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【短編集/修受け】My honor, my dreams, they're yours now
ぼくの誇りや夢、全部捧げる。
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×グスタフスベリを8ダース/王修
ある秋、王子隊室でアフタヌーンティーにしゃれこむ、王子と修。紅茶をいれたりクッキーを焼いたり。
修(→)(←)王みたいな感じで出来てません。というより修vs王子かもしれない
×腐敗していてとりとめもない/王修犬
王子先輩がトンでもない奇人だってことはイッヌも知ってるわけで、なんかそのへん相容れないとかだといいなーという、そういうのです。友情(じゃない)出演は18歳の人達。
ちょっとだけ年齢操作してます。
×◯月X日、祭りの端にて心中す/迅修
死にません。修と迅さんが花火をみるはなし。あろさんとのお題共有で『まつりのあと』で書いてます。
終わったあと、未来の話。
×人生の更新日が迫っています
/二修
ちょっと未来の二宮と修。あろさんからリク頂いた、雨取麟児の呪いから抜け出せない修くんを奪おうとする二修、ですが、なんだか詰め込んだかんじになってしまって申し訳ない。
モブが一人だけ出てきてすぐに退場します。
グスタフスベリを8ダース
ボーダー本部の回りには木というものが少ない。生存戦争で生き残るための植物たちの知恵によるものなのだろう。
肌寒くなってきた今では、虫の音すら白々しい。そこに秋を感じて、修は、今日の紅茶を熱いそれにすることに決めた。
王子隊の隊室の、廊下を挟んで正面には給湯室がぽっかりと口を開けている。それは、王子が希望したのだと言っていた。給湯室が近いところが良いな、という彼の希望で樫尾が探し当てたとか。
からりと笑う王子の顔を思い出しながら、修はそこへ入っていった。
勝手知ったるというようすで道具を選別し並べていく。消して広くはない(しかし ある程度の設備は整った)キッチンに並んだのは、大小様々な用具たちだ。
修はその中から片手に抱えられるほどのボウルを取り出すと、粉雪のような薄力粉とベーキングパウダーをふるい入れた。
背後の棚の一番下から出したグラニュー糖、開き扉にあった賞味期限があと五日のミルク、とろとろの溶かしバター、すりおろしたオレンジピールを加えて、すばやく混ぜ合わせると、ぷわりと漂う甘酸っぱい芳香。修は、思わず小さく微笑んだ。今度のは、なかなかに期待ができそうだ。
さっとゴムベラで生地をまとめ、直径三センチほどの円柱状にしてラップで包む。そのまま冷蔵庫に休ませると、次の作業に取りかかる。
修の手際はもはや主婦レベル、というよりも、部下の師匠、木崎くらいのそれだった。並大抵の修行をしていては身に付かないものだとわかる。
修が、ちょっと背伸びをして上の戸棚から取り出したのはワインレッドの缶に入った黒褐色の茶葉。4月に手にいれたそれは、リーフタイプで、上質な葉が収穫された場合のみ作られる、ごく希少なものだった。それをどうして手にいれたかといえば、なにかと修を優遇する黒髪ストレートの先輩のお陰なのだが………その話はまた違う機会に。
そのごくわずかなアッサムの魅力は、やはりストレートで存分味わってほしい。
だが、修がとったのは先ほど使っていた牛乳パックの残りだ。
「………王子先輩はミルクティーが好きだからな………………」
たっぷりの葉をゆっくりと抽出し、亜麻色がしっかりとついてきたら、氷の入ったグラスに一気に注ぐ。そこで味見をしてみたいのをこらえて、修はたっぷりのミルクを加えた。
「蜂蜜を加えれば、………完成だ」
そこで、あらかじめセットしておいたキッチンタイマーが鳴った。冷蔵庫に張り付けてあるのだから、当然、それが指すのは中身の生地である。中折れしないようにまな板に移動すると、修の細い手が、トトト、と素早く動いて厚さ5mmにカットした。それの表面に薄くミルクを塗ると、余熱をいれておいた180℃のオーブンにほうりこむ。次第に漂ってくるのはオレンジの刺激とミルクの懐かしい香りだ。
「オッサム、終わったかい?」
ヒョイッと自分の隊室より出てきたのは、見目麗しい顔である。修が暇を見つけては通っている彼は、王子隊隊長、王子一彰。優雅な物腰でゆたりと近付くと、「手伝うよ」と言ってクッキーを皿へ飾る。菊の花のように美しく盛られたのを見るに、彼の独特なセンスは料理には発揮されないらしい。
簡素なテーブルにはファンタム・グレイのテーブルクロス。そこに、橘高のお気に入りのブランド、グスタフスベリの人気シリーズ、プルーヌスのカップとソーサーが行儀よく並んだ。めずらしい大きなサイズなので、手指の細い王子が持つとさらにそう見える。
「グスタフスベリ、最近復刻品が生産されてるらしいですけど、アンティーク品は入手困難なのでは?」
「そうだね、蔵内に頼んだときは『さすがに無茶です王子』って言われたよ」
王子の下手な声まねに、修はクスクス笑う。
「では、」
「うん、何となく予想はつくだろう? 村上先輩が譲ってくれたんだ。自分用で、もう使い込まれて引き取り手もないし、ってね。やはり器の大きな人だ」
「それは………さすが、といいますか」
使い込まれたといえど、鮮やかな青の色彩は衰えず残っている。プラムのデザインがカップの外側を彩っていて、トポトポ注がれる、水色深く明るさのある臼赤色が映えた。
「濃厚で独特の甘い香り………アッサムだね」
「はい。ストレートでは、発酵が深いのでコクばかりを感じる場合がありますし………なにより、王子先輩が好きでしょう?」
「そうだね。よく解っている。ん、麦芽香に、カラメルのような………これは
リーフかな。おそらく、所得先は唯我だね」
人差し指で修を指す彼は、生徒のいたずらを指摘する教師のような表情だ。修が含み笑いを返しながら置いた自分のためのソーサーの裏側には、プラムの可愛いサインが描かれている。
「 それほど強くない味に、しっかりとしたボディ……膨らみのある甘さが良いね」
「………良かったです。甘みをプラスしてコク増しをはかったんですが、お分かりですか?」
「うーん、なんだろう」
「………秘密、にしておきましょうか」
修がいたずらな子供のように頬笑む。
すると王子の視線に、かすかに揶揄するような色合いが混じり、彼は、クッキーの付け合わせに置いてあったきいちごのコンポートを手に取った。
「悪い子だ。ぼくにかくしごとをするなんてね」
カシュ、と景気のよい音をたてて厚底の瓶の蓋が開く。すべての準備を整えた修が椅子に座ったのを見計らって、王子は、瞳をスゥと細めて、手袋の取り払われた指を、口許へ。
甘酸っぱい香りと、ふんわりと香る蜂蜜の風味に、修は瞠目した。するりと滑るように侵入した王子の指から、果汁無花果のエキスがしみ出て、彼の指にのっているのが、まさしくそのジャムであることを告げる。
「ふ……ぁ、…ん」
粒々の感触が口の中で溶けていく。甘みととろみが交じり合う。
「んん、ん………っ」
くちゅり、ぐちゅり、と咥内を蹂躙される感覚はけして気持ちのよいものではないはずだ。なのに、王子の節くれだった指は修の良いところを押しあて、甘い香りと味も相俟って、脳が混乱しそうだった。
「美味しいかい?」
王子の指が入ったまま頷く。こくん、と。
王子は満足したように指を修の唇から引き抜いた。入っていたのが人差し指と中指の二本だったことに、修は今になって気づいた。
「………もう。急にこんなことをするのは、やめてください」
「警戒心が足りないよ」
急にじゃなかったら良いということかな、とは聞かず、王子は修に注意を勧告するにとどめる。
いわずともわかるように、彼らがこうしてお茶会を開くのはもうなん十回にも及んでいた。
最初こそ茶渋が出てとうてい飲めた物ではない紅茶しか入れられなかった修だが、何度も繰り返すうちにそれもなくなり。今ではなかなかの腕前となっている。修の自己評価であり、事実である。だが、王子一彰は何時も、いとも容易くそれを裏切った。
「またいれてほしい味だなぁ」
「……本当にですか?」
王子が、修に対して「美味しい」の一言を投げ掛けたことはない。これだけ通っているというのにそうならば、故意であるに違いなかった。
不愉快なダージリンから始まった修と王子の攻防は、これで69戦69敗。
どうにかして勝たなければ、と、もはや意地のように思う修の手元で、湯気がもうもうと上がる紅茶が揺れた。
王子はといえば、修が何度だって自分に挑んでくることをそれは楽しく思っていて。執事のようにただ品を出すのではなく、今度こそ、今度こそはと王子の満足する顔を見ようとする彼の姿勢はあまりにも好ましく、いつしか離しがたいと思ってしまっていた。
さくさくと口のなかでほどけるオレンジと、青春の味のいちじくを楽しみながら、王子は理解しがたい物の正体をつきとめようとでもするような目つきで、修を見つめている。好奇心とおどろきの入り混じった、八割ほどの笑みで。
腐敗していてとりとめもない
直感的に、拒絶反応が出た。
あ、こいつはだめなやつだ。
そうっと彼のそばを離れた。
それが、いけなかったのか。
あのとき、釘を指しておけば?
否。なにが“だめ”なのかわからなかったのに、釘を指すなどまったく無意味、それこそ糠に釘である。
犬飼は、ニコニコの笑顔で三雲に話しかけ続ける王子一彰を横目に、ため息をはいた。
「そんな一大事って顔してる犬飼なんて珍しいな、なんかあったか?」
王子の方をいっしょに見て、何故彼をそんな顔で見るのかというような雰囲気を醸し出す友人。荒船に、犬飼はかぶりをふる。この実直な男に何を言ったって伝わらないだろう――――
「……ッチ、テメェ、ウッッッッゼェんだよこっちにまで陰気飛ばすなクソが!」
「あー、カゲか~~~……カゲならいっかも」
「ハァ?」
心底軽蔑していますという顔を見せられ、犬飼はしかし何時もの笑顔を取り戻す。
良い捌け口が見つかった。
人の気持ちを文字通り受け止めているこの男になら、これ以上軽蔑されるということはあれど、理解されないということはないに違いない。
善は急げと言わんばかりの犬飼の急な誘いに、昼飯を今から食べるところだった影浦は、犬飼の気に入りの静かな場所(このときは古びた倉庫の屋根裏部屋だった)を案内してもらうことを代償に、彼の話を聞くことになる。
「でさ、あいつホンットだめなんだよね」
「……王子か」
「なぁんだ、カゲだってわかってんじゃん!」
ニッコーと唇をつり上げる犬飼に、寒気を覚えて影浦が二、三メートル下がっても、犬飼の語りは止まらない。
せっかく見つけた静かなところなのに紹介してあげるんだからね、と事前に押し付けがましく言われていた影浦は罵倒を喉奥にこらえ、犬飼におごらせた焼きそばパンを自分の口に突っ込んだ。
先日入学式で見た、黒髪に眼鏡の凡庸な新入生は、間違いなくかの三雲隊の三雲であった。二人の近界民と、化物じみたトリオンの少女を囲った魅力ある少年。
犬飼は、雨に濡れた姿が一番美しいと思っている三雲修が、季節を履き違えたような満開の桜と晴れの日に入学してきたことに些かの不安を感じた。
その不安は的中し、一年生の彼は二つ年上の、学びの園の王子様に口説かれている。最初は戸惑っていた周りも三雲も、そのうちに慣れた。あまりにも自然に、王子が好意を口にするからだ。生徒たちは「もとからそういう関係なのだろう」三雲は「こういう人なのだろう」と勘違いも甚だしい思いを抱きながら、異常とも言える王子の言動をスルーした。
「…あいつがそんなやつだ、ってか。確かにそうだろうよ、王子はあのままの人間だ」
「それが、おかしいんでしょ」
王子の、「すきだ」「たいせつだ」「あいしてる」は半ば癖のようなもので、繰り返されるごとに重みが消えていく。
「そうなるように仕向けているんだよ」
と犬飼は言った。影浦は、胡乱な目をしながら、高い窓から漏れる太陽を光源に三つ目の菓子パンを開けている。
犬飼はまったくものを口にすることなく、後ろに備え付けられていた体育用のマットにポフンと背を預けた。わずかに上がったホコリに影浦のいらつくのがわかった。
「つーかテメェが王子のことおかしいとか言えるクチか? こんな元々黴くセェとこ改造して拠地にしてるやつの言うこととは思えねぇな」
「……おれはオカシイやつかもしんないけどさー、王子のはちがうでしょ。カゲわかってて言ってんの?」
「あいつがどういうつもりで三雲を口説こうがお前が嫉妬しようが俺には関係ねぇ」
嫉妬。やきもち。そんなんじゃあないのだ……と、弁解しようが影浦はもう聞くことはないだろう。ビニロンの袋に乱雑に放り込まれたパンとおにぎりは全て無くなっていた。
まぁ、聞いてくれた方だ、と犬飼は燻る思いを極力影浦に向けないように目をつむった。腹が空いているはずなのに、どうしてか痛むのは頭のほうだ。
「三雲くん、今、王子とランチでもしてんのかなぁ」
「………………俺が知るか。直接聞いてこい」
それができたら苦労はしない。自分は王子様とは違って臆病なただの犬なのである。きらきらとかがやく空間にいっしょにいるだけで吐き気がしてくる。その辺りは、影浦も感じていることだろう。
犬飼は別に、三雲のことを特別愛している訳ではなかった。精々、あの女性に似ているな、くらい。
だが、王子がランク戦のためにログを見始め、どんどん三雲にのめり込むのを見て、あ、だめだ、と、思ったのだ。見目の美しい王子は、自身が狂っていることにすら気づかずおろかだから。
「すきだよ、みくもくん」。抵抗もなさげに言ってる口は、責任を取る気など全くない。そんな人気者の王子に睦言を与えられる三雲は、どんどん頸が締まってゆく。
その様子が見ていられなくて、犬飼は三雲を気にすることになっていた。
きっと、それすらも計画的に、王子の手の上で。
×××××
お題:いつもの癖
王子先輩と犬飼先輩初め18歳組は大学までいかなくちゃ修との学校生活を送れないのか………と思うと(たのしい)。
◯月×日、祭りの端にて心中す/迅修
お祭り囃子がとおくに聞こえる。ぴいひゃら、ぴいひゃら、ぴいひゃらら。楽しげに愉しげに、自分とはほど遠い世界。きっとおれは、お祭りなんかに行ったらいろんな未来を見て、楽しむことなんてできやしない。
本部の連中や、市部の皆であつまってお祭りに行くって言ってたのに、嘘の予定を教えて「行けないよ」と言った。遊真がわかっていただろうに問い詰めなかったのは、彼も『同じ』だからだろうか。
遊真は、かわいい隊員と隊長と共にいれば安心だろうけど、おれはそうもいかないのだ。
入ったビルで所用を果たし、そこの事務員さんに許可をとって見晴らしの良い最上階へ上がらせてもらう。おそらくトリオン兵による攻撃で壁一面に穴が開いたフロアからは、美しい花火がよく見えた。
「花火かぁ。久しぶりに見たな。たーまやー、って……」
玉狛支部の屋上から見上げたことがあった。たしか、メガネくんが退院して、ひと悶着あって、ああそれにランク戦やガロプラとの戦いもあって……ってせわしないなぁ。まあ、そういうのを乗り越えた後の、夏のことだ。
それからいくらか経って、メガネくんがかき回してくれたお陰で近界との橋懸けができて。そういえばあの七夕の日に遊真が密かにかいていた願い(オサムの願いはこれだと思うからな、と言っていた)は叶ったことになる。
それでも、いまだ近界からの侵略は完全には止まっていなかったけれど、三門市主催の大きな祭りを市内で遠慮なくできるほどには、この町には平和が戻ってきていた。
祭りの太鼓はいつしか鳴りやみ、代わりに花火が最後と言わんばかりに大粒の光を落としてくれた。
あの花火鑑賞会より伸びた横の髪を遊ばせる。おれは、人のいないオフィスビルの最上階で、贅沢に社長椅子に腰掛けていた。まるで世界を手にした怪物のようだ。
そうだ、ばけものだ。
おれはよくよく考えずとも化け物で、理解されずに朽ちてゆくんだと思っていた。
「舞台裏で活躍して、くるくる世界回して、おわり」
いつかの記者が言ったように。
そうじゃない?
気配を隠しきれていないメガネくんに振り向くと、彼は驚きもせずに微笑む。この何年かで、ずいぶん肝が据わったものだ。……そこは、最初からだったような気もする。
「迅さんを死なせるわけがないじゃないですか」
「……強気だね」
「もしそれが、『最高の未来』につながる一手だとしても、ぼくは抗います」
朽ちたトタンの扉をくぐって、変わらないメガネと、ちょっとさっぱりした頭でこちらを見やる。しがらみに閉じ込められたおれと対照的に穏やかな彼を困らせたくなってしまって、おれは意地悪を言った。
「おれがそれを望んでても?」
「はい」
即答。以前の彼なら少しは迷ってくれていただろうに。これがお祭りマジックというやつか。
「もちろん、迅さんを無理矢理に止めることは難しいとは思いますが」
強いなぁ。ほんとに強い。おれとは大違いだ。もっと、弱いところ、見せてくれても良いのに―――
ふらり、椅子ごと壁の穴の向こうに吸い込まれる。このまま落ちる未来でも、おれは死にはしない。なぜってトリオン体だからだ。せいぜい、下にあるお祭り用のトラックにブチ当たってちょっと怒られるくらい。
メガネくんの泣き顔は、随分見ていない。お祭りの日くらい、感動の涙を見せてくれたって良いだろ?
思考が滅裂になっていることはわかっていたけれど、花火に、笛の音に酔ったってことで許してほしくて。
だけど、目をつむってみても、いっこうに落ちる感覚はない。
あれ?
顔をあげれば、浴衣のはずの彼の手元にはスパイダー。おれは椅子から離れて、壁に突き刺さったスパイダーの糸たちに絡めとられている。
「トリオン体じゃない、んじゃ」
「浴衣の設定もできるらしいですよ、風間さんは栞さんに遊ばれて忍者の格好してました」
「で、それはおれへの罰ゲーム?」
「温かいものは温かい内にですよ」
少年が突きだしたのは俺を責める言葉なんかじゃあなく、ほかほかと湯気をたける焼きそばだった。
お祭りのあと、これを届けるためだけに探しに来てくれたのだろうか。
「迅さんといっしょにお祭り、行きたいです」
「行きたかった、じゃなくて?」
「来年も、再来年も、その次も、あります」
結果、おれは人気のない街の隅っこで、高所恐怖症だったら死んでるレベルのビルの壁に張られたくもの巣に引っ掛かった蛾になってるわけだけど。
まさかこんな間抜けな格好で焼きそばをあーんされる未来なんて誰が予想したものか。
それでも困ったことに、あっつい麺が美味しくて、おれは、はふはふと噛みながら、メガネくんとのお祭りデート(誰がなんと言おうとデートだ!)を楽しんだわけである。
人生の更新日が迫っています
高級なホテルのホールルームに似つかわしい、さわやかなジンと、すっきりしたライムのジュースを混ぜたカクテル。
三雲は、少しアルコール度数が高い酒をぐびりぐびりと飲む。
ボーダーのスポンサーとして名高い重鎮たちが集まるパーティーに、三雲は当たり前のように呼ばれる。唐沢の推薦により、若冠20歳の若さで上方と渡り合っているのだ。
二宮はその顔の良さと、スーツがぴったりと似合う体格、隊長を張る威厳を見込まれて彼の見張り兼ボディガードとして上層部から言い付けられた仕事をこなしていた。
「先方の言い分は七割ほど譲歩しましょう」
手元のジンライムを、三雲の細い指がからころ揺らす。
ちらりとそちらを見て、次に、立食形式で行われているパーティー会場の広々とした空間に佇む今回の交渉のメインターゲットの男に目を向ける。神経質そうな淡い銀髪の男だ。
「後の三割は」
「なんとか言って聞いていただけるようにします。ですが、万一の場合はよろしく頼みます」
「わかった。……百パーセントの努力はしろよ」
「もちろん。この会場の方々に賛同していただければ、近界との“橋”はより強固なものになります」
言いくるめると言わない辺りがこの少年、いや、青年らしいと、狡猾な要求を引き受けつつも思った。
出来るだけの妥協を互いにしても、ぎすぎすと油の固まったような話になることはままあった。三雲の見た目では足元をみられることも多い。そういったときに効くのは、力を誇示してみせることだ。二宮は番犬でもある。
―――二宮さんは暴力に訴えない人でしょう?
確認する形でありながら、どこか強制するような。仕事のパートナーとして“顔合わせ”をしたときに三雲が言った言葉だ。
それからというもの、二宮が交渉相手にするのは、ただ静かにねめつける、というものだけだ。それ以外は失礼に当たるから許さないと、三雲がその眼差しで語っていたから。
立派に成人にもなって無駄な毛さえ生えていない、三雲の手の甲を護っていた黒手袋は、食事の席だと言って外されていた。
さらりと絹のような髪をハーフアップにし、耳朶には輝石のマグネットピアス。キッチリと締められたタイと、三角に折られたシャツの襟は首をすこしだけさらしている。学生時代と変わらぬきっちりした着こなしで黒のスーツを着る彼がが婀娜っぽく見えているのは、二宮だけではないだろう。
下衆な視線から遮るように三雲を壁際に立たせると、一度二宮は彼のそばを離れた。三雲に隙を作るために。
もくろみ通り、三雲に声をかけたのは例の銀髪の男。話している声は距離があって聞こえないが、三雲の交渉が成功していることは相手の表情の変化でわかった。
なにやら手元を動かして近づく動きをする銀髪の男に、嫣然一笑、自分の意思を告げる三雲。
自分の目的のためならば態度を軟化させることも忘れない小狡さにアプリコット、つまりあんずのカクテルをイッキ飲みながら、見ていた。
故郷の路に咲いた花々を思い起こさせるような甘い香りと、さっぱりとした飲み心地のするそれが喉をとおるのに、二宮の胸の奥底には、怒りとも、憎悪とも、ものがなしさともつかない鈍い痛みのようなものがわだかまる。
「話は終わったのか」
「ええはい、了承いただけたところです」
三雲のそばに戻ると銀髪の男が緩く笑って去っていく。
「唐沢さんと根付さんの手回しがあったからでしょうね。二宮さんも、ありがとうございました」
こちらを見ずに静かに口を開く三雲。
男を見送るその内心では、二宮に自身を守らせることなど全く考えていないに違いない、良いとこ一つの有力な武器くらいに思われているだろうことは明らかだった。
「礼を言われるほどのことはしていない。気を抜いているなよ、すぐに次の相手が来る」
「一山越えましたから、あとは同じように真摯に当たれば問題はないと思いますよ」
「…………………だといいがな」
先程、交渉相手を見送る最後の刹那に浮かべた、冷ややかな能面のぞっとする冷笑的な薄笑いに。ランク戦で敵の誰かが落とされようとも全く壮快さなど見せない冷静さに。知らぬことを年長者に臆面もなく聞く大胆さに。
すべてに、あの憎い男の面影がある。
嘘と虚飾にまみれた口のうまい男。三雲の心も体もすべて奪って、鈍い痛みと呪いだけを彼に遺していった。二宮ですら鳩原のことをいつまでも引きずっている自覚はあるのに、三雲はそれすらできていない。
自分が縛られていることなんてまったくわからずに、雨取麟児の残り香を探して酒を呑んでいる。いっそ酒に溺れて忘れられたら幸せだったのかもしれないが、いくら酒で腹を満たしてみても、それらが生まれ変わっても、三雲の瞳に一枚靄のようにかかった絶望はぬぐわれてはくれなかったようだった。
弱いわけでもないが強いわけでもない酒を、三雲がホストやボーイに勧められるまま、交渉の道具として際限なく呑んだパーティーのあと。
二宮は、雨に濡れた烏のような黒を負ぶってパーティー会場から抜け出した。
ホストに『急用が入ったのでお暇させて頂きます』と丁寧にパーティーの食事代を差し出したのは三雲だが、会場の出口でのそれを最後に三雲の意識は酩酊していた。
背中に感じる、酒のはいった壊れやすいいれものの熱に、何故だか二宮は、大学でノートを録りながら聞いていた講義(医療系の発表だったかもしれない)の内容を思い出していた。
『―――――そして、心臓の細胞が生まれ変わるのは22日周期、
皮膚は28日周期、筋肉・肝臓などは約2ヶ月、短いところで胃腸の細胞は5日。
最長で骨の細胞が3ヶ月です………――』
恋人と別れれば3か月ではじめての躯になり、恋をした心臓は22日で生まれ変わるのだ。そう考察し終わったそのとき脳裏に浮かんでいたのは、三雲のことだった。
この話をしてやれば、あの呪いから覚めるかもしれないと、どこかグリムの王子さまじみたことを考えた。
話の筋を通すために、雨取麟児とセックスしたことはあるのかと聞いたら、まさか呼び出された二宮隊の隊室でそんなことを聞かれるとか思ってもみなかった三雲は、呆気にとられたようにぽかんとして。そのあと、そうですね、と表情の読めない頷きを返した。二宮が講義を受けてした考察を話してみせると、二宮の堅い字が並んだノートをのぞきこみながら、溢れるように呟いた。
「……………心臓は生まれ変わったはずなのに、あの人を忘れられない。……心は心臓にあるわけじゃ…ないんだな」
思い出してみても忌々しい。
思わず、背負った三雲の脚を支える手に、力がグッとこもる。
三雲への想いを確信してから何度も、何度も忘れるようにと言ってきたのに、帰ってくるのはノーばかりだ。いっそ新しい呪いを刻み付けてやろうか。そう思いながらも二宮の脚は歓楽街に点々とあるきらびやかなホテルにはいることはなく、夜の幎を抜けていった。
×××××
apricot fizz
゛ 振り向いてください ゛
jinn rhyme
゛ 色褪せぬ恋 ゛
お酒を呑める年の修は絶対色気が凄いと思います。
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