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過去の亡霊
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「残ります。どこへも行きません。」
くぐもった言葉が辛うじて出てきた。声が塊のようになって喉に引っかかる。ちりちりと焼けるように胃が痛み出す。
奏太は無言でカードキーをポケットに戻した。悲しそうな顔でも嬉しそうな顔でもない、表情が読み取れない。俺の弱さはいつも奏太を傷つける。
権藤は俺の答えなど全く興味がないようだ。俺の言葉を聞いていないかのように、無言で奏太に向き直ると淡々と話し出した。
「私の心配はいい。現役はとうに引退した。私の昔の埃を叩き出したところで誰も得はしない。」
「でも、いろいろと便宜を・・・。」
「何を気にしている?株の件も、もう五年を過ぎている。とうに時効だ。それより、私の紹介という形で入った会社だ。お前が居づらくなっていないかと気になっていたよ。」
「ありがとうございます。大丈夫です。権藤さんの親戚だとか帰国子女だのと変な噂はでていましたが。」
ああ、大野に聞いた噂のことだ。俺はその噂さえ確認するのが怖かった。できなかった。親戚の紹介で入ったと、大野が行っていたのはやはりこの人かと腑に落ちる。
「俺は、どうすれば奏太を・・・」
黙って聞いているべきなのだろう。けれどまた何も出来ずに奏太と離れるのかと思う。そもそも今の関係さえよくわからないのだから、この先のことなど想像もつかない。権藤は俺に一瞥をくれると、奏太の方に視線を戻した。
「何もお前たちにできることはない。脅されたのは事実だ。だが、ただ黙って見逃してなどいない。きちんと証拠は抑えてある。そしてお前と私との関係を証明するものは何もない。面白がって週刊誌が飛びつくようなネタかもしれないが。私には痛くも痒くもない。それより、お前は大丈夫なのか。何を言われるかわからないぞ。」
「大丈夫です。別に今の会社に恩も義理もありません。退社願いを出せというならそうします。」
「そんなことはしなくていい。そもそも親戚とは言っていない。知人のお子さんに便宜を図ってくれるかと聞いただけだ。実際に入社したのはお前の実力だ。」
奏太の肩から力が抜けた。ふっと小さく息を吐き出すと、俺の方に向き直った。
「俺がそして母親が生きていられるのは全て明正さんのおかげなんだ。金銭的にも精神的にも助けてもらった。だから返せる恩があれば返したい。それだけなんだ。」
「うん。」
それしか返せない自分が情けない。奏太の表情を見て心が苦しくなる。俺は奏太を攻めて追い詰めるためにここに残ったんじゃない。
同じ間違いを繰り返さないために俺はここに残った。そして、これからできることを模索しているんだ。そう伝えればいいこと。ただそれだけのこと。
なのにどうしてか言葉が喉に張り付いて何も出てこない。
「その、今でも奏太は・・・。」
違う、こんなことが聞きたいんじゃない。権藤が鼻で笑った。その笑い声に、力の差を器の差を見せられたようで悲しくなる。
「瑞樹、俺は誰かと関係を持ちながらなんて、そんなに器用じゃないよ。」
解ってる。でも何だろうこのごろごろとお腹の中にのこる苦しさは。信じているだけど、俺を選んで奏太は幸せなのだろうか。
「解っている・・・」
現実は想像よりも重くそして冷たかった。それだけのこと・・・。
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