような可愛いメール。
昨日までやったら、それだけやった。でも今は違う感情でその文字を見てる俺がいる。
「あは。美味しいのつくろ」
携帯をベッドにぽいと投げた。
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