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芽吹きの時(番外編)
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寒い冬。
新芽は、自分の芽吹く日を夢見て、身を温める。
「別れたぁ…………………!?」
厚い雲に覆われた、寒い朝。
登校する生徒達の吐く息が、白く辺りを埋める。
スポーツが盛んな有名私立高校。
生徒達が登校している風景の先では、寒空の下でも、多くの運動部が朝練を行っていた。
来春イタリアへ渡る事が決まった涼もまた、今いるサッカー部でそれに汗を流す。
「声、デカい……………………航平」
航平。
部活終わりのストレッチを軽くしながら、涼は怪訝そうに隣を見る。
クラスは違うが、部活で知り合った涼の数少ない同い年の友達、航平。
世間は、もうすぐクリスマス。
今朝涼は、そのクリスマスの話から航平に恋人の事を振られた。
否応なしに人の良い涼は、それに答えての、この流れ。
「いや…………………だって、彼女とラブラブだって…」
彼女。
厳密には彼女ではないが、涼は自分が男(悠斗)と付き合っていたと中々言えなかった。
『恋人が出来た』
そう説明した事を、航平は必然的に『彼女』と信じていたのだ。
「ん…………………まあ、色々とな」
「色々って、何だよ!あっ…………まさか、イタリア行くから、彼女にフラれたのかっ!?だったら、俺が彼女に話つけてやるしっ!」
「いいよっ………………もう、別れてから随分経つし」
そう、随分………………………。
でも、いまだ涼の心に悠斗はいる。
自分から別れを切り出しといて、今更何を言っているんだと思うが………………本気だったんだ、とても。
とても、悠斗が好きだった。
だから、直ぐにそれを口には出来なかった。
「随分って、何ーっ!!俺、何にも知らなかったじゃんかぁーっ!」
しんみりする涼の横で、叫ぶ航平。
「………………………………煩い」
航平はいつも明るく、部のムードメーカー。
その賑やかさに、落ちた時は何度も助けられた。
だから涼は、航平の友達でいられる事に感謝してる。
うん、感謝……………………。
「水臭いぞぉっ!!俺だって、いっぱい恋バナしてきたのにぃぃぃっ!相談位してよーっ!」
「………………………やっぱり、言うんじゃなかった」
ただ、こんな時は、少々頭が痛い。
涼は、一通りストレッチを終わらせると、部室の方へと歩き出す。
もう、この話は止めよう。
航平の賑やかさにも疲れるが、あんまり話したくはないと思った。
あんまり。
結局、どこかで吹っ切れていない自分がいるから。
「あ…………………おい、涼………………っ」
後ろから叫ぶ航平へ軽く手を振り、涼は前だけを見つめていた。
別れ話をしたのは、蝉がまだ煩い夏の日。
それが今、蝉の止まっていた木は、枝ばかり。
枯れ葉が空に舞う、冬になった。
汗だって、ひんやりと身体を冷やす季節。
時は、何もしなくても勝手に過ぎ行く。
「いい加減…………………切り替えなきゃな…………」
肌をかすめる北風が、落ち葉を散らすように。
自分の気持ちも、吹き飛ばしてもらおう。
あれから、航平は不思議と何も言わなくなった。
面倒臭くなくて楽だとは思ったが、らしくなさに、涼は少し面食らう。
「航平…………………明日、暇?」
いつものように、部活の帰り。
涼は、航平へ話しかける。
「んー?暇だけど、何…………………」
「映画、行かない?明日は、久々に部活休みだし……観たいのがあってさぁ」
スポーツの名門校は、部活の終わりも遅い。
すっかり暗くなった住宅街を歩きながら、二人は普段と変わらない会話を繰り返す。
「え……………………」
え。
え?
少し驚く航平に、涼も首を傾げる。
「ごめ………………映画、ダメだった?」
必然的に、涼の口からは、それが出た。
無理矢理誘ったら悪い。
一人で行こうかな…………………そんな事も考えたり。
「ダッ………………ダメじゃない!全然行けるしっ!なんなら、ナイトも行くし!!」
申し訳なさそうな涼に、航平は慌てて首を振る。
ちょっと可愛いかも。
「ぷっ………………どうしたの、航平……………」
あまりの慌てようが可笑しくて、涼はその端整な顔を緩めた。
高校サッカーを特集する雑誌へも載る、イケメン、涼。
そんな涼の笑顔は、女じゃなくとも見とれる。
航平は、咄嗟に顔を逸らし、俯いた。
「い、いや……………………この前の朝練での事、涼が怒ってんじゃないかと思って………………」
「この前の朝練………………………?」
何だ、それ?
一瞬、涼には意味がわからなかった。
最近…………………と言うか、航平に対して腹を立てた事は、一度もない。
「涼が、彼女と別れたって話……………………俺、涼がフラれたんなら、納得いかなくて………………一人騒いでたから。空気読んでなかったな……………………て、後から…………………さぁ………………」
キョトンとする涼の前で、航平はボソボソと言葉を振り絞る。
航平なりに気にしていた。
涼を心配するあまり、自分が一方的にイラついてしまった事。
きっと、涼はソッとして欲しかったに違いない。
なんて、無神経なんだろ。
「ああ……………………」
俯く航平の説明に、涼はようやく話を飲み込んだ。
「まぁ、確かに…………………あれは、煩かったな」
「うっ………………や、やっぱ……………」
煩かった。
わかっていたが、実際面と向かって言われると、結構ヘコむ。
航平は、肩から提げてるバッグの紐を握りしめ、益々顔を伏せた。
「でも……………………嬉しかったよ……………」
たまに通る車のライトに照らされながら、涼は優しく微笑んだ。
「へ………………………」
「だって、それだけ俺の事心配してくれてるって、事だろ?スゲー嬉しいじゃん」
「涼ぉ………………………」
「ごめんな。俺の方こそ、気持ちに余裕がなくて」
そこで、ごめんなって……………………。
航平の顔は、わかりやすい位に熱くなる。
なんなら、目、潤んじゃっても構わない。
「そんなの…………………」
涼が、モテる理由がわかる。
この顔で、この性格はズルい。
「涼っ!!大好き…………………っ!!」
「航…………………………」
たまらず航平は、涼にしがみつく。
大好き。
大…………………………ハッ。
「ぅおおおっ!!ごっ、ごめんんっ!涼っ」
思いっきり、ハグ。
何やってんだ…………………っ!?
驚いてる涼から身体を離し、航平は真っ赤になって謝った。
穴という穴から、妙な汗が出る。
「クスクス……………………も、飽きないな、航平は」
サッカーが、上手い。
顔が、格好いい。
でも、優し過ぎて、あまり自分が出せない。
悠斗以外、涼には自分をさらせる人がいなかった。
それが、航平は確実に打ち破る勢いで、側にいてくれる。
「わ、悪かったなぁ……………っ、こんなんで!」
照れる航平が、また可愛い。
悠斗を忘れられなかった涼に、小さな変化が訪れているのかもしれない。
「ねぇ、航平…………………これからも、宜しくな」
普段言わない事、言ってみたり。
「はあ?………………………あ、当たり前じゃん!」
赤い顔で、唇を尖らせる航平に、一段と笑顔になる。
春は、まだ遠い。
でも、いつか咲き誇る日を待ちわび、新芽は今を大切に、夢を育む。
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