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これから始まる
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母親は俺たちの顔を見ると、深いため息をついて「そうね」と小さい声で言った。母親はどういう事だと困惑し、その後で出て行けと怒鳴ると思っていた。勘当されるのも覚悟してきた。
けれど母親は何も言わない。何も聞かない。ただ「二人とも上がりなさい」と、一言だけだった。
所在なくリビングに入ると、いつも帰りの遅い父親がすでに帰ってきていた。
「知っていたのよね。でも、・・解りたくはないじゃない、やっぱり」
「え?知ってた・・・」
「あなた尾上君ね。この前、あなたが来た時にきちんと話をするべきだったわね。」
「母さん?」
「瑞樹、台所手伝ってちょうだい。」
「尾上君はそっちに座って」
父親が重たい口を開いた。
「お前を結婚させてしまえば何とかなると思っていたんだが」
「すみません」
奏太が深々と頭を下げた。
「違う!奏太は悪くない。俺が・・・ごめんなさい」
「誰が悪いとか、悪くないとか、そういう話ではないだろう。座りなさい。君は酒、飲めるか?」
「はい、いただきます」
奏太はそう答えるとソファに座った。
「瑞樹はこっち手伝って」
母親に呼ばれて俺は、台所へと向かった。
「先方には今朝お断りの電話を入れました。これ以上、連絡はいらないそうよ。葵さん、わかっていましたと言われたけれど・・」
「本当にごめんなさい」
「仕方ないじゃない。あなたの人生なのだから。でもこの先は決して楽ではないのよ」
四人でテーブルを囲みながらの食事、あまりにも意外な展開に一番驚いていたのは俺自身だった。
「ありがとう」
感謝以外の言葉は俺たちは思いつかなかった。
朝起きてコーヒーを落とすと、TVのスイッチを入れる。二人で住むことになった奏太のマンションが新しい生活の場所だ。そこで淡々と日々を紡いで行く。
日常は決して劇的ではなく退屈な時間の積み重ねなのだ。
その中で小さな喜びと、ちくちくと胸を刺すような思いをする事とが点在している。
元製薬会社の役員秘書による横領事件は、いつの間にか週刊誌の芸能人ニュースに上書きされていた。
心配するほど世間は引退した役員の私生活には興味がなかったようだ。
コーヒーの匂いに寝室から寝ぼけ眼の奏太が誘われて出てきた。
「おはよう。」
照れくさそうな奏大の顔。いつになったら慣れるのかと、ふっと笑いがこみ上げてきた。
「何?」
「いや、なんでもない。」
「何だよ。」
「ん?奏太って可愛いなと思ってさ。」
「何それ・・・・」
「そろそろ行くよ。」
「ん。」
奏太は笑いながら俺が伸ばした手をとってくれる。
その手を取ることができるのは、俺だけだと言っている。
踏み出そう。大きく未来へと。
俺達の物語は高校生で止まっていた。錆び付いた歯車を2人で手を取り合って押し出したのだ。
【完】
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