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サイエンスクラス
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「はーい。さっさと席に座ってーこの真白様がわざわざ手取り足取り教えてあげるんっすから、原稿用紙五枚びっちり埋めるぐらい感謝してくださいっす」
薬品のほのかな香りが漂う理科室。
白衣を着こなした慎宮は、やる気の無さそうな態度で実験器具を用意していた。
長身の彼が白衣を着ると、理知的なイメージを与えられるが、当人の眼は死んでいる。
「今日はー…えー…リチウム、ナトリウム、K…カリウム?の性質を調べまーす」
テキストをがんみしながらたどたどしく言葉を紡ぐ慎宮に、生徒一同はとても不安を感じた。
危険度は中ぐらいの実験だが、失敗すれば惨事になるだろう、そのレベルの実験だ。
ミスは許されないこの状況を、慎宮に任せるのがとても恐ろしかった。
「あー教科書じゃまっ」
実験の順序が丁寧にかかれているテキストが教卓の隅に放り投げる。
生徒一同は声にならない悲鳴をあげた。
頼みの綱だった教科書の退場に危機感を覚えたのはシュウだけではないはずだ。
慎宮は気にせず、準備器具の用意を促した。
二人一組のペア班で、シュウはパートナーのハルトを探した。
安定のバカップル共は早速集まっている。
サガラはユツキの指導を受けなるのが常となっているので、これはいつものことだろう。彼らの邪魔をしないように、そっと離れてハルト捜索を再開する。
するとハルトが見しらぬ女子生徒にたかられていた。
所々聞こえてくる断片を拾い集めると、どうやら彼女達はハルトと一緒に実験を行いたいようである。
あーあいつなんでもできるし、もてるからなー。
遠目で友人がモテる様を見てしまったシュウは、どこかもやもやした感情を覚えつつも、ハルトの青春を邪魔してはいけないと思いリョウの姿を探す。
リョウも誰と組もうか悩んでいたらしく、ばったり視線が重なった。
顔をほころばせてこちらに歩いてきたリョウに、シュウも自然と合流しそうになった時、肩を強く後ろから引っ張られた。
「あれ?ハルト?女の子は?」
「は?俺があんな女どもと組むとでも思ってるのか」
小言を吐こうと思ったが、シュウの予想しない言葉に毒気を抜かれてしまった。
「いいからやるぞ」
「女の子はいいの?チャンスは最大限に利用するべきだけど」
「何しでかすか分からないお前を一人で放っておけるか」
襟首を掴まれて指定された机に移動していく二人を見て、リョウは呆れかえって肩をすくめた。
「えー何か知らんがこの赤いの適当に混ぜとけー」
アバウトなことをそっけなく指示する慎宮に戸惑いながらも、授業は和やかな空気のまま進んでいった。
「え?この青いのか?」
大量の薬品に翻弄されるサガラに、ユツキは冷や汗を流しながら隣に置いてある赤い液体の入ったフラスコを渡す。
「こっちだと思う…」
「べっ別に分かってたんだからな!勘違いすんなよ!」
真っ赤になるサガラに、キュンとなりながらも、ユツキは注意を忘れない。
「薬品の色ぐらいは…確認しよう」
「分かってるっつーの!今まではわざと間違ったんだ!ここからは本気だすぜ!」
むきになって手元にあった不気味な液体を投入しようとするサガラに、真っ青になったユツキが必死に止めている間に、シュウ達のフラスコから何故か大量の泡が発生していた。
「うお!ハルト!なんだこれ!こういう実験なのか!?」
「お前ある意味天才だな」
傍観を決め込むハルトの冷たい声に、シュウのアホ毛がピンっと伸びる。
「ハルトが珍しく誉めた…!どういう風の吹き回しだよ!」
「馬鹿にしてるに決まってるだろバカ」
つついた蟹のように泡を吹くフラスコを奪い取り、ハルトは躊躇いなく流し台に放り捨てた。
「何すんだよ!せっかくあそこまでやったのに!」
「あの状態から成功させるのは至難の技だ。なら最初からやった方が早いに決まってる。とっとと材料持ってこい。俺がやる」
「俺もやる!ハルトだけ実験するなんてずるいぞ!」
「泡程度で済んでよかったが、もし爆発していたらどうする?大惨事だろ。俺はお前に怪我をしてほしくない。お前が傷つくなら俺が代わりに傷ついた方が何倍も楽だ」
こっちが心配で泡を吹きそうだ。
フラスコを洗いながらハルトはさりげなく言った。
本気で彼の身を案じているので、そこで突っ立って見守るだけにしてほしいが、それだけではシュウは納得しないだろう。
なので材料調達だけを頼んだのだが、愛情感性が鈍いシュウは、違った方向に理由を定着させてしまう。
「そんなこと言って、本音は俺がいたら邪魔なだけだろ。俺も薬品投入したい!ハルトばっかずるい!」
ハルトの心配は伝わらず、彼一人が楽しもうとしていると勘違いされた。 実験の何が面白いと言うのだろうか。
流石のハルトもこれには苛立ち、珍しく声を荒げて言い返した。
「分かってるならさっさと材料持ってこい!お前のせいで只でさえギリギリの時間が更に切り詰められてるんだ!薬品投入?こさじと大さじの違いがわかってからほざけチビ!」
「そんぐらい分かる!馬鹿にするな!小さじが少なくて大匙が大きいんだろ!」
「もう黙っててくれ頼むから」
「あつっ!火力強すぎじゃないか?もっと抑えてー…」
「おい馬鹿やめろ!アルコールランプすらまともに使えないお前にはガスバーナーは無理だ。ガス中毒で殺す気か」
「なめるなっつってんの!使い方ぐらい知ってるよ!」
「ほう。なら言ってみろ」
「まずは酒を入れてー…」
「はい却下」
「なんでだよ!」
と、シュウの馬鹿漫才に付き合っている間も、ハルトの手は止まらない。
手際良く薬品を組み合わせ、てきぱきと実験器具たちを操っていく。
「ほう。器用っすね」
彼の手さばきを見て、授業を放棄し眠りかけていた慎宮は感嘆の言葉をもらした。
「もう俺より詳しそうだし、次から萱田君に任せちゃいましょうか」
「あんたも阿呆なことを言うのはやめてくれ。対処しきれない」
実験を終了させ、シュウにレポートをまとめさせていたハルトが嫌そうな顔をして慎宮を睨みつけた。
「おー怖い怖い。冗談じゃないっすか…マジで検討してみようかな」
最後のほうの呟きは、ハルトの耳に届かなかった。
「適当に書いたレポートをそこらへんにテキトーに提出して、とっとと教室にでも帰って次の授業への倦怠感に苦しんでくださーい」
「地味に嫌な言い方すんなよ!」
生徒のツッコミを受け、慎宮は「てへへー」と無表情のまま、握りこぶしを軽く額にぶつけた。
「ほら帰るぞ」
「ちょっちょっと待って…まだノートとか片づけてない!」
片付けが苦手なシュウは、ぞろぞろと理科室から去っていくクラスメイトと手元の散らかりように目を移動させ、涙目になりながら教科書をまとめた。
慌てたシュウの肘が、机の端っこに置かれていたペンケースが鋭い音をたてて中身をぶちまけた。
「うわあ!」
泣きっ面に蜂状態のシュウは、いつにもまして阿呆面を濃くした。
ドジにドジを重ねてしまい、ハルトを怒らせてしまったか。と恐る恐る顔をあげるが、そこには誰もいなかった。
「どこ見てるんだ。早く片付けて戻るぞ」
シャーペンや消しゴムを拾い、落としたペンケースに詰め戻していたハルトに、シュウはあからさまに驚きの悲鳴をあげた。
「なんだ。化け物でも出たのかような」
むっとするハルトに、暴れる心臓を抑えつけながらシュウはたどたどしく答えた。
ぶっちゃけ手伝ってくれるとは思わなかった。
上から見下ろすだけで、虎をも殺せそうな視線で訴えかけてくるものかと思いこんでいた自分を恥じる。
ハルトは本当に困っているときは必ず助けてくれたんだ。
そんなことを今更ながら思い出す。
「よし待たせてごめんな戻ろう…ってなに?俺の顔に何かついてる?」
しゃがみこんだ体制のまま、じっとシュウを見つめていた。
馬鹿にした表情ではなく、ただ美術館に飾られている彫刻を眺める観客のような、流麗さと深海のような静けさを秘めた瞳に、シュウは思わずどきまぎしてしまう。
「なっなんだよ」
「…いや、なんでもない。戻るぞ」
何事もなかったかのように膝のゴミを払い、さっさと立ち上がったハルトに、何だか釈然としない感情を覚えながら共に教室を出た。
「…俺の存在忘れてませんかねえ」
慎宮の面白がるような声音が、無人の理科室にこだました。
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