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傷
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おい、ぶうた。お前にピーマン炒めやるから、その唐揚げをよこせ。
壮琉は潜めた声で隣に座る風太の脇腹を突いた。セミの鳴き声の響く昼時、座敷に置かれた大きな座卓を囲み、おしゃべりしながら食事中の大人達に気付かれないようにしている。
ええー、いやだよ。僕もピーマンは苦手なんだから。
しかも唐揚げは好物だ。ピーマン炒めと唐揚げのトレードなど、風太には何の得も無い。壮琉は、朝食の時も風太のハムエッグの皿にトマトを放り、ウインナーを横取りし食べてしまっていた。さかのぼれば昨晩、初めて一緒に食事した時もカレーに入っていた人参を勝手に風太の皿に入れて来たのだから、苦手な野菜が多いのだろう。
お前の体にはピーマンが必要だ。だけど、俺の体には必要ない。
なに、その変な決めつけ。
単にピーマンが嫌いって話だろう、と続けるには壮琉は横暴過ぎた。どむっ、と腹にチョップが入る。う、と息を詰めている風太に構わずに、ピーマン炒めを皿に上乗せして、代わりに唐揚げを持ち去った。
ひどい、…っ、
涙目になってしまう風太を見て、壮琉はもぐもぐと口一杯に詰めた唐揚げを勝ち誇った顔付きで咀嚼する。ここで涙を流して大人に感付かれれば、完全に負けた事になると風太は必死で涙を飲んだ。
よかったなあ、ピーマン炒め好きだもんな。
憎たらしい、その一言。ぐっと箸を握り、その屈辱に耐える。
昼からセミ取りして遊ぼうぜ!
何故こうも風太の気持ちを踏みにじるのか。今自分のした仕打ちを考えれば、相手が遊びに応じる気分では無い事くらいは察せるだろう。しかも、風太は虫が好きではない。
カゴいっぱいに詰め込んで、揺さぶって鳴かせようぜ。きっと、すっげえうるさいだろうな。
あははっ、と笑いまた唐揚げを食べている。その遊びのどの辺が楽しいのか、風太には全く理解が出来ない。想像して食欲も減退する。そっと箸を置き、賑やかな座敷から逃げ出した。隠れ場所を探し裏山の畑の方へ駆け出す、壮琉と遊ぶなど絶対に嫌だった。
従兄弟の理不尽極まりない仕打ちに悲しみと腹立ちが混じる。浅くなった眠りに、あの頃の気持ちが今経験した出来事の様によみがえる。
「あーもう、」
さわさわと顔にかすめる感触がくすぐったくて振り払おうとして、思うように腕が上がらず、眉根を寄せ風太は不満を漏らした。と同時に、感じる違和感。何故、こうも動きが制限され暑苦しいのか…。嫌々目蓋を上げる。
「……おい、」
目前に広がるミルクティー色。ベッドに並んで寝ているのが謎だったし、しかも風太の体を壁際に追いやり抱き付いているので窮屈だ。さっきの昔の出来事を再現した夢のせいで、不機嫌になってしまうのは仕方ない。原因は全部壮琉である。
「狭いだろーが!」
体を押し退ければ、ぱちりと目蓋が開いた。風太を見て、へにゃりと笑うとまた目蓋が落ちる。
「おい、寝るな。起きろ、」
風太は狭苦しいシングルベッドから体を起こすと、微睡んでいる頬をつねり、
「いひゃい、」
頬をさすりながら目覚めた相手を呆れた目で見た。壮琉はのろのろ上体を起こすと、目をこすりながらぺたんとベッドに座り込む。それ以上下がると落ちてしまう場所だがスペースがない。
「何で隣に寝てんの?」
「えっと…タオルケット、かけてあげようと思って。そんで一緒に寝たんだ。」
確かに壮琉に貸したはずのタオルケットは今、風太の体に乗っている。
「いや、そんならお前が隣に寝なくてもいいだろう。タオルケットだけ置いてけよ、狭いんだし。」
「一人は嫌。あんまり眠れないもん。」
首を振り、甘えた口調。いらぁ、と風太のこめかみがピクつく。そんなん知らんし、大人なんだし一人で寝ろ!それとも、添い寝する女に困ってませんアピールか!怒濤のごとく押し寄せる文句を、何とか胸中に留めれたのは真っ白な包帯に包まれた左手が目に入ったからだ。
昨夜、コンビニで買って来たガーゼと包帯を思い出す。手の平の傷は幅が2センチほどでよほど深そうに見えた、あまりの惨状に取り替えるのに怯んだくらいで、起きたら縫合しに病院へ連れて行くべきだと判断した。
「なあ。手の傷、まだ血が出てるなら病院に行こう。」
壮琉は首を傾げ、ううんと首を振る。
「大丈夫、病院は行かない。もう痛くないし、治ってる。」
「はあ?治るわけねーだろ、結構酷い傷だったぞ。」
「…でも、」
「じゃあ見せてみろ。」
口ごもるのを無視して、壮琉の左手を取り包帯を外す。
「え、」
昨晩の飲酒量は缶ビールを一本、赤ワインをグラスで一杯。アルコールを摂取したと言っても、風太にとっては酔いが回り正常な判断力を失うレベルではない。なのに、今見ている手の平の傷は縫合を必要とするとは思えない、まだ完全に治ってるとは言えないが、この程度ならば病院に行く程ではないと分かる。
「ね、大丈夫でしょ。最初からそんなに大した事もなかったしね。」
「そう…か、」
納得はし難い、しかし現実はこうだ。風太は首を傾げ、血の滲んでいるガーゼを新しく変えてやり、また包帯を巻き直した。
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