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序
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宇野風太が草むらの中に、優しい色合いの淡い茶色の毛玉を見付けたのは、彼自身も隠れ場所を求めていたからに過ぎない。
小学五年生の夏休み。遠方にある父方の祖父母の家は自然豊かな場所にあり、彼にとっては初めての訪問に胸を躍らせていた。同い年の従兄弟が居ると聴いて、仲良くしたいとさえも思っていた。なのに…現在の彼は、その従兄弟から身を隠したいと切実に思っている。その結果、一人で裏山近くの畑の隅に居た。
「なんだろ。」
同級生の中でも低身長で丸々と横に大きな体を屈め、恐る恐る毛玉に近付きよく見れば、それは大きな耳と長くふさふさの尻尾の付いた背中だった。
「…仔犬?」
丸まった小さな背中はプルプルと震えている。自分が怯えさせてしまっているのだと、風太は触れようとした手を止め躊躇した。
「ごめん、びっくりしたよね。大丈夫、何にもしないよ。ケガでもして動けないのかな。大人を呼んだ方がいいかな。」
なるべく優しく小さな声で話しかける。怯えているのに逃げ出せないなんて、怪我が酷いのかもしれないと心配になった。
「何やってんだ、ぶうた。」
不意に後ろから声をかけられて、人の気配に気付いてなかった風太はビクッと背中を揺らした。最悪な奴のお出ましだ。昨日初めて挨拶した時から、ふうたをぶうたと意地悪く呼ぶ。その度に内心はムッとしながらも、風太は強く言い返せない。
小さな生き物を背中に庇い振り返る。従兄弟の壮琉は、真っ黒に日焼けしており身長も高く、風太を見下ろす様はまさに某アニメのジャイアンだ。たける、名前の響きも似ており益々イメージが固定される。
「その背中に隠してるやつ、見せろ。」
「何も隠してない。」
ぶんぶん首を振る。この意地悪ないじめっ子に見付かれば、仔犬の命が危ないと風太は必死だった。壮琉は退けっ!とそのぽちゃぽちゃした頬をぐいっと押し退け、強引に身を乗り出した。
「…仔猫か?」
「え、仔犬でしょ?」
双方の意見は一致しない。意外にも壮琉は動物好きなのか、そっと優しい手付きでその毛玉を抱き上げた。
「ほら仔猫…いや、仔犬?んー、何だこれ。」
今まで見た事のない珍しい種類なのか、複雑に血統が入り混じった結果の雑種なのか、犬か猫かもよく分からない。ピンっと立つ耳は狐の様でもある。
「とにかく連れて帰ろう。すごく震えてる。ここに置き去りにしたら死んじゃうよ!」
「にしても、なんか薄汚れてないか?しかも首輪をつけてる…迷子になって帰れなくて腹減ってるのかもしれない。」
ピンクの首輪に金のプレートがぶら下がり、キラキラと揺れる。風太はそこに電話番号が彫られているのに気付いた。
「あ、連絡先書いてある。飼い主の人に早く教えなくちゃ。」
「そうだな。この辺の家のペットかも。」
この田舎町に来て、初めて壮琉と意見が合った。しかも風太に向かってお得意の腹チョップもして来ない。
「タケルくん、僕にも抱っこさせて。」
「しゃーねーな。最初に見つけたの、ぶうただもんな。」
「ぶうたじゃないよ、風太だよ。」
「知ってるっつの。でもお前はぶうたな。」
そう言いながらも毛玉を渡す。二人は初めて仲良く、壮琉の暮らす祖父母の家へ向かって並んで歩いた。
「きれいな色だね。ふわふわであったかい。」
ふふ、と風太が頬を寄せればにゃんっ!と小さく鳴いて頬を舐める。
「…やっぱ猫だろ。」
「でもさ、わんっ!て感じに聴こえたよ。」
にゃんっ!にゃんっ!
やけに歯切れの良い鳴き方だった。
「犬の真似してる猫か、」
壮琉が首を捻った。風太も首を傾げる。
「猫の鳴き真似をしてる犬じゃない?」
結局どちらなのか分からないまま、二人は舗装もされていない小道を急いだ。
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