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練習でも本気のやつはいる
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「よーし。前半と後半に分かれてコートに入れ!」
「リョウー。ボールはじゃんけんだよな?」
「それでいい。トイレに行った連中たちが戻ってきたらさっそく始めるぞ!」
結局半分貸してくれたスペースに詰め、リョウが一から十まで指示を出していると、ハルトがついに我慢しきれなくって、隣でちょこんと座っているシュウのアホ毛をつかんだ。結構な力加減で。
「だからつかむなって!嫌なことあったらすぐ俺の髪の毛つかむ!」
「黙れ。俺は今すこぶる機嫌が悪い。すべてあのアウストラルピテクスのせいだ」
「あっあうとらるぴえてくす?」
よく聞き取れず思わず訊き返したシュウの疑問に、サガラの鋭い声が重なった。
「つーかよ!なんで負けたら女装なんてしなくちゃいけねぇんだ!どうしてこうなった!」
「俺が聞きたい。それを了承する馬鹿どもも馬鹿どもだ。本当にこのクラスには救いようのない馬鹿しかいないな」
本気でキレているハルトに何も言い返せず、シュウは頭皮のダメージ量について深刻に悩んだ。
「負けたら女装」という過酷で理解不能な罰ゲームの内容に、リョウは顔の筋肉を痙攣させた。
「なっなんでそんなことを?」
「んなもんてめぇらにひと泡吹かせたいからに決まってんだろうが!男にとって女装なんざ屈辱的だろ?お前らの情けない姿を見て爆笑してぇだけだ!ひゃっはははは!」
ヒナトは極悪人スマイルを浮かべた。地獄の嘲笑は体育館に響き渡り、聞くものに不気味な恐怖を与えるようだ。
「それだけか?おれたちの喧嘩に他の生徒を巻き込むのはどうかと思うが」
「そうだそうだ!」と男子から援護射撃がおくられた。女子がいる方角からちょっと期待したような意見が聞こえてきたような気がしたが。
「あぁ?てめぇらに興味のかけらもねえよ。リョウと嫌味野郎、アホチビ、ガキチビ、番犬だけでいい」
「よっしゃーやろうぜ!」
「勝っても嬉しい負けても爆笑!いい勝負になりそうだ!」
そうヒナトがごみを見るような目つきになると、うってかわって援護射撃が追撃射撃にチェンジされた。
サガラが思わず顎がはずれたように口をぽかんとあけた。
「んじゃあ決定だ。当日ビビって逃げ出すんじゃねえぞリョウ」
ヒナトがにやりとすると、リョウは悪夢から目が覚める。
少し戸惑ったように瞳の奥の灯が揺れたが、すぐにしっかりした色に変わる。
「ああ。そこまで言われちゃ引き下がれないな」
「よーしその心意気嫌いじゃねえぜ?」
満足げに腕を組んだヒナトに、リョウは笑顔のまま言った。
「それにしても昔のお前と比べたらずいぶんと変わってしまったな」
「は?なんで急に昔話になるんだよ」
いぶかしげに首をかしげるヒナト。
「昔はあんなに給食の牛乳が飲めなくて先生に怒られて泣いていたのに。立派に成長したな」
「なっなんで知ってんだよ!つーかいつの話だ!」
恥ずかしい思い出を何の脈絡もなくばらされ、ヒナトは目をむいた。覚えがあるのでとてつもなく恥ずかしい。
「中学校じゃなかったか」
「結構最近だな!」
シュウが驚きのあまり突っ込むと、顔を赤くしたヒナトに睨まれる。慌てて自分で口をふさいで黙り込んだ。
「それと宿題するのを忘れてて俺のを一生懸命写してたところに担任が来て怒られてたよな。あの時のお前は可愛かったよ」
「やめろやめろ!男に可愛いなんて言うんじゃねえくそが!」
赤を通り越して真っ赤に熟れたヒナトは、それ以上何も怒鳴り返さずどすどすと自陣に戻って行ってしまった。茶色の髪の毛から除いた耳が赤かったのは突っ込まないでおいた。
「リョウ………いじめるのも大概にしておいてやれ」
呆れるハルトにリョウは髪に手を突っ込んでぐしゃぐしゃかき混ぜて微笑んだ。
「いや楽しくてな。それにあいつも相当無茶な要求ぶっこんできたんだ。ちょっとぐらいは、な?」
「………まあいいか。どうでもいい」
どうでもいいんだ。シュウはハルトのどこかすっきりした横顔を見て複雑な気持ちになった。
トイレに行っていた生徒が戻ってきて、白いラインで区切られているフィールドにぞろぞろと移動する。
そして先にしておいたじゃんけんの勝者である後半チームがボールを抱える。ボールは当たっても怪我をしないように柔らかいソフトボールだ。大きさはバスケとボールぐらいで、野球部などに有利にならないように配慮がなされている。
「はじめ!」
リョウの掛け声とともにさっそく試合が開始される。
ボールを持っていた男子が意気揚々と投球ポーズに入る。そして空を切りながらリョウに向かって飛んできた。
「さっそくか」
表情を崩さないままリョウは上半身をひねると、ボールは当たらず通過していった。
見事なよけかたに見とれていたシュウ。おれもあんな風に華麗によけたい!と希望を抱いた瞬間、彼の顔面すれすれにソフトボールがかすった。
「うわ!」
「ぼけっとするな」
ぼーっとしていたシュウの頭をハルトは軽くたたいた。そうでもしないとまだ飽きずにぽけーっとしているのが目に浮かぶ。
「おっおう!」
どもった返事が戻ってきたのでなおさら信用ならないな、とハルトはひそかに思った。
「よっしゃー!俺にボールよこせ!」
元気よく飛び出してきたサガラが拾おうとしていた女子から強制的に奪う。女子生徒は特に不満そうな様子はない。拾ったところで誰かに渡すつもりだったのだろう。
手にあるボールの感触を楽しみつつサガラはにやりと笑って後ろに下がっている標的たちを吟味する。誰に当てやすいか、またどんなボールを投げたらアウトにさせられるのかを一瞬で計算し、一人の男子に狙いをつけた。
「おらくらえシュウ!」
「えっ俺!?ちょっま」
また夢の世界に旅立っていたシュウは眼を覚ますが、すでに目先20センチもなかった。
「ぶっ」
「やったー!ざまあねえなシュウ!」
サガラの放ったボールは顔面を的確にとらえ、またスピードもなかなかのものだったのでシュウの上半身が少しのけぞる。
赤くなった顔面を両手で押さえ、ひりひりした痛みをしゃがみこんでこらえるシュウに、ハルトが慌てて駆け寄った。
「おい大丈夫か?クリーンヒットしてたぞ」
「だっ大丈夫………ちょっと痛かったけど」
「あっわりぃわりぃ。そんな痛かった?そんなことよりシュウ外野出ろよ!」
「おい。顔面セーフって聞いてなかったのか?」
やや怒気を含んだハルトの声音に、サガラのテンションが一気に下がる。
「えー!なんでだよ!あたりゃいいじゃねえか!」
「よくない。ルールは守れ。ついでにこいつにも謝れ」
「わざとじゃねえんだしいいじゃん!ユツキも言ってやれよ!」
「こいつに、謝れ」
言い訳をするサガラに、ハルトはトーンを下げた調子で唸る。静かな憤怒が込められた言葉に、流石のサガラの表情にも後味の悪さが残った。
「ちっ………悪かったよシュウ」
「いっいや俺は別に。ハルトもそこまで怒らなくても」
「お前が怒らなさすぎるんだ。もっと自分を気にしろ」
ツンっとそっぽを向く幼馴染の心境に気付かないシュウだった。そんなことを考えている間に練習は続いていく。
「こんな調子で勝てるのか?負けたら女装とか洒落にならないぞ………微妙に楽しみでもあるが」
ハルトの不安に満ちた呟きは、お約束通り生徒たちの歓声にかき消された。
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